「ほら、」
頼まれてたものだ、とリーバーから受け取ったものを見て、は微笑んだ。
「ありがとうございます」
お忙しいのは分かっているんですけど、と控え目に頼んできたのは、持っている音楽プレーヤーに強化カバーをつけてほしいとのことだった。
見たこともない機械を前に、解体してみたい気持ちを押さえて、それを了承した。新しい仲間が、初めて頼ってくれたことに喜びを感じながら。
「軽いですね」
感心したように呟いた相手に、リーバーは、おう、と返した。
「持ち運ぶんだし、軽いほうがいいだろうと思ってな」
そして、もう一つ持っていたものを出した。
「頼まれてねえけど、ヘッドフォン強化バージョンだ」
驚いたようにはリーバーを見た。
「わたし、に?」
「おう」
ヘッドフォンを受け取って、はとっても嬉しそうに笑った。
「ありがとう」
愛想が悪くなく、人当たりもいいのに、どこかいつも一線から先へ越えさせない壁をみせる。そんな彼女から見たこともないような笑顔だった。きっと本当にうれしいと思ってくれているのだろう。
「まあ、なんかあったらいつでも言ってくれ」
そういえば、困ったような笑みに変わった。
「いつもお仕事大変なのに、ありがとうございます」
命がけで戦ってるくせによく言うぜ。リーバーは苦笑した。それでも心から労わってくれているのがわかり嬉しく思った。
彼女はアクマの魂が見える上に、声が聞こえるのだ。上司からそう告げられて、リーバーはすぐにはそのことを理解できなかった。それを二度自身の中で繰り返した後に、やっとその言葉が脳内で処理された。同時に、そんな世界を想像して、血の気が引いた。
普通のエクソシストでも自分たちの仕事と比べたらなんでもない、とリーバーは思っていた。戦争を知らない平和な世界から放り出された彼女と比べてしまえば、本当に微々たるものだ。
リーバーは、嬉しそうに手の中のヘッドフォンと音楽プレーヤーを見るを見て、だからかもしれない、と思った。自分が出来ることはしてやりたいと思うのは。
「それでは失礼します」
「おう、またな」
リーバーが作ったそれは、任務時は必ず耳を覆っていて、人と話す時は首のまわりにぶら下がっていた。ヘッドフォンをいつもしているエクソシストとしてが知られるようになってしばらくして、エクソシスト三名が怪我をして帰ってきた。エクソシストに多少の怪我はつきものだが、そういう噂になるほどの怪我は重傷の場合が多い。
そのうちの一人がだと知った時、リーバーは眩暈がした。それはおそらく寝不足のせいだけではない。
目の前の仕事に集中できていないことを周りに指摘され、少し休むように薦められた。自室へ戻るよう促され、廊下へ出されたものの、眠気はないのだ。ざわざわした感覚を拭いきれず、自然と足が向いたのは医務室だった。
「」
看護師に案内されたリーバーは、小さくが呼んだがベッドに横たわる身体は動かなかった。
ベッドの隣に立つと、すうすうと寝息が聞こえた。そんな小さな音が、胸のざわめきを静めた。
頬と額にはガーゼが貼ってあり、ブランケットの下に隠れた身体に包帯が巻かれていることが容易に想像がついた。そのことに、リーバーは眉間に皺を寄せた。
ふとベッドサイドのテーブルが目に入った。壊れた小さな機械。音楽プレーヤーだとが呼んでいたそれの隣には、パーツの欠けたヘッドフォンが置いてあった。
壊れたのか。
それだけ戦闘が激しかったのだろう、とリーバーはそれに手を伸ばした。
『元の世界から、持っていたものなんです』
それ以上パーツが欠けないように、そっとそれを持ちあげた。
『音楽が聞けるんですよ』
とても大事そうにそれを見ていた姿が目に浮かんだ。
『そうですね。音楽聞くの、一番好きかもしれないです』
ミュージック
を
愛する死神
数少ない元の世界から持っていたカバンの中にあった音楽プレーヤーは、に安心感を与えた。
忘れるに忘れられない状況を作っているという自覚もあったが、はそれを常に傍に置いた。むしろ、元の世界を忘れたくない、というよう意思表示をするように。
アクマと退治に持っていくと、壊れる可能性があるためどうするべきか、と悩んだ末に、は科学班へと持っていくことにした。目の下にクマを常につけている彼らに仕事を増やすのは悪い気がしたが、無理な場合は断るだろうと踏んで、リーバーへ頼むことにしたのだ。結果、リーバーは頼んでいたカバーだけではなく、ヘッドフォンも作ってくれたのだ。
そして、それ以来は、寝るとき以外肌身離さずそれらを持っていた。
失敗した。
腰に飛びついて助けを乞う人間を振り払ったと同時に、ヘッドフォンのコードが引っ張られた。プレーヤーと共に身体から離れたそれへ咄嗟に手を伸ばした。ハッと横から飛んできたアクマの攻撃に息を飲んで、先の言葉が頭をよぎった。執着が死を招くのか、と身体を撃った衝撃に目を閉じた。脳震盪を起こしたようにぐらぐらとする視界に吐き気を覚えながらも、くそったれ、とガラの悪い言葉を呟きながら身体に力が入ると身体が熱くなった。そこでの意識は途切れた。地面に転がったまま、周りに光を放ちながら。
が次に目にしたのは、真っ白な天井だった。アクマと対峙していたことを思い出したあと、死んでなかったんだ、と小さく呟いた。
看護師がが目を覚ましたことに気付くと、医者が呼ばれ、質問を色々された。どこの世界も一緒なんだな、と答えながら思った。
そして、一通り質問に答え終わると、状況が説明された。イノセンスは無事回収されたこと。他のエクソシストも怪我を負ったけれど、生きていること。応援がついたころには、すべてのアクマが壊されたあとだったこと。
「貴方のおかげで、皆助かったそうです」
医者はそういうと、ゆっくり休むように告げて病室を出て行った。
静かになった病室で、ふと思い出した。音楽プレーヤーとヘッドフォンは、壊れてしまった。
元の世界へ戻るためのカギとまではいわないが、にとってそれは元の世界との繋がりだったのだ。音楽を聞いて、楽しい思い出や大切な人たちへ想いを馳せた。それがもうできなくなってしまった。
「さすがに、壊れたものまで回収してないよね」
溜息とともに呟いた。破片でもいいと思ってしまった自身には自嘲した。
今はなにも考えたくない。そう思ったは眼を閉じて、眠りについた。
浮上した意識が、周囲の音を拾う耳に集中した。がゆっくりと目を開くと、再び白い天井が映った。感じていた人の気配の方へ目を向けると、見知った顔があった。
「リィ、バー、さん」
かすれた声は何日も声を出していなかったせいだろう。
「よお」
目覚ましたって聞いてな、といったリーバーの目の下にはひどいクマが見えた。は前よりひどくなったそれを見て、目を細めた。
「ど、して?」
「取りあえず、水、飲むか?」
が頷いて起き上がると、リーバーは傍にあった水を渡した。
「ありがとうございます」
「いや」
小さな沈黙。は、何故病室にリーバーがいるのだろうか、と僅かに傾げた。
「・・・大変だったな」
どう切り出したらいいのかわからなかったリーバーはやっと口を開いた。
「まあ、初めてじゃ、ないですし・・・」
初めての任務のときに比べれば、そんなにひどい怪我ではない。は医者が、寄生型だし早く治るでしょう、といっていたのを思い出した。
「それで、ほら、壊れちまっただろ」
なにが、とはいわなくても通じた。は、ごめんなさい、と謝った。
「なんで謝るんだ?」
「お忙しい中、せっかく作ってもらったのに」
伏せられた目に、リーバーは慌てた。
「わざとじゃないんだし、が気にすることないだろ」
それに、と持っていたものをに見せた。
「あ」
「その、完全には直らなくて、もともとの音楽が全部あるかはわからないんだが・・・」
そっとの布団の上に置かれたのは、以前とは違う形になった音楽プレーヤーとヘッドフォンだった。
「とりあえず、音楽は聞こえるようにはなってて」
「ありがとう」
震える声でが礼をいうと、リーバーは頬をかいた。
「ありがとうございます」
の目にジワリと浮んだ涙に、リーバーは完全に直すことはできなくても自身にできることをしてよかったと思った。
「音楽、好きなんだろ?」
「はい。大好きです」
UP 05/22/14