たとえあなたが知らなくても




「失礼します」

静かにノックと共に部屋へ入ってきた人物にスメラギは微笑んだ。


「およびでしょうか?」

ええ、と少し困った笑みを浮かべたスメラギに、は、トラブルでもあったのだろうか、と眉を寄せた。

「次のミッションプランよ」

差し出されたデータに目を通すと、これは、と目を見開いた。
顔を上げ、目の前に困ったような笑みを浮かべたまま見るスメラギを見た。

「これは・・・」

もう一度新しいミッションプランに目を向ける。
普段、表情が豊かとはとてもいえない少女にスメラギは珍しいものを見ているのだと思った。透けるように白い肌とは対照的な漆黒の髪と瞳を持った少女はどこか偽者のように、生きていない人形のように見える。感情は滅多に表さない上に寡黙なため、より生命を感じさせないのだ。
だが、スメラギは知っている。

「アレルヤの提案よ」

スメラギの言葉に今度こそ表情が崩れた。大きく見開かれた目は、今まで見たことのない色を見せる。生命を感じさせなかった数秒前とは違い、生きている人間そのものだ。

「アレルヤ・ハプティズムの?」

ええ、とスメラギが頷けば、の表情は僅かに険しくなった。眉を寄せ、データをもう一度睨みつけている。

「これを、アレルヤが・・・」

とても小さな呟きをスメラギは聞き逃さなかった。普段はフルネームで人を呼ぶが、ファーストネームを呼び捨てにするのを初めて聞いたのだ。

「貴方は、どう、思う?」

辛いことを聞いているのだという意識はあったが、スメラギは聞かずには居られなかった。
本来ならば過去の経歴は重要機密事項だ。用意にはデータバンクの中からそれぞれのメンバーの過去を引き出すのは容易ではない。しかし、何らかのミスで、スメラギはそれの一つにアクセスしてしまった。そのデータは、目の前に立つ少女のもので、それを見てしまったときは、見なければ良かった、と後悔したほどだ。そして、何故ここまで生命を感じさせないのかを理解した。それと同時にどうすればもっと人らしく出来るだろうか、と考えていた。もちろん、勘のいい相手はその事に気づき、面と向かってはっきりと過去のことを告げられたのだ。気を遣うな、とも。

「次のミッションなら、遂行するまでです」

まっすぐと見つめられてスメラギは目を伏せた。

「そうよね・・・」

貴方ならそういうわよね、と呟いたスメラギの声音はどこか悲しそうだった。
スメラギ・李・ノリエガは優しすぎるのだ、とは心の中で思った。ソレスタルビーイングの戦術予報士でありながら、人が死んでいく姿を見るたび悲しい思いをしている。それを辛いと思う相手は、自分を見ても心を痛めるのだ。その事には悪いと思う。自身はただの実験体だったのに、と。

「アレルヤ・ハプティズムは・・・」

どうしている、と問おうとしたはその言葉を口にすることをためらった。
それを目にしてスメラギは確信した。やはり彼女はアレルヤを知っていたのだ。だから彼を気遣う発言がたびたび聞けたのだ、と。しかし、ふと疑問に思う。アレルヤは彼女を知らないのだろうか、と。普段日頃のアレルヤの行動はを知っているようには思えなかったのだ。

「ねえ、

呼ばれて、床から視線をスメラギへと移した。

「貴方は、本当に、いいの?」

躊躇うように問われたことには頷いた。

「武力介入が、ソレスタルビーイングのやり方です」

こんなところで立ち止まるわけには行かない、と心の中で呟く。

・・・」

他には、と問うたにスメラギは、一つ聞いていいかしら、と問う。

「何でしょう?」
「貴方は、いいの?」

その問いに複数の意味が隠れている事には気づいた。
次のミッションプランを遂行することはいいのか。兵器として作られた研究所から逃げたのに、また兵器として活動してもいいのか。アレルヤに自身の存在を告げなくていいのか。

「いいんですよ」

自嘲気味に笑ったに、スメラギは目を見開いた。

「ソレスタルビーイングは武力介入によって争いを根絶するためにある。私は戦うために作られ、戦うためにある」

どこか寂しそうで、切なそうな眼にスメラギは心の奥でズキリと痛みを感じた。

「アレルヤは私を覚えていない。無理に思い出させるつもりもない。あの人は、優しすぎるから。きっと私を思い出したら、嫌なことを思い出す」
・・・」
「だから、いいんですよ。私は、今のままでも。あの人が幸せになれれば、それでいいんです」

ふわりと笑った顔は、今までに見たことのないそれで。スメラギは、やはり彼女は生きているのだ、と再確認した。人形のように行動することによって、彼女は自身の優しい心を守っているのだ、と。
失礼します、と会釈してから出て行った少女の表情はまた冷たい人形のそれに戻っていた。自身の無力さに呆れるようにスメラギはため息を吐いた。



UP 01/20/09