Starry Midnight
「いらっしゃい」
バルコニーに突然現れた男に少女は微笑みを浮かべて声をかけた。ああ、と応えた男は慣れた様子で部屋の中へ入り、椅子に腰掛けた。
「ダージリンティーでいいですか?」
「ああ」
ふわりと微笑むと、スッと立ち上がった少女は、部屋についている簡易キッチンへ向いた。その後姿を見ながら男は、ふと思う。
「・・・まるで見えてるようだな」
トレイに乗せたティーポットとカップを持って戻ってきた少女は、再び椅子に座った。
「自分の部屋ですから、さすがに物の位置ぐらい覚えてますよ」
面白そうに笑った少女の言葉に、そうか、と返す。
「ザンザス様だって、ご自分の部屋を目を開けなくても歩けるでしょう?」
綺麗な所作でティーポットからカップへと紅茶を入れる。ザンザスと合う事のない視線は、やはりティーポットにも向けられることはない。
「目が見えない分、気配を感じることに敏感なんですよ」
それが生き物でも生き物でなくても。
その言葉に、生まれつき目が見えないんです、とザンザスは初めて会ったときに説明された時のことを思い出した。
『その分他の感覚が発達したといいますか。耳も鼻も普通の人よりは敏感なんですよ』
事実、暗殺部隊で鍛えられているはずのザンザスの気配にも敏感に反応を示した。
「おい」
はい、とザンザスのほうへ顔を向けた。視線はザンザスの顔よりもやや下に向いている。
「今日クッキーを焼いたんです」
甘さ控えめにしてみたんですけど、と付け足すと、耳にサクッという音が届く。
「・・・まずくはない」
一見褒め言葉ではないのだが、少女はふふと笑って、ありがとうございます、と礼を言った。
「甘すぎませんか?」
「これぐらいなら平気だ」
「よかった」
嬉しそうに笑った少女にザンザスは、、と名を呼んだ。
「はい」
「手、出せ」
が言われたとおりに手を出すと、ちゃりとは小さな重みを手に感じる。
「何でしょう」
手に置かれたものを両手で触る。シャラシャラと聞こえる音と手の感覚でそれを当てようとする。
「ネックレス?」
「ああ。」
「素敵な形」
ペンダントの部分をそっと撫でた。
「真ん中は何かの石ですか?」
「ああ」
の問いがそれの説明を求めているのだと気付いたザンザスは続けた。
「ルビーだ」
「ルビー・・・何色ですか?」
「赤だ」
「赤い、ルビー」
生まれながら目が見えないには、赤がどんな色なのかわからない。それを撫でながら、きっと綺麗なんでしょうね、と言った。けっして悲観しているわけでも、同情を誘っているわけでもない。純粋にそう思っていることが感じられる言い方だった。
「つけてやる」
ザンザスはそういうと、の手からそのネックレスを優しく取ると、の首へそれを回した。近くにザンザスの体温を感じると、は自身の心臓の音が僅かに早くなったことに気付いた。ひんやりとした感覚が首元に触れ、熱が離れる。
「悪くねえ」
それが褒め言葉だと気付いたは嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
その笑顔にザンザスも満足そうに右の口角を上げた。そして、そろそろ行く、と告げた。はその言葉に、え、と顔を上げた。
「もう、行ってしまうんですか?」
「ああ」
「そう、ですか・・・お気をつけて」
少し寂しそうな微笑にザンザスは更に笑みを深め、そっとの髪に触れた。
「また来る」
はい、とが返すとザンザスは優しく頭を撫でて、部屋へ入ってきたバルコニーから外へ出て行った。気配が消え、はまたそっとネックレスに触れた。
UP 04/25/14