俺と彼女と彼女の本達

−みにくいアヒルの子−


「今度は何を読んでるんだ?」

テーブルには、の宿題であろうノートや紙が乱雑に広がっていた。
そしていつものソファに寝転んで小さな絵本を読んでいた。
いつもは、分厚い難しそうな本を読んでいるのに。
今日は、薄いイラストが集まった小さな本だった。

「ねえ、桔平。」
「ん?」

パタンと絵本を閉じて彼女は言った。

「みにくいアヒルの子は、本当に幸せになれたのかしら?」
「は?」

いつも通り不思議な考えを突然口に出す。

「アヒルだと思って、アヒルになりたいと思ったのに。白鳥だったと知って、そのまま、そうですか、って幸せになれるのかしら?」

確かに、みにくいアヒルの子は、アヒルになろうとした。
だけど、ソイツはアヒルではなく白鳥で。
最後に白鳥の仲間を見つけて、その仲間と仲良くなった。

「自分が母親だと思ったアヒルのお母さんや兄弟だと思った本当のアヒルの子達を置いていくのは、平気だったのかしら?」
「それは、悲しかったんじゃないか?」
「でも、みにくいアヒルの子は、最後に置いていったわ。」

アヒルになりたかった白鳥。
アヒルになれなかった白鳥。

「ねぇ、桔平。」
「なんだ?」
「みにくいアヒルの子って、結構薄情よね。」

絵本を見つめながら冷たい声では言った。
俺は思わず苦笑いを浮かべた。

「そんな事言っても、ただの子供の為の話だろ。」
「それなら、なおさらよ。尚更許せないわ。」

何をそんなに怒ってるんだ・・・?
がギュッと絵本を持つ手に力を入れた。

「子供に、母親から愛されない子供が居ると教えてるようなものじゃない。」

ハッと俺は彼女に眼を向けた。

「その子供を『みにくい』と形容して。最後には薄情な大人になる。
愛されたいと願ったのに、平気で捨てるほどに、酷い大人に。」

そういえばには、家族が居ない。

否。

一緒に楽しく笑う家族が居ない。

「・・・・・・」
「嫌な話ね。」

ふ、と自嘲気味な笑みを浮かべて彼女は立ち上がった。

「桔平、今日は何作ろうか?」

さっきとは全然違う笑顔をにっこりと見せてキッチンに向かった。

「なぁ・・・」
「んー?どうしたの?」

彼女がキッチンが見えるカウンターの所に立つ。
冷蔵庫の中を確認しながら呼びかけに返事をする

「恨んでるのか?」
「・・・・・・」

パタン、と冷蔵庫の扉を閉めると俺に振り返った。
少し切なそうな笑みを浮かべた顔を見て、俺は、やっぱり聞いてはいけなかった、と後悔した。
すると、くす、と苦笑いを浮かべていた。

「そんな顔しないでよ、桔平。」
「・・・・・・」
「桔平の好きなもの作るから、ね?」
「ああ・・・・・・」

じゃあ座ってて、と言われ俺はまたテーブルに戻った。


◆◇◆  ◆◇◆


「出来たよ、桔平。」
「美味そうだな。」

当たり前じゃない、と笑って料理を持って来るとイイ香りがした。
2人で手を合わせて、頂きます、と食べ始めた。
すると、突然は言った。

「私には、桔平が居るわ。」
「・・・・・?」
「学校には友達も親友も居る。だから、淋しくなんか無いわ。」
「そうか・・・」

さっきの質問への答えなんだろう。
でも、俺の質問には答えていなかった。
答えたくない、ソレが彼女の答えだ。

「私は今幸せだと思ってる。たとえソレが、『みにくいアヒルの子』と一緒だとしても。」

俺は、驚いて目を丸くした。
しかし、彼女は穏やかな表情で自分が作った料理を食べた。
彼女が俺を見て、口の端を上げると挑発的な笑みを浮かべた。

「だから、甘えさせてね?」




UP 04/11/09