「ちゃん、戦えたなんてびっくりだねえ」
洞窟へ向かうための電車の中で、話だけ聞いていたぼたんが言った。それに蔵馬は同意した。
「そうですね。まさかあんなに戦えるとは思いませんでしたよ。護身術にしては度が過ぎてるんじゃないですか?」
その言葉には困ったように蔵馬を見た。根に持ってるのか。
「まわりがまわりだったからね」
の強さを目の当たりにしていない御手洗は、そんなに強いのだろうかと様子を窺うようにを見た。
『次元を切る能力者だ。だが無理強いはしたくない』
そんな事をいう仙水を御手洗は驚いた。
『もし、彼女が我々に力を貸す気がないなら、別の能力者を探すしかない』
『どうして、ですか?』
『美しいからさ』
美しい?と小さく聞き返した御手洗に仙水は笑った。
『美しく、強く、脆い』
「大丈夫かい?」
玄海の気遣いには苦笑を浮かべた。ぼたんと御手洗は不思議そうに二人を見た。
「ええ」
は苦笑を浮かべた。
「不思議ですね。こんなふうに父さんとの繋がりが続くと思いませんでしたよ」
蔵馬はちらりとを見た。御手洗は、の父とは誰だろうかと思い浮かべた。聞ける雰囲気でもない。もちろんそんな彼に知る術などない。
「大丈夫ですよ」
は玄海達の視線から逃れるように、窓の外を見た。不穏な空気だ。普通の人間には見えないだろうそれを、きっと左京は微笑みながら眺めただろう。
「父さんは、自分の夢と共にこの世を去った」
だから、彼の夢を叶えることはできない。すべて消えてしまったのだ。今の自分に残ってるものは何だろうか、とは考えた。生きろという戸愚呂の言葉ぐらいだろうか。
そういいながら、はどこかで自分の中に迷いがあるのがわかった。どこか悲しそうなの横顔に、蔵馬と玄海は苦虫を噛んだような表情を浮かべた。
蟲寄駅の前にたどりつくと、あんぐりと口を開けた海藤がいた。
「伊集院さん!?」
呼ばれたは、一瞬驚いたような表情をした。
「伊集院さんも、能力者だったのか!?」
その言葉には苦笑を浮かべた。も、と言った所から海藤は能力者なのだろう、とは容易に想像ができた。そして、その隣にいる男もそうだろう、と。
「ちがうわ」
柳沢と御手洗が不思議そうに二人を見ると、蔵馬が、同級生なんだ、と告げた。じゃあ一体、と事情説明を促すように海藤はと蔵馬を交互に見た。
「私、浦飯君たちの敵だったの」
そう言ったに知らなかった面々は驚愕した。
「なっ!そうじゃないだろ!」
「まったく。お前さんは、別に敵じゃなかっただろう」
蔵馬はムッとしたように言うと、玄海はため息交じりに言った。海藤はいまいち状況を把握できずに、怪訝な顔をした。
「私は家族が喜ぶなら、それでいいと思っていた。私の家族は、魔界への穴を開けたがっていた。それを阻止したのが、浦飯君たちよ」
その言葉に御手洗はハッとした。の視線は彼へ向けられていた。
「敵の関係者を殺さなかったのよ。甘いでしょ」
ふふっと笑ったに、御手洗は自分と似たような立場だったということを理解した。海藤は、が自分と似た能力者ではなく、元々幽助のように霊力があったのだと理解した。
「そういう人間もいるのよ」
御手洗はその言葉に俯いた。
「で、持ってきたのかい?」
玄海が海藤を見ながら言うと、海藤は地図を取り出した。現在地と入魔洞窟の入り口を指した。
「そういえば、彼は?」
御手洗の姿を視界に捉えた海藤が問うた。
「心配ないさ。仲間さ。洞窟を案内してくれる」
「よろしく」
緊張した面持ちの御手洗に海藤と柳沢はお互いを見た。一行は、洞窟へと足を進めた。
目的地についたが、幽助はまだいなかった。
「まさか、先に中に入ったんじゃ」
「あいつもそこまでバカじゃないさ」
御手洗の言葉に、玄海は首を振った。そうだろうか。
「そうだとすれば、本当のバカだ」
「本当のバカだとは思ってないんですね」
無茶をしそうだが。の考えに気付いた玄海は、呆れたように息を吐いた。
「思ったよりも遅かったわね」
の言葉に全員が森の方へと顔を向けた。手を振る幽助の隣を飛影が歩いていた。
「はい、浦飯君」
「おお、サンキュ」
自転車で桑原を追った幽助はぼろぼろになっているだろうと見越したは、幽助の家から持ってきていたシャツを手渡した。
「何故貴様がここにいる?」
睨みつける相手には苦笑した。
「見ちゃった以上無視できないから、かな」
説明になっていない説明に、飛影は眉間にしわを寄せた。
「それより状況を整理しよう」
蔵馬の言葉をきっかけに、全員が真剣な表情へ変わった。御手洗の情報から敵と現在の状況を整理した。
「幽助、蔵馬、飛影、。お前たちだけで行きな」
玄海に呼ばれた面々が頷いた。
「僕も行かせてくれ」
御手洗が洞窟を案内をしたいと言うと、飛影が、信用できるのか、と問うた。
「桑原さんは助けたいんだ」
柳沢は確かめるかと幽助を見るが、幽助は必要ないと手を上げた。
「頼むぜ」
嬉しそうに頷いた御手洗には、じゃあ行きましょうか、と促した。そして、洞窟の中へ足を進めた。
分かれ道にぶつかると、蔵馬はアカル草を取りだした。そこでは、毎度のことながら色んな植物を持ち歩いてるものだと感心していた。
「貴様、本当に何故ここにいる?」
再び出た問いに、は視線を飛影へ寄こした。
「さっきも答えましたけど」
幽助が振り返ると、はまっすぐ前を見たまま話していた。
「答えろ」
飛影が睨むと、はちらりと視線を飛影へ一瞬向けるがすぐに前へ戻した。
「なんだよ、飛影。が来たらなんか問題でもあんのかよ」
視線も寄こさない飛影に、幽助は怪訝な顔をした。
「魔界への穴を開けたい」
の言葉にハッと御手洗と蔵馬と幽助の三人は息をのんだ。足をぴたりと止めた。
「そう言えば、満足?」
先に歩き続けたは、振り返った。その表情はいつものとは違う。どこか冷やかな目だ。ごくりと幽助と御手洗は喉を鳴らした。
「違うと言いたいようだな」
飛影には、困ったように笑んだ。いつもの雰囲気のに戻り、幽助は少しほっとした。
「正直にいえば、魔界を見てみたいわ」
ごくりと御手洗は喉を鳴らした。の言葉にふんと飛影は鳴らした。
「やはりな」
「貴方もでしょう?」
はまっすぐ飛影の目を見た。
「魔界に帰りたいって思っているでしょう」
「」
「私は、別にそこに居たいわけじゃないわ」
幽助が止めるように呼んだ。しかし、はそのまま続けた。
「ただ、死ぬ前に一度は見てみたいものの一つってだけでね」
その理由に戸愚呂と左京がいることはわかっている。飛影は舌打ちした。不愉快だ。そう顔に表しながら。
「飛影」
が呼んだことに驚きながらも飛影は、一度外した視線を戻した。
「貴方、私に何を求めているの?」
その問いに飛影は黙った。久しぶりに会った女に一体何を求めているのか。それは飛影自身にもわからなかった。魔界の穴を開けたいと言えば、は敵と同じ立場になる。そうなって欲しいのか。そういうわけではない。飛影は罰の悪そうに視線をから逸らした。
幽助も蔵馬も、飛影の言いたいことはわかっていた。は御手洗のように弱いが故に洗脳されているわけではない。幽助たちに出会って少しずつ変わったが、生来の破綻者に育てられた感覚は決して消えていない。いつ考えが変わってしまうのかわからないのだ。その危うさを飛影は感じているのだろう。
「急ぎましょう。時間が惜しい」
はそう言うと再び洞窟の中心へと足を向けた。
曖昧な立ち位置
UP 04/04/14