「初めて、敵に会えた」
戸愚呂の呟きにはぞくりと背中に電気が走るような感覚を覚えた。
喜んでいるのだ。あの戸愚呂が。強い敵に会えたことを心から。
「いい試合にしよう」
それを合図にしたかのように、戸愚呂の身体に異変が起きた。凄まじい妖気が会場中を飛び回った。触れただけで蒸発するような妖気に、はぐっと足に力を入れた。自分と後ろに立つ左京を守るように壁を作った。
「あれが、百パーセント・・・」
目を大きく見開いて呆然と呟いた左京の声に、左京も初めて見たのだと知った。殺気を自分に向けられているわけではない。それなのに感じる威圧感には、不思議な感覚を覚えた。恐怖ではない。憧れや尊敬に近いのかもしれない。
「突然浦飯がすっとんだぞ!」
耳に入った叫びには、違う、と呟いた。
「あんな、空気圧を・・・」
の呟きに左京は状況を知った。
「指弾か」
飛びかかった幽助の腕を殴ると、一瞬で真っ青になった。すぐそばで撃たれた霊丸は、戸愚呂に傷をつけることはなかった。霊丸を気合だけで消したのだ。
「元人間の俺から見て、今のお前に足りないものがある」
幽助の胸倉を掴んだ。
「危機感だよ」
死なないと思っているのか、と言った戸愚呂に、はそうかもしれないと思った。圧倒的な力を見せつけられたが故に、危機感というスイッチがオフになっているのではないだろうか。苦しまないための防衛本能なのか。自分が戦ったとしても、すべてのスイッチが壊れてしまうのではないだろうか、と。
百パーセントになった意味がない、と幽助に告げた。そんな戸愚呂をコエンマは本能で生きていると評した。
「本能?違うね。純然たる俺の意思だ。わかりやすく言えば、戦いは俺の生きる目的だよ。本能なんてものは生きるための手段にすぎん」
このようにな、と言った戸愚呂は死んだ妖怪たちの魂を身体に吸収していった。
その姿に、今更ながらに、戸愚呂は妖怪なのだと理解した気がした。
「戸愚呂?」
どこかへ行ってしまうような感覚を覚えたが不安げに呼ぶ声に返事はない。小さく呼ぶ娘の頭を撫でた。しかし、娘からの反応はない。食い入るように戸愚呂に視線が向いている。
「百パーセントの俺はひどく腹が減る」
次々と妖怪の魂を吸う戸愚呂に、観客たちは逃げ始めた。すると、左京はちいさな機械をポケットから取り出した。スイッチを押すとドームの周りを壁が囲んだ。
「こんな素晴らしいショーを見逃すことはない。チケット代はクズ同然の命だ。安いもんだろう」
カチンとジッポのふたを閉めた。の前で煙草を吸うのは珍しいことだ。いつもと違う二人には不安を覚えた。
観客の妖怪たちからはブーイングが聞こえ、幽助の応援へと変わった。しかし、幽助は戸愚呂に殴られている。
カオスだ。
頭の中で呟いた。浦飯チームに応援に来ている人間の方向へ放った攻撃には、らしくない、と思った。戸愚呂は、兄と違ってフェミニストだ。どちらかといえば、フェアプレーを好む。
「どうやら、賭けは私の勝ちのようだな」
左京の言葉には、そういえばこれは賭けだった、と思い出した。あまりの強さにすべてを忘れていた。
しかし、状況は青い生物によって変わる。ふよふよと浮んだ生き物からは、玄海の声が発された。仲間を殺せ。そうすれば幽助は強くなる。
チームプレーなどしたことのないには、よくわからないことだった。だが、たった数時間過ごした彼らとの時間で、浦飯幽助という男はそういう男だろう、と理解していた。
「俺もそれは考えていた」
最後の手段として、と付け足した戸愚呂は、幽助を地面へと沈めた。
「お前は、無力だ」
ゆっくりと桑原たちの方へと歩き出した。三人が構えた。植物を武器化すること出来なかった蔵馬も、すでに黒龍波を打った飛影も絶対勝てない。人間の桑原など論外だ。
彼らの一人が殺されるのか。冷静に思って、自分の手のひらを見た。汗をかいていた。
一人で向かってきた桑原には、信じられなかった。
「馬鹿か」
あんなんじゃ殺される、と呟いた娘に、左京は苦笑を浮かべた。とん、と指ではじいて煙草の灰を地面に落した。
「浦飯ぃ、てめえは、こんなもんじゃ、ねえ、はずだろ・・・」
口から血を吐いた桑原が声を掠らせながら言った。
「俺をがっかりさせん、なよ・・・」
刺さった戸愚呂の右手が身体から離れると、桑原の名を呼びながら蔵馬が支えた。は知らぬ間にギュッと拳を握っていた。ゆっくりと目を閉じた。
『すわ〜ん!トランプでもしようぜ〜!』
もう甲高い声で遊びに誘ってもらうことなどないのか。戸愚呂の仲間だと知ったあとに、誘うことなどあるのかもわからないが、は人知れず自嘲気味な笑みを浮かべた。
そこから幽助を纏う空気が変わった。凄まじい霊気に、はゾッと寒気を感じ、体を強張らせた。
悲しみのどん底にいる幽助に、戸愚呂は、それははしかみたいなもんだ、と告げる。自分のように強さを求めろという戸愚呂の声が、の心には重く響いた。
「戸愚呂・・・」
孤独なのだ。仲間が欲しいのだ。強さを求める仲間が。は悲しくなった。自分は戸愚呂の求めるものにはなれない、と目を閉じた。
真の戦いが出来るんだ、と左京は笑んだ。長いこと求めていたものを得られる戸愚呂に嬉しく思った。
そして、戸愚呂は百パーセント中の百パーセントになり、幽助と真っ向勝負をする姿勢を見せた。巨大な霊気と妖気に、はハッと目を開いた。
「食らいやがれ!霊丸ー!!」
霊丸を抱え込むように立った戸愚呂に、は息をのんだ。
「戸愚呂・・・!」
力を出し尽くした幽助は、ばったりと倒れた。戸愚呂は、握りつぶすように霊丸を消した。
「礼を言うぞ、浦飯。こんなに力を出せたのは初めてだ」
静かに笑った戸愚呂の身体にひびが入った。
「戸愚呂・・・!」
左京が驚いたように呼んだ。ゆっくりと倒れる身体を見ながら、は涙が頬を伝うのがわかった。
死を知った日
UP 02/18/14