「で、紹介してくれないわけ?」
兄さんの言葉と同じ事を考えながら、僕は銀と真紅から目が離せなかった。
【音の無い言葉】
「私への挨拶よりもそっちが先かい?」
「いいから、教えろよ。」
上司に話す口の利き方じゃないよ、兄さん。
苦笑しそうになりながら話題の本人に目を向けると目があった。
「あ・・・」
小さく僕は挨拶ぐらいしようかと思ったんだけど、何故か戸惑って言葉が出なかった。だけど彼女はニッコリと笑ってみせてくれた。兄さんよりも少し高いくらいの背の彼女は椅子に座って僕を笑みを浮かべているけど首を傾げる。
「そういえば君の活躍は結構耳にしているよ、鋼の。」
「いいから、教えろよ!」
わざと話を逸らす大佐にイライラした兄さんが怒鳴ると、大佐は楽しそうに笑った。いい加減怒ってきたらしい兄さんは彼女の方を見て話し掛けた。・・・全く短気なんだから。大佐がそれが面白くてやってるのわからないのかな、兄さんは。
「なあ、アンタ名前は?」
兄さんが話し掛けると彼女はキョトンとして自分を指差して首を傾げた。
じぶんのこと?と聞くように。
「アンタ以外誰が居んだよ。」
あきれたように言った兄さんの言葉の後に彼女は苦笑を浮かべて頷いた。
「・・・・・・」
だけど彼女の口からは声はなくて、ただゆっくりと口の形を変えただけだった。
僕の中で唯一思いついた事。
・・・喋れない?
「・・・あのな。」
「・・・・・・?」
「ちゃんと人の質問には答えろよ・・・!」
兄さんにはそんな事を思いもしないのか、イライラしたように彼女を睨んだ。
僕は慌てて口を開いた。
「自分の名前くらい答えろよな!」
「に、兄さん!」
「んだよ、アル!」
「あの、その人、口がきけないんじゃ・・・?」
「はあ?」
僕の言葉に驚いた兄さんは僕から苦笑する紅い瞳を見た。
「あの、間違ってたらごめんなさい。」
僕が謝ると彼女は笑って首を振った。
「君の言うとおりだよ、アルフォンス君。」
ようやく大佐が口を開いた。
「彼女は声が出ない。」
「マジ・・・?」
兄さんはばつの悪そうな顔で彼女を見て、悪い、と謝った。
「彼女の名前は、というんだよ。」
「、さん・・・?」
大佐が言った名前を僕が呟くとその人はニッコリと笑って頷いた。
「。こっちの生意気なのが兄のエドワード・エルリック。私と同じ国家錬金術師だ。」
「誰が生意気だよ・・・」
ムッとしたように兄さんは反応した。
「その鎧の彼は弟のアルフォンス・エルリック君だ。」
「こんにちは。」
僕が挨拶するとさんは笑った。
でも突然笑顔が消えて、首をかしげて僕を凝視した。
鎧の姿が珍しいから見ているのかな?
僕がそう思っているとさんが椅子から立ち上がった。
「え・・・・・・!」
立ったと思った瞬間、フワリとさんが跳んだ。
いや、飛んだ。
まるで背中に羽根でもあるかのように、ふわふわと浮いていて。
「んな、馬鹿な・・・」
驚いた兄さんが僕の横で呟いた。
『貴方・・・』
さんは僕の目線の高さで浮いて僕の頬に手を寄せた。
『かわいそうに・・・』
「え・・・?」
何故か声が聞こえたような気がして驚いた。
悲しそうな顔に変わったさんは突然僕を抱きしめた。
「え、ちょっ・・・」
鎧の体になった僕は、感じないはずなのに何故か優しく柔らかく感じた。
ギュッと抱きついた彼女の後ろで大佐が少し悲しそうな微笑みを浮かべてて、僕はきっと彼女もなにかあったんだろうと思った。
その後さんは僕から離れて兄さんを見た。
そしてギュッと兄さんの右手を握って、まるで何かに祈るかのように目を瞑った。
そんな彼女の姿を僕は、なんだか天使の祈りのように感じた。