生まれた時から病弱だった私が枢さまに出会ったのは、珍しく調子のいい日で、こっそり庭に抜け出したときだった。入退院を繰り返し、学校へも通うことのなかった私には、年の近い彼が珍しい存在だった。彼も、年の近い人間が珍しかったのかもしれない。

「だれ?」
「ぼくは、枢」
「かなめ、一緒にあそぼ」

いいよ、とにっこり笑った彼は天使のようだった。その日から数日、私たちは一緒に遊んだ。遊んだと言っても、サンドイッチを一緒に食べたり、本を一緒に読んだり。私の体調のこともあり、アクティブな事はあまりなかった。せいぜいブランコに私が乗って、彼が後ろから押してくれるくらいだった。それでも、とても新鮮で、とても楽しかった。
しかし、別荘で出会ったということは、別れの時間ができるということ。明日には、自宅に戻ると両親に言われた私はがっかりした。

、ないてるの?」
「あしたから、もう、あえないの」
「どうして?」
「おうち、かえるって」

わずかに残念そうな表情をした後、枢は笑って見せた。

「だいじょうぶ。お家にかえっても、ぼくが会いにいくよ」

約束、と言って指切りをした。


そんな別荘で出会った彼と再会したのは、自宅でだった。どうしてここにいるのか、と問えば、約束しただろ、と笑ってくれた。よく考えれば、普通小さな人間の子供にはできないことなのだが。その時は、ただ約束を守ってくれたが嬉しかった。
それからは、よく遊びに来てくれるようになった。

「枢、いらっしゃい」
、体調どう?」
「きょうは調子いいの」
「よかった。ケーキもってきたんだ。たべられそう?」
「たべる!」

この時間が、ずっと続けばいいと思った。
けれど、徐々に増えていく病院での時間が、それが叶わないことだと知らせていた。自宅で会う時間は、どんどん病院で会う時間へと変わっていた。

「枢、いらっしゃい」
、調子どう?」
「きょうは、だいじょうぶよ」
「顔色よくないね。おきあがらないで。ねたままでいいから」
「ごめんね」

忙しい両親は中々見舞いに来れず、寂しい思いをしていることをわかってくれていたのだろう。いつもお土産を持ってきて、色々な話を聞かせてくれた。調子のよくない日でも、すぐには帰らずにそばにいてくれた。

「それでね、あれ?」
「・・・・・・」
、ねちゃった?」

少しずつ衰えていく私は、彼が来てくれていても途中で眠ってしまうことが多くなった。それでも、彼は病院へ来てくれた。

「枢、いらっしゃい」
「今日は、顔色いいね」
「ありがとう」

彼を迎える体制が、横になったままの日が増えた。幼いながらに、私はもうすぐ死ぬのだと、わかっていた。そして、彼も、それをわかっていた。



風が窓から中へ入ってきて、目が覚めた。窓は閉めたはずなのに、と寝ぼけた頭で思った。窓を見ると人影があった。

「枢?」

片目を擦りながら、呼んだ。

「どうしたの?」

どうしてここにいるのかと疑問を持つよりも、いつもと違う雰囲気の彼に戸惑った。それでも、だるく重たい体をぐっと腕に力を入れて起き上がらせようとした。でも、体はいうことを聞かない。ベッドのそばに近づいた彼は、私を起こしてくれた。

「どうしたの?」

そっと頬に触れると、濡れていた。

「怖い夢でも、見たの?」

一緒に寝ようか、と言おうとした私の口から出たのは咳だった。ハッとしたように彼が私の背に手を伸ばした。優しい手がさすってくれると、その咳もおさまった。

「ありがと」
「早く、元気になってよ、

初めて、彼が私に催促した。そんなの無理なの、わかってるでしょ。

「ごめんね」

笑って見せた。いつも私が笑えば、困った時でも微笑みを返してくれるのに、その時の彼は眉間にしわを寄せた。

「早く、元気になって、もっとずっと一緒にいよう」

その言葉は私の心を躍らせた。ああ、幸せだ。

「ごめんね。私、もう、そんなに、長くない、みたい」

きれいな顔が歪んだ。
昼間にナースが話しているのを聞いたのだ。私が寝ていると思っていたナース二人は、私がもうすぐ死ぬのだと言っていた。まだ小さいのに。かわいそうに、と。

「許さない」

その言葉に驚いた。大きくなった私の目に映ったのは、きらりと光った彼の目だった。ぐいっと肩を押されて、私はベッドの上に倒れこんだ。
突然のことに、息をのんだ。私の頬の上に、ぽたぽた、と彼の目から涙がこぼれおちた。
彼の顔が近づいてきて、その口から鋭い牙が見えた。彼の髪の後ろに、天井が見えた。ぎゅっと彼の腕をつかんだ。ぷちっと肌を何かが指す音が聞こえたと同時に、首に痛みを感じた。体が熱かった。じゅるじゅると液体の流れる音が聞こえた。首元から離れた彼の口元は真っ赤に染まっていた。小説の中で読んだ吸血鬼のようだと、薄れゆく意識の中で思った。



「僕を
  一人にする
      なんて
        許さない」




UP 05/08/14