−PAST−
−HAPPY BIRTHDAY−
−ver.跡部 景吾−
「お誕生日おめでとう、景吾くん」
「ありがとうございます」
「ずいぶんと大きくなりましたな」
「来年は小学生ですものね」
「はい」
「本当にしっかりしてるのねぇ」
長々と続けられる話に飽きたオレは、のみものをとってきます、と言ってその場をはなれた。
バルコニーに出ようとすると一人、女の子が居た。誰もいないと思っていたため、オレはびっくりした。
見覚えのないオレよりも少し背の高い女の子。見覚えのないと言う事はあいさつされなかったと言う事。そのことに少しムカッとして、声を掛けた。
「おい」
相手は驚いたように振向いて、目を見開いた。
「あ・・・」
オレよりも深い青の瞳。
「何してるんだ?」
「あ、あの・・・」
オロオロと困ったようにした相手に名前を聞こうとしたその時。
「、何をやっている?」
低い声がオレの後ろからして振り返ると父さんと母さん、そしてもう一人、男が立っていた。
「おや、さんのお嬢さんですか?」
「・・・ええ」
挨拶をしなさい、と言ったさんの言葉に女の子は少し頭を下げた。
「、と申します」
「さん?」
「いつもパーティーにいらっしゃるお嬢さんとは違うんですね、さん」
「ええ、あの子はちょっと風邪をひいてしまいまして」
「あら」
母さんと父さんとさんが話している間、オレはと言った女の子をジッと見ていた。まるで顔を隠すように少し俯いて髪が顔にかかっていて。人を拒絶するような眼と明らかに緊張している体。
「今度」
オレはに向いていった。
「遊びにきて、一緒にあそびましょう」
驚いたようには顔を上げて丸く見開いた目でオレを見た。
「景吾君、それは・・・」
「それはいい考えだわ」
嬉しそうに母さんは笑った。父さんも面白そうに笑って言った。
「景吾が女の子に声をかけるなんて珍しいな」
初恋かしら、とからかうように言った母さんの言葉をオレは恥ずかしくて無視した。
「あの・・・」
「よろしいでしょうか?さん」
父さんの真似をして訊くと、一瞬眉を寄せた後にさんは頷いた。
「機会があったときは、是非」
その言葉にはただ立っていた。
「それじゃあ、さん」
「あ・・・」
またあいさつ回りにつれていかれそうになったオレをが見た。オレは首をかしげて次の言葉を待った。
「お誕生日、おめでとうございます・・・」
少し照れたように告げられた言葉がその日の内一番嬉しかった。
★☆★ ☆★☆ ★☆★
「お誕生日おめでとうございます、景吾さん」
「随分と大きくなりましたねぇ」
「ありがとうございます」
「跡部さんも、後継ぎの心配はなさそうですね」
「まだまだですよ、新尾さん」
父親の関係の社長夫婦に笑顔を作ってプレゼントの箱を受け取った。祝うつもりもないのだろうから、わざわざこんなパーティーを開く必要はないのに。どうせ友達が来る訳でもない。ただ、両親の会社ためだ。
「ちょっと、失礼致します」
「はい」
やっぱりいい息子さんですねぇ、と聞こえた。綺麗な人形のように笑って、愛想を振り舞えていればいい。そう小さい頃から覚えた。
「はあ・・・」
誰も居ないバルコニーに出て溜息を吐いた。
「来てない、みたいだったな」
去年も、その前も、は忙しいと言って俺の誕生日にこなかった。もちろん、最低でも二日経った後には絶対会いに来たが。
たとえ俺が他の奴等よりも大人っぽく振る舞っていても、やっぱり誕生日の当日に会いたいものだ。
「景吾様」
お電話です、とメイドの一人に言われ、頷いて電話を受ける為にパーティーホールを出た。
「誰からだ?」
「それが、わからないのです」
「何?」
景吾様のお友達だそうです、と告げられて首を傾げた。樺地が掛けてくるわけがない。他にも色々学校の人間を思い浮かべるが、思いつかない。
「もしもし」
『もしもし、跡部様?です』
受話器から聞こえた声に驚いた。
「あ、ああ」
『今日、お誕生日ですよね?』
「ああ」
『お誕生日おめでとうございます』
一つでも年下のはずなのに、まるで大人のような言葉に苦笑しそうになる。
誕生日祝いに会いに来てくれ、とねだったらは何と言うんだろうか?
「ああ」
『さっきから、ああ、しか言いませんね』
「ああ・・・そうだな」
思わず苦笑すると、クス、と笑う声が聞こえた。
『今年も派手にお誕生日パーティーですか?』
「ああ」
『いいですね』
「別に、祝いに来てるわけじゃないさ」
『そんな事ないでしょう?』
「そんな事あるだろ。親父の仕事関係ばっかりだ」
跡部様、と呼ばれて正した。
「景吾でいいって言っただろ」
『ちょっとお家の外に出られますか?』
「はあ?」
突然何を言っているんだ?
『無理ですか?』
「何でだよ?」
不思議に思うまま訊いても、は答えてくれなかった。
いいからちょっと外に出てみてください、といわれて電話を切った。
「何なんだ、一体」
不思議に思いながら、こっそりと部屋から抜け出して、玄関のドアに手を掛けた。
「Happy birthday, Keigo!」
綺麗な発音の英語で話した相手に目を丸くした。
「・・・!」
「間に合ってよかったです」
自分の腕時計を確認してからは俺に微笑んだ。
12時まであと3分だ。
「空港から仕事に直行だったんで、全然プレゼント買う暇がなかったんですけど」
すいません、と苦笑いを浮かべた相手に俺は、涙が出そうなくらいに喜びを感じた。
「仕事の空きは?」
子供なのに働くに、明日一日付き合え、と命令するのは簡単だ。
それでただの俺のワガママですむならいい。でも、の場合は違う。俺がそうワガママを言えば、きっと悩んで一生懸命空けようと努力する。そして、無理だった場合は、罪悪感を感じる。そんな風にの負担にはなりたくない。
「明日、一日中空けました」
昔なら絶対見れなかったであろう笑顔で答えた。
「なら、付き合え。プレゼントがない、っていうなら、それが俺へのプレゼントだからな」
「はい」
それじゃあまた明日、と帰った彼女の後姿を俺はしばらく見つめた。
明日は、どこに行こうか、と遠足に行くようにワクワクしながら。
UP 10/10/05