紳士なお国柄



客から貰ったチケットの日、家族もリストランテの人間もスケジュールが開いている人間はいなかったため、ルチアーノは一人で観劇した。終わると、ぞろぞろと人が外へと歩き出した。その人混みの中に見知った顔を見つけた。

「また会うとはな」
「あら」

声をかけられ振り返ると、黒髪が揺れた。濃い目が、ルチアーノを映した。

「チャオ、ルチアーノ」
「ブォンナノッテ」
「すごい偶然ね」

ふふっと笑うの隣にルチアーノが立つと、二人は歩き出した。

「今日も素敵だったわ」
「も?見たことあるのか?」
「ええ。一度。今日は友人が彼氏とデートが入ったからいらなくなったチケットをくれたの。だからルチアーノと会えたのは本当にすごい偶然」

にこにこと笑ったにルチアーノは、そうか、と返した。

「前回は、椅子が壊れるアクシデントがあってね」

が楽しそうに話す姿に、ルチアーノは小さく笑みをこぼした。
二人が外に出ると雨が降っていた。

「やだ、雨?」
「傘持ってこなかったのか?」

天気予報でもやってたぞ、というルチアーノの腕には確かに傘がかかっていた。それに気付いたは、天気予報見てなかったから、と苦笑した。呆れたようにルチアーノは息を吐いた。

「送って行こう」
「悪いからいいわよ」

が断ると、ルチアーノはムッと口をへの字にした。

「それにほら。また寄り道して帰るつもりだから」
「またか」

まっすぐ帰りたくない理由でもあるのだろうか、とを見た。

「それじゃあね」
「待て」

コートを頭にかぶせて、雨の中を走りだそうとしたの腕を掴んだ。

「へ?」

ぐいと引っ張ると、傘を広げた。

「いや、だから」
「一杯付き合おう」

聞いたことのある言葉に、は笑った。

「素敵なお誘いだわ」

ふんと鼻を鳴らすと、ルチアーノは歩き出した。

「イタリア男はやっぱり親切なのね」
「なんだそれは」
「日本ではよく言われてるのよ。イタリアの男は女に優しいプレイボーイだって」

ルチアーノは、なんだそれ、と顔をしかめた。

「日本の男は、こんな風に夜のバールに付き合ってくれないわ」

前に向けていた視線を隣へ向けた。どこか切なそうな笑みに、眉間に皺が寄った。

「夜遅くまで遊んでたら、仕事に差し支えるだろう」
「あら、それなら別にお付き合い頂かなくてもよくってよ」
「日本人は、素直じゃない人種なのか?」
「ふふふ、さあ」

不思議な人間だとルチアーノは思った。

「あ、電話だ。ちょっと失礼」

プロント、とは電話に出た。こんな遅い時間に電話、とルチアーノは頭の中で呟いた。話し相手がいなくなったルチアーノは、観察するようにを見た。
さらさらとした黒髪は肩につかないくらいの長さで、背はニコレッタよりも低い。ニコレッタとそう年が変わらないように見えた。
だけどニコレッタのようにストレートに考えていることが顔に出るタイプではないようだ。若いのに、のらりくらりとした対応で掴みきれない。例えるならば、ニコレッタが質問を投げかけた時のヴィートのようだ。どこまでが本当で、どこまでが嘘なのかわからない。

「ごめんなさい。母から電話だったの」
「イタリアにいるのか?」
「ううん。日本。時差の事考えてないから、たまに夜中でもかかってきたりするの」

それなのにプロントと出たのか、とふと思うと、が苦笑を浮かべたまま続けた。

「でも、日本からかかってくると非通知だから、相手わからなくて」

なるほど、と自身の疑問への答えが返ってきたルチアーノは何故か満足感を覚えた。

「雨、止まないね」
「明日も雨らしいからな」
「そうなの?」
「・・・いつから天気予報見てないんだ?」

片方の眉だけ上げて問うと、は小さく舌を出した。

「私、天気予報ってあんまり見ないの。その日になって、その時の空を見て、その瞬間を大事にしたいって思うから」

まあだから雨に降られるんだけど、とあっけらかんと付け足した。

「送る」
「へ?」
「家まで送ってやると言ったんだ」

きょとんとした表情で首をわずかに傾げたに、ルチアーノはふんと鼻を鳴らした。外はまだ雨だ。

「え、それこそ悪いわ。もうこれ付き合ってもらったし」
「家を知られたくないなら、傘だけ持っていけ」

前回も一杯付き合うと言ったルチアーノは家まで送ることを提案したが、が断ったのだ。遅くまで付き合ってもらってこれ以上は、と。家を知られたくないのかもしれないと思ったルチアーノは、気をつけて帰れ、との背中が見えなくなるまで店の前で見送った。

「そんなことしたらルチアーノが困るでしょ。風邪ひいたら大変だわ」
「それはお前も一緒だ」
「そうだけど、私頑丈だし。これ付き合ってもらっただけで、大事な時間を貰っちゃったんだから」
「だから今更だ。これに懲りたら天気予報くらいは見ろ」

ルチアーノは立ち上がると、に手を差し出した。その手を一瞬見たあと、くすりと笑ってその手を取った。

「やっぱりイタリア男は、紳士だわ」



UP 04/14/14