「律先生。」

ノックをしながら扉を同時に開ける。
いつもなら、それじゃあ意味がないだろう、という声が聞こえるのに。
その日は、違った。



【要注意人物】



「あなた。」
「やあ、こんにちは。」

部屋の中にいたのは草灯と律先生、そして、さっき数日前に会った私よりも年上らしい少年。
草灯はどこか不満そうで、不機嫌そうな顔をしていた。

『我妻草灯にサクリファイスができる。』

数日前に渚さんとナナさんが話しているのを、偶然聞いた。
そして、私はすぐにこの人がそうなのだ、と思った。それが正しければ、草灯の表情も先生の表情も説明がつく。

「こんにちは。」
「青柳清明です。」
「私はです。」
「うん。知ってるよ。よろしくね。」

よろしくお願いします、と差し出された手を取った。

「僕はBELOVED、草灯のサクリファイスになるんだ。」

真っ直ぐ、私の目を見て言った彼に私は微笑みながら、そうですか、と言った。
穏やかそうで優しそうな手に触れられた事を少し嬉しく思いながら、頭の隅で冷静に思う。この人は見た目とは違う、と。

「だから、是非、君とも仲良くなりたい。」
「私と?」
「そう、君と。」

どうして、と訊けば青柳さんは笑った。

「君と草灯は仲がいいんだろう?」

だからだよ、と青柳さんは続けた。
私は少し驚きながらも、なるほど、と笑った。

「それじゃあ、草灯、行こうか。」

それは問いかけではなく。
草灯の手を取って、青柳清明は部屋を出た。
パタン、と音を立てて閉まった扉から目を離し、傍にある革張りの椅子に座った。

「驚かないんだな。」
「驚きませんよ。」

呟くように言った先生の言葉に答えるように私は返した。

「渚ちゃんとナナさんが話してるのを偶然聞きました。」
「・・・そうか。」

丁寧な言葉で話しているから、私が怒っていると思っているんだろう。
明らかに困ったような表情で、何も言わない。

「草灯は・・・律先生が、自分を戦闘機にするんだと思っていました。」
「私には戦闘機がいる。」
「そんなのは、関係ない。」

私の言葉に驚いたように先生の目が見開いた。
きっと、もう死んでしまっているのに、と訊くと思ったんだろう。

「草灯は、貴方の戦闘機になりたかったんです。」

たとえ貴方が必要としていなくても。
律先生は何も言い返さなかった。

「ねえ、律先生。」

椅子から立ち上がって先生を見る。

「青柳清明を草灯に、って言ったのは、だれ?」

質問の意図がわからないままだったのか、先生は少し首をかしげながら答えた。

「青柳家ならいいだろうと思ったし、何より、本人の希望が強かった。」

それがどうかしたのか、といいたげな声音に目を伏せた。
やっぱり、と。

「そうですか・・・」
?」

そのまま扉の方へ歩き出す。
ドアを開けて振り返った。

「ねえ、律先生。青柳清明は、気をつけたほうがいいですよ。」

なに、と言う前に部屋を出てドアを閉めた。

青柳清明は、とても危険だ。

私の中の私が、言う。

でも、それと同時に私の勘が告げる。

私達と彼はとても深い関係ができる、と。






UP 05/05/07