ブックマン。あらゆる事柄を記録する者。そう聞いたは、もしかしたら、と思い、自身の話をした。
「別の世界から来た、と。突然何の前触れもなく?」
ラビの問いに、はい、と頷いた。そんなことあるんさあ?と不思議そうな表情をしたラビに、ブックマンは考えるように顎に手を当てた。
「ふむ。イノセンスが別世界と空間を繋げたのだろう」
そういったブックマンに、は、あの、と口を開いた。
「そういう話、聞いたことありませんか?」
歴史の裏まで記録すると言われるブックマンなら、もしかしたらそういうケースを知っているかもしれない。元の世界に戻る方法も知っているかもしれない。
の期待を感じながら、ラビはブックマンへ視線をやった。そんな稀なケースを記憶した覚えがなかった。
「・・・記憶にないが、一応調べておこう」
「そう、ですか」
期待はするな、と言うような声音に、は、ありがとうございます、と一応礼を言った。俯いたに、泣くのかとラビは頬を掻いた。
「治療しよう」
ブックマンに促され、はベッドに横になった。ぼんやりと天井を見た。その目に涙はない。ラビはホッと息を吐いた。
「・・・大変ですね」
しばしの沈黙の後、が口を開いた。
「ん?」
「裏の歴史も記録するってことは」
と目があい、ラビの心臓はどくんと大きく鳴った。
「今日仲間だった人が、明日は敵だったりするんでしょう?」
大きく目を見開いたラビは、体中の筋肉が強張るのがわかった。
「湯を持ってこい」
ブックマンが言うと、ラビはハッとしたようにから視線を外すことができた。
「あ、ああ。わかったさ」
馬鹿者め、と心の中でブックマンは呟いた。そして、の顔へちらりと視線をやった。
ラビが出て行き、その目線は再度天井へと向けられている。
「すいません」
突然の謝罪にブックマンは治療する手を止めた。
「・・・悪いと思っとらん時に、謝る必要はあるまい」
「意地悪だったかな、って」
ブックマンという役割の裏を瞬時に理解する者は中々いない。聡い娘だ。ブックマンは、を気の毒に思った。おそらく自身が元の世界に戻ることはできないことを理解しているのだろう。
イノセンスが適合者を別世界からを呼び寄せたならば、その者はこの世界に繋ぎとめられるだろう。イノセンス自体にも、黒の教団にも。
「そんなこと受け継ぐなんて、大変だなって」
「あれは、嫌々受け継ぐわけでもない」
未熟者ではあるが。
頭では理解していても、心では割り切れていない。あの記憶力は才能だが、切り替えは未熟だ。ブックマンは、目の前の少女と自身の弟子の共通点に内心溜息を吐いた。
「ブックマンにも、帰る場所がないんですね」
本当に聡い娘だ。
「教団があるではないか」
「でも、それはいつか変わるでしょう?」
の視線を受け止めた。
「そなたには変わらぬであろう」
「つらくないですか?」
確信をつくような言葉で、動揺しそうになったことに、ブックマンは苦笑した。
「さてな」
とうに
忘れたはずの
懐郷病
up 05/04/14