二人の乙女
視線の先に銀髪を見つけ、声をかけようとしたがすぐに口を閉じた。数日前に自身の部下になった少女の表情はいつもよりも柔らかい。話し相手のほうに目を向ければ一昨日あったときと違い、笑顔を浮かべている。知り合いだったのか、と冷静に考えながらも、二人の雰囲気に驚きは隠せなかった。
「ゆっくり休めた?」
「はい」
「ちゃんとご飯食べているの?」
「食べてます」
「それならよかった」
穏やかな微笑みを浮かべた白衣を着た少女の姿に目を見開いた。一昨日の冷たい表情とは正反対の柔らかい表情。
「も、ちゃんと・・・」
「栄養ならちゃんと取れてるから大丈夫よ。不足しているのは睡眠ぐらいかしらね。上は人使いが荒いから」
冗談のように言う相手に、ソーマは苦笑を浮かべた。そして、ふと自分達を観察していた視線に気付く。
「中佐」
パッと先程の穏やかな空気を消し、軍人の表情を見せたソーマに、セルゲイは、ああ、と返した。
「中佐、こちらは――」
「一昨日中佐殿は研究室のほうへいらっしゃったのよ、ソーマ」
え、と僅かに驚いたような声をソーマはこぼした。
「何故、博士がここに?」
「上司のおつかいですよ」
ひらりと書類の入った封筒を掲げて見せる。
博士を雑用に使うものがいるのか、とわずかに驚いた。
「ソーマ、貴方そろそろ休憩時間が終わりよね」
ハッとソーマが時計を見た。すこし残念そうにを見た。
「また今度食事でもしましょう」
穏やかに笑んだに、嬉しそうにソーマは、はい、と答えた。そして、セルゲイに敬礼をしてその場から歩き出した。
「それで、中佐殿は?」
の視線がセルゲイへと向いた。用件を促す相手にセルゲイは口ごもった。特に用があったわけではない。ただ、不思議な光景だと思ったから自然と足が近づいてしまっただけだ。
「・・・彼女と、どういった関係で?」
セルゲイが問うと、の顔が複雑そうに歪んだ。本当に聞いているのか、というような視線にセルゲイは僅かに首を傾げた。
「・・・娘みたいなもんですよ」
「むすめ」
意外な答えに、セルゲイは思わず繰り返した。
髪の色などは確かに似ているが、娘がいるような年齢ではない。みたいなもの、というからには親愛を表現しているのだろうか、と思いなおした。
「では、まだおつかいが終わってませんので」
「ああ、引きとめてすまなかった」
軽く頭を下げたはそのまま歩き出した。その小さな背中はやはりまだ乙女のものだ。母と呼ぶにはふさわしくない。
数時間前に見た後ろ姿がふと、頭に浮かんだ。
「・・・博士とは」
「は」
突然出た名前にソーマは驚いた。
「どういう関係だ?」
数時間前に問うた質問を繰り返した。
「・・・彼女がなにか?」
「いや、ただの興味だ」
答えたくないのならいい、という上官にソーマは不思議に思いながらも答えた。
「超人機関でお世話になりました」
意外な答えに、セルゲイは息を飲んだ。
「・・・そうか」
「中佐は、お嫌いですか?」
無表情のまま問われた言葉に、今度はセルゲイが首を傾げた。
「いや。なぜ?」
「は、自分は軍人には嫌われている、と以前いっていました」
軍人が嫌いだ、ではなく、軍人に嫌われている。その言葉の意味がわからず、目を細めた。
上官に会うようにいわれて実際に会った後、セルゲイはについて調べた。あらゆる研究のリストがずらりと並んでいて、ほとんどのものが自身の理解の範疇を超えるものだった。自身に理解できたのは、彼女が天才であるということだけだ。
「自分は軍人ですが、を嫌いだとは思いません」
だから理由がわからないのだという少女にセルゲイは、ふむ、と頷いた。
「は、優秀な科学者です」
「・・・優秀がゆえに、妬まれるのかもしれないな」
それぐらいしか思いつかなかった。ソーマは、なるほど、というような表情になった。その顔を見て、お互いの話をするときは普段より表情が豊かで口数も増えるな、とセルゲイは自身の顎に触れた。
UP 06/15/14