俺と彼女と彼女の本達
−ピーターパン−
「Let's fly to Neverland.」
ポツリと呟かれた言葉は日本育ちだとは思えないくらい綺麗だった。
兄さんの恋人。
正直、兄さんの趣味がわからないと思った。
ほとんど笑わないこの人を私は苦手だから。
「何か言いました?」
「ちょっと思い出しただけ。」
「はあ・・・?」
さんは、最低限の単語しか使わないような気がする。
でも兄さんと居る時は違うみたいで少し表情も柔らかいし、言葉も多い。
っていうか部活の間さんが此処に居る事も珍しい。
何でか突然放課後に、テニス部はどこ、と暑くなってきた今聞かれた。
っていうか貴方は去年からテニス部に居る兄さんの居場所を知らないんですか。
聞きたくなったけど聞かない。
どうせ兄さんをとられたと騒ぐ妹の小さな嫉妬みたいなもんよ。
去年のテニス部の事件のせいで滅多に見学は来ない。
驚いた兄さんの声が私の隣に立つさんの名前を呼んだ。
「何で居るんだ・・・?」
「来て悪かった?なら帰るわ。」
淡々と告げる姿は凄く不思議よね。
本当につきあってんのかしら、この二人・・・
「そんな事言ってない。ただ・・・初めてじゃないか?」
「杏ちゃんにさっき、テニス部はどこか、って聞いて連れてきてもらったの。」
「・・・さっき聞いたのか?」
少し肩を落としているように見える兄さん。
やっぱり兄さんの趣味がわからない。
「で、どうしたんだ?」
「別に。特に用はないわ。ただ、今のうちに桔平のテニスする姿を見ておこうと思って。」
今のうちって・・・よくわかんないなぁ・・・
「今の内って・・・何処か行くのか?」
さすが兄妹と言われそうなくらい同じ事を考えてる兄さんが少し怖くなった。
・・・って、そんなことじゃなくて。
「さあ?」
とぼけるように聞こえる綺麗な声に兄さんが不機嫌になったのがわかった。
「・・・どういう意味だ?」
「特に意味はない。」
「嘘だろ。お前がそう言ういい方するのは何かある。」
低い声で不機嫌を隠そうともしない兄さんは凄く珍しい。
九州に居た頃はまだあったけど、こっちに着てからは無い。
実際神尾君や内村君が傍でサーブをミスってこっちを見てる。
「そんなに怒るほどの事は何も無いってば。」
「じゃあ何なんだ?」
「ピーターパンを読まされたの。授業で。」
つまんなかったけど、と付け足しながら説明しだした。
ピーターパンなんか読むんだ・・・
「読まされたんじゃなくて読んでたんだろ。」
「いいじゃない。英語の授業だったんだし。」
溜息を吐く兄さんにきっぱりと返す。
つまり授業を聞かずに読んでたと・・・
こういう所で二人の関係が近いんだってわかる。
何も言わなくても予想がついたりする所。
特にさんの場合人付き合いが悪い・・・っていうかあんまり人と近づかないみたいだから。
「Neverlandってどういう意味だと思う?」
「ネバーランドは名前だろ?」
「そうじゃなくて。」
ピーターパンについて語り合うんですか、このカップルは。
やっぱりよくわからない。
「大人になりたくない子供達が集まって永遠に歳をとらないから、Neverland?」
昔私も好きだったなぁ、ピーターパン。
ナナって犬がかわいいと思った覚えがある。
首を傾げる兄さんに先輩は続けた。
「永遠に出来る事の無い世界だからNeverland?」
ああ、そう言う意味もあるかもしれない。
真剣な顔で普通は話し合わないんだろうけど。
遠くで桜井君と神尾君が考えてるのがわかる。
内村君と石田君は、そうなのか、ってお互いに顔を見合わせてるし。
何時の間にかテニス部、っていっても数人しか居ないけど、全員兄さん達の会話に耳を傾けてる。
でも、深く考えた事なかったな。
大人にならなくて住む世界。
ピーターパン達は大人になんかならないって歌って笑っていた。
『楽しい事を考えればいいんだよ。』
そうすれば空も飛べるから。
昔は頑張って真似してみた事があった。
もちろん飛べなくて、兄さんや母さん達を困らせた覚えもある。
「どっちもそうなんじゃないか?」
「そうかしら。」
「ああ。」
少し考えるように先輩が手を顎に当てて、ふーん、と言った。
「そう・・・やっぱり両方ね。」
何がしたいんだろう・・・?
やっぱりわからない。
「永遠もない、同じ時間は来ないから、Neverland・・・か。」
ポツリと呟いた先輩の言葉に兄さんは目を見開いた。
「お前、まさか・・・」
するとさんは少し目をそらした。
何よ?
「その為にわざわざ此処に見に来たのか?」
「・・・・・・悪い?」
拗ねたように言うと兄さんは少し顔を赤くして、いや、と笑った。
こんな所で意味不明な会話なんかしないでよ・・・
神尾君が、何だかわかるか、って皆と話してるじゃない。
「なあ―――」
「それよりさっさと部活始めたら?」
ほら、と言って伊武君達の方を指差すと慌てて皆ボールを打ち出した。
そうだな、と苦笑しながら兄さんが皆の方へ向かった。
「・・・あの。」
「・・・?」
「何で、急に・・・」
「部活を見たくなったか?」
言葉を先に言われて頷いた。
さっきの会話じゃわかんないし。
「質問するだけ、じゃなかったんですよね?」
問うと、ええ、と頷かれた。
「簡単に言えば、ネバーランドには行けないからかな?」
「は?」
意味がわからないという顔をすると今までに見たことの無いくらいに優しい微笑み。
「ピーターパンは子供の気持ちを忘れたくなかったから大人になりたくなかった。」
「・・・・・・」
「でも私達はいつか大人になる。子供の気持ちも忘れてしまう。」
「そんなの・・・」
必ずとは限らないじゃないですか、と続けようと思ったのにいえなかった。
『お兄ちゃん!飛べないよ!楽しい事考えてるのに、飛べないの!』
泣き叫んだ私は少しずつ大人になってるのかもしれない。
『ネバーランドに行きたいの。ピーターパン迎えに来てくれるかな?』
小さな子供の気持ちを忘れてしまう大人に。
「だから、少しでも覚えてる為に沢山の記憶を作ろうと思ったのよ。」
『ほら、楽しい事を考えて。三つ数えるんだ。』
この人は私より大人なのに、子供の心を忘れてなかったのかもしれない。
『そうすれば君も空を飛べるよ!』
大人になるのが少し怖くなった。
◇FIN◇
元CLAP。
何故か杏視点。
UP 07/11/05