スペルビ・スクアーロは、有名な剣士だった。
彼が道を通るときは誰もが端に寄った。そう、誰もが――ただ一人、私を除いて、だけれど。

「う゛お゛おい」

体全体で感じられそうなほど低く大きな声に振り向くと銀髪の男が私を睨んでいる。

「なにか用?」

冷たい私の反応にむっとしたような表情に変わる。

「何で昨日来なかった!?あ゛あ!?」
「行く、なんて一言も言ってないから」

この男は一昨日私の友人との楽しいティータイムに乱入してきて、明日九時に来いよお、と大声で言って去っていったのだ。場所を示した一枚の紙切れを残して。私は嵐のように去った相手にため息をついてそのまま唖然とした友人を現実に引き戻すかのように話を戻した。そしてその話は終了。私は呼び出された場所に行かなかった。

「昨日はディーノと約束があったし」
「あ゛あ゛!?」

怒る相手の声の大きさに耳を押さえた。
うるさいなあ、と小さく呟けば、なんだとぉ、と怒鳴られた。

「俺との用事よりもあんな腰抜けとでかけたのかぁ!?」
「ディーノとは前から約束してたの。アンタの言いっぱなしの言葉と違って」

ちょっと、とさっきまで楽しく私と食事をしていた友人が少しおびえたように私の腕に触れた。
彼女はスクアーロが怖いのだと、今更ながら知った。別に怖がる必要ないのに。

「気にしなくていいよ。っていうかそのショコラちょうだい」
「え、え・・・!」

何事もないかのようにもとの状況に戻ろうとした私におろおろとする友人が少し面白く思えたのは秘密だ。背中にスクアーロの鋭い視線を感じるが、まあいい。

「う゛お゛おおいぃ!無視すんじゃ――ッ!」

再び耳に響くような大声は途中で止まった。

「うるさいよ、スペルビ・スクアーロ」

わずかに首を動かして視線を後ろへ向けると、喉元に突きつけられた私の剣を睨みつけるスクアーロが制止している。

「私はあなたの友達でもなければ、恋人でもない。一方的に言われて行く義務なんかない」

ゆっくりと振り向くとむすっとしたスクアーロの顔が目に入る。

「ちっ・・・物騒なもん向けんじゃねえ」

低く唸った相手はわずかに傷ついたように見える。
それはそうか。惚れた相手に剣を向けられて喜ぶ奴なんて、ただの変態だろう。
目の前に居る男は私に惚れているのだと以前大声で、それも大勢の前で大胆な告白をしてくれた。それは彼にとっては不本意というか、彼の友人にはめられたために起きた事故なのだが。そのおかげでいじめっ子達―元々私は相手にしていなかった―からの嫌がらせもなくなった。むしろ私を腫れ物に触るかのように扱い始めたのだ。
だけど、私はこの男が特別好きなわけでもなければ、親しみを感じても居なかった。

「アンタがいつも持ってるのとあんま変わんないよ」

むしろ私が持っている剣のほうが彼の腰に下がったものよりも短く細い。

「それに――」

なにより扱ってる人間を考えれば、目の前の男よりも私が持っている方が物騒じゃないだろう。

「――私は強い人間が好きなんだ」

惚れた女にこんなことを言われる男は他にはいないかもしれない。

「私は強い男が好きなんだよ、スペルビ・スクアーロ」

普段ならば弱さなど見せない男の目の奥が傷ついたように揺れた。


UP 03/20/14