ボンゴレ十代目沢田綱吉率いるボンゴレリングの守護者達が来る、という知らせは屋敷中をざわめかせた。無論、当人達が着くと屋敷は大騒ぎになった。盛大な歓迎会が開かれ、十代目という肩書きのために沢田は次から次へと部下になる人物達からの挨拶が続いた。そして、多くの者が笑顔で新しい仲間達を出迎えたのだ。歓迎会には任務を抱えたものを除いて屋敷内に居た者全員が参加していた。言うまでもないが、群れることが嫌いな雲雀はさっさと自室へ入った。
ブォンジョルノ
獄寺は久しぶりのイタリアに喜びを感じたからなのか、早めに目覚めてしまった。せっかくだから散歩でもしようかと着替えて外に出た。ボンゴレの屋敷は相変わらず大きかった。豪華な装飾の施された廊下をまっすぐ進む。角を曲がり、廊下の先を歩いていた人物の背中を見た瞬間、獄寺の表情が明るくなった。
「おはようございます!十代目!」
その背中に追いつこうと駆け出そうとしたが、ゆっくりと振り返った相手の表情にわずかに戸惑った。
いつもなら、あ獄寺君、と笑ってくれる相手は振り返って自身を見ても、笑顔どころか無表情だった。むしろ瞳の奥にはどこか冷ややかな色を見せた。
「じゅ、うだいめ・・・?」
獄寺は、その瞬間をとても長く感じた。一、二秒程度のはずなのに、それは何分もその状態でたっているかのように、感じたのだ。自分が右腕になると決め、一生をこの方のために捧げようと決めたのだ。最初のうちは嫌がっていたように振舞っていたが、最近では自分を完全に信用して信頼してくれていたと思っていたのに。なぜ、こんなに冷たい眼を向けられているのだろうか。
「獄寺君?」
いつもの声が自分を呼んだことに獄寺は驚いた。ただ、その声は目の前に立っている人物の背から、聞こえたのだ。驚いて視線をわずかにずらすと、獄寺は大きく目を見開いた。
「じゅ、十代目が二人!?」
その言葉に、ええ、と後から出てきた沢田が驚いた声を出すと、獄寺を冷たい眼で見ていた沢田そっくりの人物は馬鹿にしたように鼻で小さく笑った。その反応に獄寺は、んなッ、とムカついたように反応したが、口を開く前に目の前の人物はくるりと自身に背を向けたのだ。
「おはようございます。ボンゴレ十代目、沢田綱吉様」
昨夜はゆっくりお休みいただけましたか、と問いかけた。
獄寺は脳内で一昨日の歓迎会で目の前に居る人物が居たかどうかを一生懸命考えていた。
しかし、こんな特徴的な人物は絶対に忘れないはずだ。
「歓迎会の日には、任務がありまして。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」
獄寺の前では、ある意味不思議な光景が広がっている。
自身のほうを向いて立っているのは、今までずっと一緒に居た優しい十代目だ。今まで同様、Tシャツにズボン。そして、姿形がそっくりの人物が獄寺が大好きな十代目の前で跪いている。ただし格好は黒いスーツ姿だ。
「と申します」
「え、あ、あの・・・」
姿だけではなく声もよく似ていた。
ただ、姿と違い、声はわずかに『』と名乗った人物のほうが高かった。
「以後、お見知りおきを」
慣れた紳士のように滑らかな動きで、まるでナイトが姫にするかのように、沢田の手に口付けた。
「な、な、なッ・・・!!」
獄寺がわなわなと震えながら怒鳴る準備をすると、ちらりと振り返った奴と目が合った。
「てめぇ・・・!」
「獄寺隼人」
名前を呼ばれて、ドキッとした獄寺は、怒鳴ることを忘れたように、え、と小さく呟いた。
「スモーキン・ボム。ボンゴレリングの守護者。嵐のリングを持っている者」
まるで辞書を読むかのような口調に獄寺はなぜか背に汗を感じた。
「昨夜はよく眠れましたか?」
「ああ?・・・関係ねえだろ」
「ご、獄寺君!」
失礼なこといっちゃだめだよ、という意味をこめて沢田が呼ぶが、眉間に皺を寄せたまま獄寺はを睨んだ。しかし、相手は沢田に見せていた穏やかな微笑みを浮かべている。
「久しぶりのイタリアは懐かしいものでしょう。数日間は休日となっていますから。十代目を観光にお連れしてはいかがです?」
「うるせーよ、てめーに言われなくてもわかってんだよ」
獄寺君、とまた沢田がとがめるように呼んだ。しかし、相手は知らぬ顔で沢田を向いた。
「僕も時間の許す限りのガイドを務めさせていただきます」
その言葉に獄寺は、おい、と大声で返す。
「十代目の右腕の俺が居んのにてめーなんざぁ必要ねぇんだよ!」
怒鳴りつける獄寺を穏やかな表情で見ていたの表情は突然変わった。微笑みは突然消え、感情をなくした能面のような顔になった。獄寺が一番初めに見た表情だ。
「十代目の右腕だと豪語するなら、貴様が十代目に敵を作るのはやめておけ」
突然変わった口調と表情に沢田は驚いたように目を見開いたが、獄寺はその言葉に衝撃を受けた。いくら自分の態度は昔から悪いとは言え、初対面の人間にまさかそんな言葉を言われるとは思っても居なかったのだ。
「失礼いたします、十代目」
獄寺に向けた冷たさは眼から消して沢田へ向かって挨拶するとはそのまま歩き出した。
獄寺は言い返す言葉も見つからずそのまま自分の慕う相手にそっくりな背中が見えなくなるまで見つめていた。
UP 05/08/14
ブォンジョルノ=おはようございます。