「貴方・・・!」
「やあ、久しぶりだね」
仙水がを見て、片手を上げた。
「、知ってんのか?!」
幽助が振り返ると、は信じられないような目をしていた。
『俺の顔に何かついてるかな?』
街中で偶然見つけた、どこか左京に似ているような空気を纏った相手に、は驚いて立ち止まった。
すらりとしたスタイルのよさも、整った顔も、黒い髪も似ていると思った。違いは左京よりも身長が高く、髪も短く、顔に傷もない。声も違う。大切な人がいなくなったからそう思えるだけだ、とは自分に言い聞かせた。
『いいえ、すいません。知り合いに似ていたもので』
凝視するに相手は気を悪くするどころか笑みを濃くした。
『なかなか面白い』
危険だ、とその顔を見て思った。は、絶対近づいてはいけない相手だ、と。
二度目会った時、向こうから声をかけてきた。
『やあ』
それでも逃げなかったのは、やはり、片手を上げて笑う姿が失った人に似ているように見えたからだろう。
『君の能力をぜひ貸してほしい』
能力、という言葉には警戒するように相手を見た。やはり危険な人物だ。
『切ってほしいものがあるんだ』
目を細めた。
『…ハサミや包丁なら、百均でも売ってますよ』
急いでますので、と人ごみの中へと足早に去った。
まさか数日前に会った男が今回の首謀者だったとは、と顔をしかめた。
「街で、偶然会っただけ」
今考えればあれは、偶然ではなかったのだろう。
包帯を買いに行っていた蛍子が、驚いたように幽助を見た。
「下がってろ」
蛍子に言うと、怪我をしている桑原にも告げた。
「気をつけろ」
コエンマが幽助に注意する。それでも、幽助はかまわずゆっくりと仙水へ近づいていった。
「よお、先輩。聞くところによると、切れちまったらしいじゃねえか」
「それは誤解だな。真実に目覚めたのだ」
ちらりに仙水が視線を向けた。
「彼女の養父のおかげでな」
目を大きく見開き、ひゅっとの喉がなった。
「とめるぜ」
「無駄だ」
すると幽助がしかけた。こんな街中で、とは顔をしかめた。大きな結界が張れないは、建物へのダメージは避けられない、と周りに人気がないか視線をあたりへと移した。
しかし、幽助の攻撃は流されていく。幽助の苦手なタイプだ、と蔵馬が言った。
「あれこそ裂蹴拳」
玄海が仙水の動きを説明した。そこで仙水は霊力の玉を作りだした。霊光裂蹴拳という新しい拳法を作ったのだと告げる仙水に皆が構えた。蹴りあげた霊気の玉が向かってきた瞬間にはバッと前に出て結界を張った。
しかし、結界にぶつかることなく、その霊気の玉はぐにっと軌道を変えた。は、まさか、と慌てて手に刀を具現化させ、それを投げた。
「なっ!」
中心よりずれた位置にぶつかり、威力が落ちたそれは多少軌道を変えながら建物を爆発させた。
「あそこは!」
突然のことで無力化することができなかったことには舌打ちした。最初から狙いは幽助のマンションだったのだ。黒煙を上げた位置に、桑原が走り出した。
「桑原!」
「桑原君!」
走り出した桑原は、ぐいっとに襟首を後ろに引っ張られた。蹴りを落とそうとした仙水は、桑原のいた場所のコンクリートを割った。の手には再び先ほど消えた刀が握られている。先ほど一瞬見えた刀は見間違いではなかったのだと知った。
「アイツ、戦えんのかよ!?」
「まじか!」
幽助と桑原はぎょっとしてを見た。護身術程度だと以前言っていた時のへらへらした表情とはほど遠い。桑原はその刀を目にして、自分の霊剣よりもはっきりと刀の形をしていることに驚愕した。
「その刀か」
仙水はぼそりと呟いた。首元に当てられた刀に焦る様子はない。
幽助たちは、が仙水の至近距離まで接近し捕えたことが信じられなかった。飛影だけがの護身術程度ではないと疑っていたことを思い出した。他人に興味を持つことなど滅多にない飛影の目に留まったのは、そういうことだったのだ。今更ながらにそれぞれが理解した。長年戸愚呂や鴉のそばにいたのだ。強くても不思議はない。
「切れ味なら貴様の体でいくらでも試してやる」
生憎切ってもらいたいものは俺の体じゃない、と仙水は肩をすくめた。
「見たくないかね?」
突然の問いかけに、は怪訝そうに眉根を寄せた。
「君の父親が見たかった世界を」
ぐっと刀を握る手に力が入った。なぜ養父だと知っていたのか。最近までの存在は左京の仕事の関係者は知らなかった。養父であることはBBCメンバーですら知らない事実だ。皆が隠していた実の子供だと思っていた。は頭の中で可能性を探していた。
「父の夢を叶えたくないのかね?」
その言葉には息をのんだ。
『穴を開けたいのさ。大きな穴をね』
ハッと向かってきた長い右足に、左腕を慌てて構えた。だが、強い衝撃に顔をしかめた。
「ぐッ・・・!」
「!!」
吹っ飛んだを心配するように幽助たちが呼んだ。ザーッとコンクリートに靴をすり減らしながら、体勢を整えた。
「父の遺志は継がなくていいのか?」
微笑みを浮かべた仙水の言葉に、は戸惑った。
「とう、さん」
だらんと構えていた刀を下ろし、ポツリと呟くように呼んだ。その眼はこの場の状況を映していない。玄海とコエンマは、顔をしかめた。
は、危うい存在なのだ。元々人間と言うものに執着心もない。命への執着心もない。唯一強くあったのは、今までずっと共にいた左京や戸愚呂への絶対的ななにかだ。
「てめえ、なに、ごちゃごちゃいってんだよ!?」
突然殴りかかってきた幽助のパンチを仙水は綺麗に流した。
「ばあさん!コエンマ!御手洗達を頼む!」
幽助の声にはハッと意識を取り戻したように前を見た。仙水が突然走りだし、幽助は待てと追いかけた。
「、行くよ!」
玄海の言葉には、煙の上がるマンションへと走り出した。かみしめた唇から血の味がした。
戸を開けると、煙を玄海が衝撃波で飛ばした。
「ぼたん!」
本棚の下敷きになったぼたんを見つけた。玄海とはぐっと本棚を立てた。お前は見ていただけか、と責めるような玄海に、御手洗は体を震わせた。
「はらばいにしな」
玄海はぼたんの背中に治療を施した。それをぼうっと見ながらは、拳を握った。
部屋に入ってきた蔵馬が静琉を抱いていた。
「静琉!」
「静琉のがダメージが大きそうだね」
玄海がベッドへ寝かせろと言うと、蔵馬はそこへ下ろした。意識を戻したぼたんがきょとんと首を傾げた。
「あれま?あたし、どうしたんだい?」
「大丈夫か?」
「は?なにがですか?」
「のんきなもんだ。今までのびてたくせに」
「本棚の下敷きになって気絶しておったのだ」
コエンマが説明すると、ぼたんは、そうだった、とのんきに笑って見せた。
「避けられなかったのかい?まったく鈍いやつだな」
「あはは、すいましぇん〜」
笑って見せるぼたんに、御手洗が震えながら自分を助けたんだと説明した。
「なんで助けるんだ!?僕はお前らの敵なんだぞ!」
理解できないと叫ぶ御手洗に、ぼたんはのんびりとした口調で話した。
「とっさに体が動いちゃったわけ」
「だ、そうだ」
けらけらと笑うぼたんに、は笑みをこぼした。混乱するのはわかるが、と蔵馬が御手洗の肩に手をおいた。
「あんなのその辺のホラービデオとなんら変わりないわ」
「いや、それはどうかと・・・」
蔵馬のつっこみもあっさりスルーし、けろりとは続けた。
「所詮、ビデオに映るのは人間の一面。本物はもっと複雑で十人十色」
まっすぐ御手洗を見た。
「言ったでしょ、全部個人差だって」
から視線をそらすように御手洗は自分の足元を見た。
すると、は自嘲気味に笑った。その笑みに、蔵馬と玄海とコエンマの三人はお互いに視線を合わせた。
揺れる想い
UP 04/04/14