限界を超え、倒れた体に駆け寄った。

「戸愚呂・・・」

もう動かない体の隣にしゃがんだは、ボロボロになったその体を抱きしめた。
ああ、これが仲間を失うということなのか。つうっと涙が頬を流れた。

「戸愚呂、よかったね」

強さを求めていた戸愚呂が、いつか自分を倒す相手を求めていたことはわかっていた。きっと戸愚呂は幸せだ。

「桑原、てめえ、俺を騙しやがって!!」

実は生きていた桑原を見たは、ふっと笑んだ。生きていたんだ。だまされていたとわかった幽助は、先ほどまで疲れていたはずなのに、ぼこぼこと桑原を殴っている。そんな姿を見て、皆が無事であることを再確認した。
そういえば戸愚呂が何故桑原を殺さなかったのか、と疑問が浮かんだ浦飯チームの面々は、目に入った光景にハッと息をのんだ。
が戸愚呂の死体を抱きしめながら笑んでいる。幽助と桑原はその光景から目をそらした。蔵馬は目を伏せた。愛おしいものを見るような表情に、飛影は舌打ちした。

「きっと桑原の防御力が予想以上に上がっていて、心臓を貫ききれなかったんだろう。諦めの悪さはピカイチだからな」
「褒めねえやつだなあ!てめえは!!」
「よくわからないけど、戸愚呂は初めから桑原君を殺す気がなかったんじゃないかな」

蔵馬の言葉には、わかってくれる人がいるんだ、とほっとした。

「仲間を捨ててまで強くなった自分がむなしかったのかもしれん」
「だから仲間を信じる者に倒されたかったのかもしれない。悪役を演じ続けてでも」

自分を倒してくれる相手を求めていたことをわかってくれている。左京がそれを肯定した。

「多分蔵馬君の言ったのが正解だろうな」

戸愚呂が幽助との出会いを喜んでいたことを告げた。

「最高の舞台で、望みうる最高の相手と戦い、望み通りの結末を迎えた」

そう、戸愚呂は幸せだ。悲しむ必要はない。でも、やはり寂しさはぬぐえない。自然との腕に力が入った。



突然呼ばれたは、ハッと顔を上げて、涙を手で拭いた。そして、そっと戸愚呂の体を離した。ゆっくりと立ち上がって、左京の隣へ歩き出した。

「コエンマさん、賭けは私の負けだ」

左京がそう言うと、は胸の奥がきゅっと苦しくなるのを感じた。

「敗因は、まあ、戸愚呂の本質を見抜けなかったこと」
「もういい、わしはおぬしの命なんざいらんよ」

コエンマの言葉に、負けをチャラにしてもらうわけにはいかない、と笑った。

「きっちりとカタをつけさせてもらいますよ」

ポケットから機械を取り出すと、スイッチを押した。すると突然ドームが揺れ出した。
左京とは視線を合わせた。少し切なそうな笑みを浮かべた左京に、はにっこりと安心させるように笑って見せた。優しくその頭を撫でた。

『爆破まであと十五分』

アナウンスがドーム全体に流れた。

「ドームは間もなく爆発する。私と私の野心、もろともにね」

なんてことを、と桑原達声を荒げるが、賭けの精算だと告げて踵を返した。

「さよなら、ばいばい」

は笑顔のまま別れの言葉を口にして、踵を返して左京の後を追いかけた。途中で一度振り返って手を振った。

「おい!」
「待てよ!!」

ありがとうと口の動きで伝えた相手を引き留めようとした。だが、幽助たちの声を無視し、は駆け出した。








初めて見た大きな機械を前には首を傾げた。あとから部屋に入ってきたコエンマが目を大きくした。

「おぬし!」
「安心してください。私の夢は私と共にすべて消滅させていきます。それが私の流儀です」

タバコの煙を吐くと、戸愚呂を跡形もなく消すのも自分の最後の仕事だと告げた。

「何故死に急ぐ?」

貴方にはわからんしょう、とコエンマの問いかけに答えた。

「穴を開けたかった。大きな穴をね」

『穴を開けたいんだよ。大きな穴をね』

「魔界と人間界をつなぐ境界トンネル」

昔幼いころに聞いた言葉には左京の顔を見た。

「この世の中もっと混沌として、もっと面白くなるはずだったのに」

昔と違うのは、叶わないとわかって残念そうな表情だということだ。

「私の最大の夢は、この私の体ごと吹っ飛ぶ」
まで道連れにするつもりか!」

コエンマの言葉に、は笑んだまま首を振った。

「私が父と居たいだけです」

柔らかい笑みを浮かべたに、コエンマは顔をしかめた。
左京はそっとの頭を撫でた。は、撫でられて嬉しそうな猫のように目を細めた。頭を撫でていた手は、頬にそっと触れた。



はい、と呼ばれて答える姿が、左京には愛おしく感じた。

「愛しているよ」

突然の言葉と共に、左京はの額に唇を寄せた。

「左京さん?」

いくら死ぬ直前とはいえ、高校生にもなって父親に人前でキスをされるのは若干恥ずかしいものだ。今度は唇が瞼に触れた。手で触れていない頬に唇を押しあてた。

「愛しているよ」

唇が唇に触れ、恥ずかしくて閉じていた目を大きく開いた。チュッと音を立てると、左京はとんっとの肩を押した。突然のことで力の入らなかったは、コエンマに支えられた。

「すまないが、この子連れてってください」

その言葉にハッとが息をのんだ。コエンマは、ああ、と了承すると、の腕を掴んだ。

「いや!離して!」

振り払おうとするが、意外と強い力には左京を見た。暴れそうな少女をコエンマは抱き上げた。

「おろして!やだ!左京さん」

左京が、さようなら、と言うように手を振ると、コエンマは外へ向かって走り出した。

「ッ!お父さん!」

はコエンマの肩の上から左京へと伸ばしたが、それはむなしく何もつかめない。

「おとうさん!おとうさん――ッ!!」

コエンマは子供のように叫ぶの体を抱く手に力を入れた。崩れていくドームはもうあと二分も持たない。滅多に走ることのない体をめいいっぱい動かした。
外へ出ると、幽助たちの後ろ姿が目に入った。そして、後ろから大きな爆音とともに爆風が吹いた。足を止めたと同時に、ぐっとコエンマの体を押したので、抱き上げていたを下ろして立たせた。そして、崩れていくドームを目にして、力なく座りこんだ。

「終わったな」
「ああ」

すべてが崩れたドームを見て、幽助と桑原が言った。

「ああ!」

ぼたんがこれでは優勝者の願いをかなえてもらえない、と言うと幽助は、いいよ、と告げた。

「どうせ一番の望みはやつらにはかなえられねーしよ」

幽助の言葉にそれぞれの頭に玄海が浮かんだ。それが聞こえたから、ははっ、と乾いた笑いがこぼれた。

「ほんと、招かれ損だよね。ごめんね」

の言葉に、ハッと幽助達はを見た。

・・・」

蔵馬が斜め前に座り込んだ人物を呼んだ。

「お父さんの、ばーか」

ぽつりと呟かれた言葉に全員が、おいおい、とつっこもうとしたが、振り返ったその表情に言葉を失った。笑いながらぽろぽろと涙を流す姿は、どこか痛々しかった。



  を
   叶えた

     男

      と
  を
  叶えられなかった
       男



UP 02/18/14