【戦闘機の世界】



「草灯!」

草灯から、来て、という電話があってすぐに私は家を駆け出した。公園につくと其処には左手を血だらけにしたままの草灯が立っていた。

「なに、その傷・・・」
「別に」

別になんて血の量じゃない。戦闘があったのは感じた。草灯の気配だった事も気付いた。もっと早くに来てあげればよかったかもしれない。

「ちょっと待ってなさい、草灯」
「ん」

命令口調で言うと草灯は小さく頷いた。私は近くにあった公園のトイレに駆け込んで、ハンカチをぬらした。こんな物で、草灯の傷が早く治るわけが無いけど。何もないよりはいいと思うし。
キュッと蛇口を閉めて、また外に出た。
さっき立っていた場所と違って草灯がベンチの傍で誰かと一緒なのが見えた。

「草灯!」

何をしているのか、と問おうとした瞬間、一緒にいた相手の顔が見えた。

さん!?」
「東雲先生・・・」

目に涙を浮かべた相手を見て思わず、目を丸くした。困ったと思って頭を書いた瞬間、冷や汗が出そうになった。普段学校では付け耳をしている。でも、今はその付け耳はつけていない。

「あ、あなた!どうして!っていうか、耳!」

パニック状態のようにどもる先生を見て、らしいなぁ、なんて呑気に思ってしまった。そして、先生が居る事を伝えなかった草灯を睨んだ。

「先生が居るなんて聞いてないんだけど、草灯」
「訊かれてないからね」

確かに、と頷きそうになったけど、すぐに先生が言った。

「我妻さんと知り合いなの・・・?」
「知り合いっていうか。まあ、そうですね」

苦笑を浮かべて応えると慌てて先生は言った。

「びょっ、病院、早く行かなきゃ!さんも言ってちょうだい!」

今に号泣しそうな顔で言う先生から私の隣でタバコを吸う草灯に眼を向けた。

「病院、行く?なんて、訊いても無駄だよねぇ」

私の言葉に先生は驚いた様に目を大きくした。

「な、何言ってるんですか!こんな血だらけなのに!」

草灯はうざったそうな表情で私は困ったように笑った。

「そんな事言われましても、ねえ」

怪我する事は私と草灯にすれば何でもないことに近い。私達は戦闘機。サクリファイスが居ない時に戦闘をすれば自分が怪我をする。当たり前の事。

「病院、行きましょう!手当てしないと!」

そういうと先生は草灯の左腕を掴んだ。
草灯に触らないでよ、先生。思わずムッとした顔になっていたのか、草灯が怒鳴った。

「いい加減にしろよ!先生!」

びくっと先生は肩を揺らして草灯を見上げた。草灯の性格からすれば、ただでさえ泣き叫ぶ先生がうざったかったのに、触られる事は凄く嫌だったのだろう。

「俺達のことならあんたに一切関係ない!」

冷たく言い放った草灯の言葉に先生が傷ついたような表情を浮かべた。先生の目から涙が溢れ出して、草灯はイラついたように言った。

「何で泣くんです?通用しませんよ」
「そ、そんな言い方・・・」

わざとじゃありません、と泣いた先生は、そんなんじゃいつか友達がいなくなるんだから、と叫んだ。そんな言葉は、草灯に通用しない。

「そんなものいりませんよ」

草灯の望む物は支配される事。

「完全な支配をされる事。それが俺の望みです」

友達はあれば良くても、無くても平気なものだ。先生は意味がわからないというような顔をした。

「ああ、もう。意味がわからないって顔しているから、さっさと帰ってください」

怪我で貧血状態に近い。さっきよりも息が荒く聞こえた。草灯もそろそろ限界だろう。

「先生と俺たちでは生きている世界が違うんです。放って置いてください」

そう、私達は彼女とは違う世界で生きている。

「い、意味がわかりません・・・」
「先生」

先生は、うるうるとした目で私を見た。私は、口角を上げて笑ってみせた。

「平気なんですよ、先生。こんな傷なんかね」
「何、言ってるの?さん、こんな血だらけなのに!」

そっと草灯の左腕に触れた。

「こんな傷、私たちには何でもないんです」

草灯の手を私の顔の高さまで持ち上げて、私は草灯を見上げた。

「ねえ、草灯?こんなの、痛くないよねぇ?」

笑って見せた私に草灯は頷いた。そんなわけないでしょう、と叫んだ先生を流し目で見た。

「痛くないんですって、先生」
さん!」

私よりも大きな草灯の綺麗な手にそっと口付けた。
一瞬、多分痛みから、草灯が息を呑んだけれど無視した。

「先生、もう遅いですし、帰ったほうがいいですよ」
さん・・・!」

ぺロッと草灯の血を舐めた。ビクッとした草灯を上目遣いで、動くな、と目で命令した。

「心配ないですから。先生はもう帰ったほうがいいですよ」
さん、貴方・・・どういう・・・」

ね?と笑うと、先生は呆然と私を見た。

「草灯の言った通り、貴方と私達は別の世界に居るんですよ、先生」




06/23/06