鳳凰と妖狐の出会い
(三)
傷が癒えてきたからほとんどの包帯が取れた。
痛みがなくなり、ただ部屋でおとなしくしていることに飽き始めた。余裕が出てきた体で、部屋の中を観察するように見た。
ふらり、と立ちあがって、一歩ずつそっと黄泉が出入りする方へ足を進めた。そっと扉へ手をついた。
「あいてる」
動いた扉に驚きながらも、そっと外の様子を窺った。特に人の気配もない。ふらりと、初めて部屋の外へ出た。
は、逃げようと思ったから出たわけではなかった。ただ、静かな廊下とほのかに香る甘い匂いに惹かれるように、その足をゆっくり進めた。不思議と警戒心はなかった。
明りが見えてきて、は目を細めた。
「はな・・・」
中庭のような場所へ出たは、目の前の光景に目を見開いた。大きな木には淡い紫色の花が咲いていた。ふわりと一枚の花弁が目の前に落ちてきた。視線を上にあげて、目に映ったのは綺麗な銀色だった。
「あ」
ふわりと風が吹いて、藤色の花と銀髪が揺れた。木の上で目を瞑って座っている男をは、気を失う前に最後に見た妖孤だと気付いた。
の小さな声に、ゆっくりとその目が開いた。
その目がをとらえると、の体はまるで金縛りにあったかのように動かなかった。
「まだ治らないのか」
突然目の前に立った相手に、はびくりと体を震わせた。自身の頬に触れた手が優しいことに戸惑った。ついてこいと言うように背を向けた相手に、は戸惑いながらも足を進めた。
連れてこられた部屋に入ると、は扉の前で止まった。しかし、振り返った蔵馬は、何故そんなところに突っ立っている、と言いたげで、ゆっくりとは相手に一歩ずつ近づいた。
「な、に・・・?」
大きなクッションのようなものに座ると包帯を外され、どこから出したのかわからない葉っぱを張り付けられた。沁みる感覚に、がそう呟くと、薬だ、と簡潔な答えが返ってきた。それの上から包帯を巻くと、今度は片手に奇妙な色をした液体を差し出した。
「飲め」
飲めるのか、これ。目で訴えるも、ぐいと目の前に瓶の口を持ってこられると、抵抗することを忘れた。ぐいっと飲ませるように瓶を傾けられ、は仕方なくそれをのみこんだ。あまりの苦さに、げほ、とむせた。素直に自分が出した物を飲みほし涙目になっているを見て、蔵馬は口の端をあげた。
「名は?」
「・・・」
口を押さえていた手を外し、は素直に答えた。しかし、頭の中ではもっと警戒するべきだと己に告げる。大事な妹を殺したやつなのだ。それなのに、相手は治療をしてくれている。
「どうして・・・?」
ポツリと呟かれた言葉に、蔵馬は伏せられた目を見た。そして、立ちあがり、壁際の棚から何かを手にすると、再びの前に立った。羽の形をした緋色の石を手に置いた。
「これは・・・!」
ざわりと全身の皮膚が粟立った。ぶわっと一気に炎の妖気がの体からあふれ出た。
「あの部屋に行ったとき、すでに死んでいた」
蔵馬がそう告げると、しぼむように一度膨らんだ妖気は消えた。
「そんな・・・」
目の前の男が殺したのだとは思っていた。それが間違いだったと知った。そして、自分には妹を助けるチャンスすらなかったのだと知った。
目の前の宝石は、妹の形見なのだと理解した。それをギュッと両手で抱きしめるように握った。が小さく、炎華、と呟いたことから、蔵馬は死んだ女の名前なのだろうと思った。
他の盗賊の宝を奪うこと等珍しいことではない。あそこには多くの宝があった。そこの頭を潰しに向かったら、すでに女は死んでいた。否、まだ死んではいなかった。瀕死の怪我を負って、床に倒れていた。『鳳凰の翼』を渡すから命だけは助けてほしいと、男は命乞いをした。これだけではなく牢屋にも生きているのもいるのだ、と。おそらく殺して宝になった所をを懐に忍ばせて逃げるつもりだったのが、思ったよりも早い蔵馬と黄泉の登場で予定が狂ったのだろう。言うまでもなく、その願いは届かずに男は蔵馬によって一撃で殺された。
ちらりと死んでいると思った女に目を向けると、ねえさん、と小さく呟いた。まだ息が合ったことにも驚いたが、それが最期の言葉だった。
『鳳凰の翼』自体珍しい。現在進行形で結晶化していく翼は、更に出会えるものではない。それを観察するように見ていると、突然扉が開いた。徐々に近づいてきた妖気には気付いていたが、相手の盗賊の一味だと思っていた。しかし、呪符や足枷などから違うことは一目でわかった。もう一人生きているのが居る、と言うのはこれかと思った。
単純に美しいと思った。
大きく翼を広げて炎を纏う姿が、美しく見えた。絶対的な殺意。死への恐怖を感じさせない眼。真っ向からつっこんでくる無謀さ。そして、何よりも、絶望しているのに、生きる意志を感じた。
殺すには惜しい。そう思ったから、気絶させた。黄泉には驚かれたし、蔵馬自身驚いていた。
自分たちのアジトへ連れ帰ってきた後は、黄泉が面倒を見ていた。食事に最初は手をつけずに困っていた。死にたがっている。同時に生きたがっている。そう報告して来て、やはりと思った。
食事に手をつけた、と報告してきた黄泉は安心した様子だった。鍵すらついていない部屋から出ている様子はないまま、少し話をするようになった、と報告する黄泉は若干嬉しそうだった。しかし、名前を言わない、と困ったように愚痴った。
怪我が癒えてきたと聞いていたため、そろそろ部屋から出てくるだろうと思っていた。しかし、それに会えるとは思っていなかった。殺気を出すこともなく、大人しく自身の言うことを聞いた。それどころか、自分には素直に名を告げた。そのことに優越感を覚えた。
「炎華・・・」
涙を流す姿さえ美しい。妹の名前を呼んで泣くを見て、蔵馬は思った。
泣く女など面倒だと思っていたが。
「少し休むといい」
そう言うと、蔵馬は部屋を出ようとに背を向けた。ハッとは顔を上げて、蔵馬が部屋を出て行く直前に、ありがとう、と小さく礼を言った。そのことに蔵馬は小さく笑みを浮かべた。
UP 05/06/14