【そんな簡単にやらないよ】
東雲先生がふらふらした足取りで帰ると私は草灯の手をハンカチで拭いた。
「よかったの?」
突然訊いた草灯に、何が、と包帯を巻きながら訊きかえした。
「・・・先生」
ああ。一応、連絡しなかった事を悪いと思ったらしい。
「済んだ事を言っても意味ないでしょう」
「うん」
できた、と言って包帯から顔へ視線を向けた。
「。」
「なに?」
「好き」
「そう」
私も、という言葉を望んでいたらしく、草灯は不満そうにまた、好き、と呟いた。
「わかってるよ」
「・・・愛してる」
「うん」
怪我をしていない右手で私の頬に触れた。言って欲しい、という眼に笑いかけた。
「わかってるよ、草灯」
何も考えたくないんだろう。先生のせいで、イライラして、それを忘れたい為に支配して欲しいと思っている。
「・・・愛してる」
「うん」
でも簡単に言葉をあげるほど、私はそんなに優しくない。
「・・・」
鼻と鼻がくっつきそうなくらいに近くで私の言葉をねだる草灯は支配されたくて仕方ないのがわかる。
「だめだよ、草灯」
「ッ・・・」
一瞬だけ左手をギュッと握った。そして、私は草灯から体が震えている二人の男の子の前に立った。一人が片目だけで私を見上げた。
「こんばんは」
ゼロシリーズ。直感でそう感じた。
「な、なんだよ、あんた・・・」
寒さからか声が震えた相手に微笑んだ。怯えたように、私をみる戦闘機。
「どうするの?草灯」
「さあ?」
負けたゼロは、渚先生は要らないというだろう。
「ねぇ、貴方、どこに行きたい?」
草灯が飛ばしてくれるよ、と言うと草灯は、俺なんだ、と突っ込んだ。
「うるせぇよ!ほっとけよ!」
「放って置けないよ」
「動けるように、なったら、勝手にやるよ!」
声が震えたまま怒鳴る相手から草灯を見た。
「あー・・・めんどくさいなぁ」
眉間を寄せた後に、面倒くさげに草灯は言った。
「家来る?」
「はあ?」
男の子は驚いたように目を見開いたけれど、私は笑ってみせた。
「いい考え。草灯の所なら広いし。四人でも平気でしょうし」
頬に触れるとビクリと肩を揺らしたけれど、私は微笑んだまま言った。
「ほら、いらっしゃい?感じないかもしれないけれど、凄く冷たいから。暖かいものでも飲みましょう」
意識を失っているサクリファイスの方を背中に負ぶった。
「お、おい・・・」
「ほら、貴方は動けるでしょう」
男の子と草灯が驚いた様に私を見た。
「先に帰るね、草灯」
「?」
「貴方は、行きなさい」
立夏のところに行きたくないなら別にいいけど。
「ついてきてちょうだい」
男の子を見て言うと少し震えながら、私のいう事を聞く意思を示した。
「・・・」
「先に帰ってるからね」
困惑したような表情の草灯を置いて、私は二人のゼロと一緒に公園を出た。偶然にも公園から少し歩いたところでタクシーが通って、それを止めて乗った。少し血のついた私達を見た瞬間、運転手は少し困ったような表情を見せたが、関係なく私は乗り込んだ。後ろに二人を乗せて助手席に私が乗った。
「・・・なあ」
しばらくの沈黙の後、ゼロが口を開いた。
「なぁに?」
「アンタ、あいつの女?」
大分体温が戻ったのか、彼はもう震えていなかった。
「どう思う?」
「当たりだと思うけど、少し違う気がする」
その言葉に私は、あはは、と笑って、そんなところだよ、と答えた。ふーん、と彼が言ってしばらくすると家に着いた。
そして、その後知った事は、ゼロの本当の名前。戦闘機の奈津生とサクリファイスの瑶二。
草灯が帰ってきたのはゼロたちが寝た、真夜中を過ぎてからだった。
UP 03/05/06