不機嫌な幼馴染に、困った。
いつもその機嫌を宥める役目の少女は、そばにいない。
「珍しいね。ちゃんと喧嘩でもした?」
黒いオーラが見えて冷や汗が少し出たが、微笑みを崩さないでいると睨みつけていた相手はソファに体を倒した。手で顔を覆うようにすると、大きく息を吐いた。
「ケンカなんかしない」
答えてくれるのか。意外に思っていると、天井を見上げていた。その目は、きっと彼女の姿を見ているのだろう。
ある日突然連れてきた女の子。失くした両親と入れ替わるように、枢のそばにずっと彼女はいる。どこで出会ったのかも、何故彼が連れてきたのかも、今まで聞いたことはなかった。
「・・・は、僕を恨んでいるかもしれない」
目を閉じて、枢が言った。恨んでいる?ちゃんが?ばかな。
いつも枢のことを考えて行動する姿を見たら、そんなわけがないと誰でも言うだろう。何も言わずに、続きを待った。
「は、元人間だ」
「え」
初めて聞いた事実に驚いた。しかし、それが事実ならば色々なことのつじつまがあう。吸血鬼なのに、吸血鬼社会のことを何も知らなかったこと。吸血鬼らしくない、穏やかすぎる雰囲気。
「生まれつき体が弱かったらしい。たまたま、両親と別荘に行っていたときに、会ったんだ。は、いつでもにこにこ笑いながら僕の話を聞いてくれた」
同じ年頃の吸血鬼とさえなかなか会う機会はなかった彼が、人間と会うのは本当に偶然だろう。幼いころから純血種として、まわりの大人にさえ畏まられていたのだ。きっと階級を気にせずに接してくれる彼女を気にいったのだろう。
「それから会いにいくようになった。どんどんは弱っていくのがわかった。入院も増えた。ぎりぎりだったんだ。も。会いに行っても、どんどん眠る時間が増えていった。」
人間は吸血鬼と違い、あっという間にその生涯を終える。病気を持っている人間はなおさらだ。それでも、今のちゃんを考えると、きっと自分のことより枢の心配でもしていたのだろう。自分より人を優先させる、優しい子だ。
ぐっと枢は拳に力を入れていた。
「・・・そんなとき、両親が死んだ」
ハッと息をのんだ。吸血鬼の間でタブーとされる話題。枢の両親の死。あの時の彼の悲しみは計り知れない。
「慰めてほしかったのかもしれない」
自嘲気味に笑った枢は、手を開いてその掌を見た。いくら吸血鬼でも、子供はやはり子供だ。親を無くせば、それは自然な感情だろう。
「自分は長くない。そう言ったが許せなかった」
またゆっくりと目を閉じた。
「怒りまかせに、を噛んだんだ」
何も知らない彼女を吸血鬼にしたのだ。ああ、そうか。それを気にしているのだろう。
何の説明もなしに、相手の了承も得ずに、勝手に彼女を吸血鬼にしたことを彼女が恨んでいるのだと、彼は思っているのだ。
「小さいときのはよく笑ってた。一条もわかってるだろう。はあまり笑わなくなっている」
気付いていた。吸血鬼社会のことを学んでいけばいくほど、彼女は笑うことが少なくなっていった。微笑みは浮かべていても、どこか寂しそうだ。それは、元人間の吸血鬼がそんなに大事にされていないこと。階級社会の中でトップにいる純血種の枢のそばにいることへの罪悪感のようなものを彼女は感じているのだろう。
それでも少なくなった笑顔を見るのは、枢の話をしているときだと思う。
「枢」
でも、僕は知っている。彼女は恨んだりしていない。
「前にちゃんが言ってたんだ」
すっと、視線がこちらへ向けられた。
「『枢は、私の命の恩人なんです』」
小さいときに、ちゃんは枢のことが大事なんだね、と言った時に彼女が返した言葉だ。その言葉に嘘やお世辞は入っていない。それは彼女の目を見ればわかった。
枢は、ゆっくりと閉じた目を手で覆った。泣いているようにも見えた。
その姿は
まるで
懺悔するように
UP 05/13/14