−PAST−
−HIS DREAM AND MY DREAM−
「お前さんが、か〜?」
ひさしぶりにきいた従兄達いがいの日本語に私はおどろいてふりかえった。
ずいぶんちっこいな、と当たり前なことを言う男はジロジロ私をみた。テニスラケットを片手にもった男は、まありょーまよりはでかいか、となんの話だかわからないことを一人で言っている。そして、ん、と私をみて、首をかしげた。
「もしかして、日本語がわかんねーのか?」
「日本語ぐらいわかります」
きっぱりとこたえると、ちょっとおどろいたように目をみひらいた。
「そいつぁよかったぜ。もしわかんなかったら怪しい奴が突然訳わかんない事言ってることになるからな」
とつぜん話しかけて名前も言っていない時点で、じゅうぶんに怪しいと思うのだけど。
いつも一緒の従兄達は、いまはいない。
でも、さすがにこれだけ人気のあるテニスコートで誘拐はされないとおもう。たぶん。
「それで、どのようなご用件で?」
私の言葉におどろいたように目がまた大きくなる。
慣れた反応だった。家のせいか、大人びているとか、子供らしくないとか、よく言われる言葉だから。
でも、その目はすぐにかわった。
「テニスが上手いガキが居るって言うからな」
力強い目にぞくっとした。
意志のある目。そう、奏一がテニスを本気でやる時のような、獲物をみつけたような眼。
「あなた、だれ?」
二ッと男は笑った。
「越前南次郎」
その名前に覚えがあった。
すこしまえに、強くなりたいから勉強だ、といった奏一にみせてもらった昔のビデオで。
『サムライ南次郎』
そう、見出しにかいてあった、なまえ。
「テニス、しようぜ?」
まだ幼い子供を相手に本気をだしたこの男に、私がこてんぱんに負けたのは言うまでもない。
それから、私たちは、よくテニスコートであった。
初めて奏一が会ったときは、実に面白かった覚えがある。
「よう、」
「こんにちは、南次郎さん」
会って三度目に、越前さん、とよんだとき、南次郎ってよべ、それかお殿様、と言われた私は彼を、南次郎さん、とよぶことになった。となりにいた奏一はおどろいた顔で私をみてから、南次郎さんをみた。いつもなら人と話さない私が笑顔であいさつしたのだから、おどろくのも無理はないかもしれないけど。
「?」
「南次郎さん、従兄の奏一です。奏一、越前南次郎さん」
「えちぜん、なんじろう・・・?」
いちど私のいった名前をくりかえした奏一の表情が一変した。
「越前、って!あのサムライ南次郎・・・!?」
「おうよ。なんでぇ、の従兄っつーから表情不足かと思えば、随分普通じゃねぇか」
「表情不足・・・」
むっとして南次郎さんをにらんだ。
奏一は、魚のように口をぱくぱくしている。
そういえば、ビデオをみながら、憧れてんだよ、と言っていたとおもう。
現役時代をなまで見たかった、とも。
「奏一っていやぁ、最近随分ランクが上がってきたよなぁ」
南次郎さんのことばに、奏一はすこしうれしそうな目をした。
「いいプレースタイルだった」
「試合にきたことがあるんですか?」
「いや、テレビで見た」
奏一を知っていた、という事実が私をうれしくさせた。
どうせなら、テレビよりもなまで試合をみてほしかったけど。
「・・・血かねぇ?」
「なにがですか?」
つぶやかれたことばに首をかしげると、南次郎さんはわらった。
「奏一にも、にも才能があるって話だ」
その言葉に私はその言葉に顔をしかめた。
奏一さんが才能があると言われるのはうれしい。
けど、私は・・・
「お前にも才能があるんだよ、」
「な、んじろうさん・・・?」
いつものふざけた眼じゃなくて、真剣な眼。
「欲しくても貰えるもんじゃねーんだ。喜んどけよ」
そう言った南次郎さんの表情はとてもやさしかった。
「・・・そんなもん、かな?」
「そういうもんだ。なあ?にーちゃんよ」
「あ、ああ。そうですね」
未だにおどろきからぬけきれない奏一をみた。
「奏一、おどろきすぎだよ」
「、お前、いつの間にこんな人と知り合ったんだよ・・・?」
このあいだ、と言うと、おまえなぁ、とあきれた声で言われた。
「子供あいてに本気でしあいする人だよ」
そんなにそんけいする人か、と疑問をなげかける。
「お前の何処が子供なんだぁ、?」
「・・・!」
「あいにく、子供らしいふるまいを教えてもらわなかったので」
南次郎さんの言葉に奏一がいきをのんだ。
そういうことを言われるのが、私がきらいなのを奏一はしっている。
でも、ふしぎなことに南次郎さんになにか言われてもふかいかんはない。
きっとこの人の人柄のもんだいだろう。
「憎ったらしいガキだなぁ。まったく」
字面とはちがい、南次郎さんの顔はとてもうれしそうだ。
「かわいさあまって、にくさひゃくばい?」
「自分で言うなよ」
笑って南次郎さんは私のあたまをぐしゃぐしゃっとなでた。
その姿をみて、奏一はまたおどろいたように私たちをみた。
そして、ほっとしたような笑顔をみせた。
その日から、男二人でよく試合をするようになり、時々私までスパルタ教育のように厳しく鍛えられた。
私は生まれ持った身体能力のおかげで、奏一のように死にそうになる事はなかったけど。
それのおかげか、奏一は試合で次々と勝利を収め、今では世界中で注目されるテニスプレーヤーとなった。
私の初めての大会での決勝戦はとても印象的だった。
試合だけではなく、あの男に息子がいるという事を知った日だった。
「よお、」
「南次郎さん!」
「見に来てくれたんですか?」
もちろん、とわらった南次郎さんはとてもたのしそうだ。
「まあ、お前さんなら余裕だろうからなぁ」
「・・・南次郎さんと奏一にスパルタきょういくされましたからね」
「ははは、違いねえ」
すこし口をとがらせていうと、南次郎さんはやさしく私のあたまをなでた。
「お前さんのおかげでリョーマが随分やる気を出してるしな」
「りょーま?」
まえに一度だけきいたことのある名前。
「俺の息子だ」
とってもやさしい声でつげられた言葉に、私はおどろいた。
「子供が、いたんですか?」
「ああ。より一つしか違わねーけどな。まあ、お前よりもうんとガキだ」
「南次郎さんの、息子・・・」
「そんなに驚く事かあ?」
いや、おどろくっていうか。想像がつかない。
南次郎さんのようにちゃらちゃらしているんだろうか?
「俺に似ないで随分無愛想で可愛くないガキだ」
「へえ」
言葉ではつめたそういっているのに、眼はとてもやさしい。
いとしいものをみる、眼。
ああ、きっと『りょーま』はあいされているんだ。
この人に、とてもたいせつにされて、あいされているんだ。
「テニスは?」
「一人で立てるようになってから一緒に遊んでやってるぜ」
「遊んでもらってるじゃなくて?」
いじわるなことばを言っても、南次郎さんはわらうだけだ。そんなことねぇよ、と。
「お前に、憧れてるみたいだぜ?」
「・・・どうしてですか?」
会ったことがないのに?
「圧勝した試合を目の前で見せられたらなあ」
「圧勝って・・・」
「大会の最短時間だったらしいじゃねぇか」
そんなつもりはまったくなかったのだけど。意外と早くおわった試合はきろくこうしんした、とさわがれたらしい。もちろん、私が大会最年少ということもあるのだろうけど。
「ま、お前の試合はいい刺激になったっつーわけだ」
「それっていいことなんですか?」
「奇跡的なぐらい素晴らしい事だ」
そんなに『りょーま』はテニスがいやだったんだろうか?
「俺の夢に一歩前進ってとこだろうな」
「はぁ・・・?まあ、南次郎さんのおてつだいができてよかったです」
私のことばに南次郎さんはわらった。
「まあ、そのうちお前の夢にも貢献してくれるだろうからな」
そういって私のあたまをとてもやさしい手でなでた。
その会話の後でやった決勝戦で私は、初めての優勝カップというものを手にした。
初めての優勝からしばらく間を開けてまた大会に出た。
そして、その後は色々な大会に出ることになって、私は次々と優勝していった。
そして、最後に告げられた言葉の意味を数年後に理解する事になる。
「くーッ。疲れた!」
「年寄りじゃないんだから、南次郎」
この頃から、私は南次郎を呼び捨てにするようになった。
きっかけは、たしか奏一がいつのまにか南次郎を呼び捨てにしていて、お前まださんづけなのか、と言われてからだ。
「」
「ど、したの、南次郎・・・?」
とつぜん、南次郎の声が真剣になった。
「お前は、俺と同じようになる」
まっすぐ、私をみる眼から、目がはなせなかった。
「誰も俺たちには追いつかない」
「・・・かいかぶりすぎ、だよ」
南次郎から地面へ視線をおとした。
「あいつなら、俺たちをこえてくれるかもしれねぇぜ?」
その言葉に顔をあげる。
「今度、ジュニア大会にでも出すつもりだ」
そうすればわかるぜ、と言った南次郎はとても嬉しそうで、自慢気だった。ふーん、と呟いた私ののどは少し渇いて痛かった。
「南次郎の夢、すごく近づいたね」
ああ、と頷いた南次郎の提案で、私たちはバカみたいに長い試合をした。
ジュニアの大会に出るから見に来るか、と微妙に親ばかな一面を見せた問いかけに私は頷かなかった。
断言された言葉を受け入れたくなかったのかもしれない。
そんな否定的な考えを見せない為に、どうせ会うなら世界で会う、と笑った。
ゆっくりと目を開けると光に目が眩んだ。
そして、焦点の合わない目の前には、青い空と白い雲、という、まあ、なんともよくある光景が目の前に広がっている。
「・・・よていよりも、はやくあったわ、ね」
なぜ、そう呟いたのかもわからない言葉は空に吸い込まれていった。
また、目を閉じた。随分、長い夢を見た。時間からすればそんなに長くはないのに。ゆっくりと浮上してくる意識で今まで夢の中にいたことを自覚する。
少し離れた場所で聞きなれたボールの弾む音がした。
すると、突然ポケットの中の携帯が震えた。消し忘れていたらしいそれを、取り出して通話ボタンを押す。
「はい。です」
『よー、』
機械を通して耳に届いた声は、今の今まで夢の中で会っていた男であり、目の前に私を見下ろす彼の父親のものだった。
「・・・こんな時間に何か?」
『またデェトでもしようぜ、っていう話をしようと思ってな』
「貴方の夢の為に、貴方が彼を鍛えてあげればいいのに」
突然言った私の言葉に南次郎は驚いたようだった。
『・・・どうしたぁ?突然だな。お前がそんな話したのっていやぁ、お前がプロになった時以来だろ』
「そうだったかな?」
思わず苦笑する。
その通りなのだ。
あの時、テニスの世界から姿を消してから、私は一度も南次郎の『夢』について話したことが無かった。彼に告げた言葉を叶えられなくなったことに対しての罪悪感だったのか、何故だかはよくわからなかったが。
『お前んとこに居んのに、俺が鍛える必要はないだろ?』
「私とデートするよりよっぽど近道だわ」
『俺はお前さんとデェトに出掛けてーわけなんだがなぁ』
本当だろうか、と時々思う。
最近、いや、私がこの青春学園に入ってから、南次郎はよく私を誘う。本当はテニスがしたいんじゃなくて、私がなまらないようにしているんじゃないだろうか。
「そんなにデートデート言って、まめに出かけてると、奥さんに浮気だと思われるわよ」
『・・・そりゃあ困るな』
冗談で言ったのに本気で考え込むような声音の相手に笑いを堪えた。
彼の奥さんは結構気が強いと言う話を以前聞いた。まあ、あの南次郎と共に生きなければいけない人間は気の弱いお嬢様ではきっと無理だろう。
「まあ、私のほうも、これから忙しいの」
静琉と惺に頼まれて仕事がまた色々と入ってきているのだ。それはもう、睡眠時間が取れるだろうか、と思うほどに。
幸いにも、私は普通の学生のように勉強しなければいけないわけではない。睡眠時間はその分の時間で取れるだろう。
『そうか。じゃあ、また今度だな』
「ええ、また」
ぴ、という電子音で私たちの会話は終わった。腹筋を使ってゆっくり起き上がった。
そして、後ろに人の気配がする事に気付いて振向く。
「なにしてるんすか?」
思わず目を見開いた。
振向いた先に立っていたのは、今の今まで電話で話していた相手の『夢』への鍵だった。
「越前くん・・・」
一体、何処から話を聞いていたの?
いつもなら人がいるとすぐにわかるのに・・・
「盗み聞き、ですか?」
「先輩が勝手に喋ってたんでしょ」
その通りだ。
「いつから・・・」
「『奥さんに浮気だと思われるわよ』から」
とりあえず、彼の話は聞かれていなかったらしい。
そのことに一人安堵する。
「そういうの、嫌いなタイプだと思ってた」
立ち上がってスカートについた埃を払った。
そして、相手の言葉の意味がわからず、眉間に皺を寄せた。
「不倫なんて、アンタ一体いくつの人と付き合ってるわけ?」
少し馬鹿にしたような笑みを浮かべて言われた言葉に目を見開いた。
不倫って・・・貴方の父親ですよ、と言ったらどう反応するんだろう?
そんなことを考えているとおかしく思えてきて、笑いたくなった。
「不倫って・・・貴方からそんな言葉を聞くとは思いませんでしたね」
「俺だってアンタから浮気なんて単語聞くと思わなかったよ」
ふと電話の相手の顔を思い出す。
貴方の息子、私と貴方の関係を疑ってるわよ、と言ったら大爆笑するだろう。その姿を想像して思わず口の端をあげてしまった。
「貴方のお父様ぐらいの年ですよ」
最初に聞かれた質問の答えを目を見ながら答えると、大きな目が更に大きくなった。
「部活、遅れないようにしてくださいね」
通りすがりにそう告げて私はそのまま屋上を出る。
私の言葉の意味を精一杯頭の中で考える『夢への鍵』を残して。
◆FIN◆
これは南次郎夢なのか、リョーマ夢なのか。
越前夢といえば丁度いいのか。
UP 01/26/07