「錐生零さん?」

苦しそうに胸を押さえて床に座り込んでいる零を前に、は驚いたように目を見開いた。床に落ちている血液錠剤に、ハッと息をのんだ。

「あなた・・・」
「な、にをしているッ・・・!」

零はくらくらする頭で誰だかやっと把握することができた。夜間部の中でどこか違う空気を纏っていた女だ。
は、そっと零のそばに膝をついた。夜間部のやつが何故いるのか、と睨みつけた。だが、は怯えることなく、その手を伸ばした。

「血液錠剤、体が受け付けないのね」

悲しそうな顔をする相手に、なぜそんな顔をするのだろう、と零は不思議に思った。バッとその手をはねのけた。

「なに、を」
「嫌だと、思いますけど」

そっとが制服のリボンをほどいた。ボタンを一つ外した。

「私、元は人間なんです」

突然の告白に、零は目を丸くした。白い肩が露わになった。

「人間からは嫌でしょうし、だからって吸血鬼からも嫌なんでしょうけど」

元人間の吸血鬼というあいまいな立場からなら嫌悪感も少ないだろうと、心配そうな目をするに、零は動揺した。誘うようなほのかに甘い香りが漂った。

「私は、血液錠剤で補えます。だから」

差し出された肩に、零は牙を立てた。ほんのり甘く、優しい味だ。包み込まれるような雰囲気に、零はの体を抱きしめた。は驚きつつも、そっと零の頭を撫でた。
くらくらとしだした頭に、血を失い過ぎている自覚はあった。しかし、は止めなかった。
零の口がの首から離れると、口元は真っ赤に染まっていた。

「あんた、なんで…?」

は何も言わずに柔らかく微笑んだ。少し切なそうな表情に零は何とも言えない気持ちになった。それを誤魔化すように、袖口で口元をぬぐった。

「理事長にお会いするつもりだったのですが」

次回にします、とはゆっくりと立ちあがった。そして、そっと自分の首元についてる血をハンカチで拭うと、零の前を去っていった。
残された零は、舌打ちしながら立ちあがった。

「あいつ」

袖についた血のあとを見た。まさか、元人間だったなんて。
零の記憶の中で、はたしかにどこかほかの夜間部の吸血鬼たちとは違う雰囲気を持っていた。好戦的な目を向けない。いつも伏せ目がちな目で、一歩下がった所から夜間部を見ているような所がある。
そして、彼女を見かけるのは、いつも玖蘭枢のそばだ。一人で居る所を見たのは、今日が初めてのことかもしれない。

「はじめてか」

目があったのは。心配の色を見せた優しい目だった。こんなことをしたのは、同情か。哀れみか。口の中に残る血の味は、そんな感じを与えなかった。無償の愛と呼べそうな、優しい心配する味がした。そんな感覚を覚えた。同時に悲しさを感じた。わずかに交ざったその苦さ。
あいつは、何故吸血鬼になったのか。ぐっと奥歯を噛んだ。



上品な甘さ
     と
      悲しい苦さ





UP 05/12/14


実は枢夢「許さない」と同一主人公。