−SIDE STORY−

−Peaceful Time−



生徒会の仕事を終え、外が暗くなっているのに気づいた。そういえば、部室の鍵をかけたのかを確認していなかった。ふと気づいたことに、俺はテニスコートの方へ歩いていった。

「消し忘れたのか・・・?」

珍しいことに、部室の明かりがついたままだった。いや、明かりがついていること自体珍しい。ガチャ、とドアノブが音を立てた。

「誰かいるのか?」

左を見て、右をみた。

・・・?」

小さく、息をするようにベンチの上に座る相手を呼んだ。
しかし、何の反応もなく、一歩近づく。

?」

さっきよりも、もう少し大きくして声で呼んでみる。それでも彼女は反応を見せない。
彼女の周りを見てみるとノートの山。

?」

まさか、寝てるのか?
に限ってそんなことはないだろう。
また少し、近づく。

・・・?」

意外にも、予想通り、のそばによるとスースーと寝息を立てていた。
いつもどこか人を遠ざけるような冷たい眼差しは、きれいな両目は閉じているせいで感じられず、いつもよりも少し幼く見えた。足元に目を向けると、見慣れた名前が書かれたノートだった。ベンチの上においてある一冊を手に取った。

「これは・・・」

誕生日や血液型などの基本的な情報から、練習メニューやその日その日に行った試合の運びまで細やかに書かれていた。ふたたび、彼女に目を向ける。すうすう、と規則正しい寝息を立てている。無意識の内に、運動部とは思えない、少し桃色で白い頬に手を伸ばした。

「ん・・・」
「・・・!」

俺は、小さく声を出し、身じろいだ彼女に驚き、触れる前に手を引いた。そして、自分の行動に驚き、恥ずかしくなる。
何を、してるんだ・・・俺は・・・



起きるだろうか、とまた名前を呼んだ。
ん、と再びわずかに体を動かした彼女の青く染まった髪が少し、さら、と頬にかかった。その動きがすごく、色っぽく見えた。なぜか、心臓がうるさく聞こえ、聞こえるはずもないのに彼女に聞こえるのではないだろうか、と心配した。その上、少し、ジッパーの開いたジャージの首元から覗く彼女の白い肌に眼がいってしまった。

・・・」

俺は、どうしたんだろうか?
いくら見たことのない彼女の寝顔を見たからといって、こんなに心臓がうるさくなるなんて。普段冷静沈着といわれる俺が、こんな風に眠るの姿を見て少し罪悪感すら感じるなんてな。

「それにしても」

どうしようか・・・?
このままおいて帰るわけにもいかない。かといって、彼女を起こすのも悪い気がする。

・・・」

なぜ、彼女はいつも人を遠ざけるのだろうか?
その中でも、俺はずいぶん受け入れてもらえているらしい。彼女は、周りに人が居なければ俺を、国光さん、と名前で呼んでくれる。
俺と居る時はずいぶん警戒を解いてくれている。他の奴等とは違う、という事実が少し俺に優越感を与えていた。



一度も呼んだことのない彼女の名前を呼んでみた。
もう一度手を伸ばす。柔らかい髪を撫で、頬へ手を滑らせる。

「ん・・・・・・」

そっと顔にかかる髪を耳にかけた。



起きたときに、彼女はどう思うだろうか、と考えると心臓が早くなった。
しかし、彼女に起きる気配はなかった。
むしろ、先ほどよりも髪を撫ではじめたときのほうが、眠っている表情が柔らかくなった気がする。
起こすべきかも知れないのだが、俺はそれからしばらく、彼女の髪を撫で続けた。
それは、不思議なほど穏やかで幸せな時間だった。



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