一瞬、すべての音が消えた。
「彼は、今、死んだ」
は、ゆっくりと立ち上がった。頭の中で問いかけた。死んだ?誰が?
桑原の乾いた笑い声が洞窟を響いた。
「だまされねえぞ。本当は、笑うのこらえてやがんだ」
倒れた幽助の体に近づいた桑原は口と鼻を押さえて見せた。反応はない。
「どんな芝居したってよお、心臓の音聞きゃ一発でばれんだよ」
信じられないようなものを見るように、桑原が立ちあがった。桑原の目から涙がこぼれた。
ああ、悲しい。は、涙が頬を伝うのを感じた。三度目だ。が涙を流したのは、これが三度目だった。一度目は、戸愚呂。二度目は、左京。
「うらめしくん」
小さく呼んだ。だが、幽助は起きない。桑原がゆっくりと立ち上がった。
「ビデオの映画は終わってしまっていた。戦いに夢中で、エンディングを聞きそびれてしまった」
テレビの上に座った仙水に視線を向けた。
「とても美しいレクイエム。今の浦飯にぴったりだったのに」
実に残念そうに仙水が呟いた。は、左手で自分の胸に触れた。こんなにも、いたい。
「彼が死んでも、寂しくなんかないよ。お前たちもすぐだから」
さみしいよ。だって、こんなにもいたい。は、ぽろぽろと涙を流した。
「本当のフィナーレはこれからだ」
涙を流すの姿に、仙水は微笑みを浮かべた。ああ、なんて可愛いのだろうか。
「第一の扉は開けられた」
仙水の後ろの穴から、妖怪たちが穴から出てきた。の右手に刀が現れた。
「案内してもらおうか、この先へ」
魔界を知っている飛影と蔵馬に向けられた言葉だ。
「どこへだって行ってやるぜ」
桑原が呟くと、飛影の包帯が取れた。蔵馬の髪が銀髪に変わった。
「飛影!蔵馬!」
仙水へ向かって走り出した二人を桑原が呼んだ。
「ちゃん!」
驚いたように桑原が叫んだ。いつの間にか、は刀を手にしたまま前を走っていた。飛影が黒龍波を打った。
「このまま魔界まで運んでやるぜ!」
心地よい、と龍の口に押されながらも、仙水は呟いた。砕かれた岩が飛び、それの上を蔵馬は跳んだ。も同じようにぐっと大きな岩から岩へと跳んだ。風圧で押された桑原は、のわあおお、と声を上げた。穴へ入っていった。
裏男の中とはまた違う浮遊感に眉を寄せた。
「ここは、魔界なのか」
「いや、亜空間。人間界と魔界の狭間」
桑原の疑問に、蔵馬が答えた。今日は奇妙な空間にいることが多い。はふと思った。
「蔵馬!おめえいつから妖孤に戻れるようになったんだ?」
「戻ったわけじゃないようだ。俺は元のままだ」
銀色の髪と銀色の尻尾を見るのは武術会以来だ、とも思った。妖力の高まりで姿が変わったようだ。
「ごめんなさい」
「なんだよ、突然」
突然謝ったに、飛影と蔵馬は怪訝な顔をした。
「私が手を出していれば」
彼は死ななかったかもしれない。は目を伏せた。
「くだらん。貴様が出ていったところで、仙水を倒せたわけでもないだろう」
飛影の言葉には苦笑した。
「いたぞ」
全員の視線が前へ向いた。網のように光る結界あった。その奥に仙水は待っていた。
「結界を越えてやがる」
「言っただろ。私の聖光気は聖なる力だ」
仙水に傷はない。
蔵馬が結界に近づき、右手を出した。バチバチと光った。
「なるほど」
もそっと結界に近づき、スッと左手を出した。パチパチと小さくはじいた。ぺろりとやけどした指をなめた。
「人間でもだめなのね」
ふむ、とは冷静に分析した。自分はA級以上の力を持っているのか、と。
「さあ、桑原君。この結界を切れるのは君の次元刀だけだ」
仙水が告げると、桑原は小さく舌打ちした。
「けっ。それでてめえの野望は成し遂げられるってわけだ」
「考える時間が欲しければ、一日くらいやってもいい」
「ふざけんな!ただじゃ、くたばらねえ。浦飯への土産に、てめえの腕の一本ぐらいは持っていくぜ」
桑原が睨みつけた。ああ、と思い出したように仙水はを見た。
「。君の刀でも本当は切れるだろう?」
問いかけるような言葉に、は自分の刀を見た。そんなに、仙水は心の中で話しかけた。共に魔界を見よう。
「貴様を殺すためなら、なんだって切ってやる」
冷たい眼をしたに、ごくりと蔵馬と桑原は喉を鳴らした。
ひゅん、と振り下ろした刀は、結界を裂いた。
「さすがだ」
満足そうに仙水は笑った。そして、とんと軽く後ろへ跳んだ。追いかけた四人は、仙水が消えるのを見た。出口だ。
は突然重力を感じた。空から地面へと落ちていく。
「うぎゃああ!落ち!落ちるぅ!」
桑原が叫んだ。
「ここが、魔界」
がポツリと呟いた。父さんが一度見てみたかった場所。戸愚呂が来たかった場所。
ざわざわと空気が肌を刺激した。これが魔界の空気。
空は、赤紫色だ。雲は雷雲が多い。森がたくさん見える。
蔵馬はぐいとの腕を掴み、抱き寄せた。種を出し、そこから植物のツタが生えた。
「掴まれ」
桑原と飛影は目の前まで生えたツタを掴んだ。蔵馬の背から蝶の羽のようなものが生えた。
「は、羽まではえんのか!おめえはよぉ!」
「浮葉化の植物だ。四人はちと重いが、なんとかなるだろう」
蔵馬はそっとを見た。自分を横抱きにする蔵馬に気付いていないように、ただ下を眺めている。若干不快感を覚えた。
「ざまあみやがれ。てめえはまっさかさまだ。トマトみたいにつぶれちまえ」
落ちていく仙水を見て、桑原が言った。だが、仙水は聖光気で風を操り、飛んでいた。
「なんでもありだぜ、あの野郎も」
桑原は頬を引きつらせた。は、浮かぶ仙水に便利な能力だと感心した。
「いいさ、ここまで来たら逃げる気はない」
「決着をつけてやる」
森を傷つけたくないと告げた仙水が指した先は、木も生えていない平地だった。
「斬首台の丘か。最後の戦いにはもってこいだぜ」
飛影が呟いた。飛影は元は魔界の住人なのだとは改めて思った。
ある程度の高さまで降りると、はぐいと蔵馬の肩を押して、体を離した。降りていくを見て、桑原と飛影は手を放し、蔵馬は植物を手放した。
三人はそれぞれ別方向へと駆け出した。
「一つ言っておくと」
仙水は注意書きを読むように告げた。
「負けを覚悟で、戦うことを、俺は潔しとは思わない。しかし、故人を想う君たちの気持ちに、俺も誠意で答えよう」
光が仙水を包み、風圧に飛ばされそうになった。
「今更こんなんでびびるかい!ていりゃああ!おおおお?!」
仙水へ向かって行こうとした桑原だが、勢いを増した圧に負けてしまい、地面を転がった。気鋼闘衣を纏った仙水は、蔵馬の白装束と似たようなものだと告げた。
「なあ、」
呼ばれたは降りた位置から動いてはいない。
「魔界は美しいな」
柔らかい笑みを浮かべた相手に、ふっと笑った。
「そうね」
は目を閉じた。右手にはいつもの刀。これは、あれに効くのだろうか。
ぐっと地面を蹴りあげた。笑顔を浮かべたままの仙水に、刀を振り下ろしたが、そっとそれは横へ流された。
「やめたまえ。君に傷をつけたくはない」
はっきり動きを捉えていることはわかっていた。はぐっと左足を仙水の顔へ向かって蹴りあげた。だが、向かってくる仙水の足に気付き、肩を蹴って、後ろへ跳んだ。
「いい反応だ」
仙水は足を避けたことを褒めた。にっこりと笑ってみせた。飛影が唸り声を上げると、黒い龍が空を舞った。
「うらあああああ」
「やめろ飛影!二発目だぞ!」
二度目の黒龍波には驚いた。あとのことを全く考えていない。
殴りかかるが、仙水に傷はついていない。飛影が殴り飛ばされた。次元刀はあっさり避けられ、樹霊妖斬剣を持った蔵馬は裂破風陣拳によって避けられた。
「うっ、ぐぅああ」
「蔵馬!」
桑原は蹴られ、後ろへ吹き飛んだ。飛影が邪王炎殺剣を出したが、仙水に傷をつけることなく、蹴り飛ばされた。はすぐに仙水の横から切りかかった。刀が気鋼闘衣に触れた。ぱきん、と刀が折れた。
「あ」
まるで忘れ物を思い出したときにに、しまった、と言うような、のんびりとした声で小さく呟いた。面白く感じた仙水は、ふふっと笑った。そして、まるで猫のようだと、すぐに後ろへ跳んだを見て思った。
は、折れた刀を見た。やはりこの刀ではだめか。
「な、何て野郎だ」
口を拭いながら桑原が呟いた。
「なまじ半端に強いと、無残だな。無意識でも防ごうとする」
笑みを含んだ声に、はスッと視線を向けた。
「お前たち、気の毒だが、楽には死ねないよ」
よく言うものだ。楽に殺すつもりもないくせに、とは仙水を睨んだ。
「楽に死のうなんて、思っちゃいねえよ。せめて、死んだ浦飯の弔いによ、てめえの威張り腐ったツラ、切り刻んでやりてえだけだ!」
桑原は、再び次元刀を出して、走り出した。桑原の顎を蹴りあげ、腹を殴った。蔵馬はローズウィップを振りかざすが、それを掴まれ、腹を蹴られた。血を吐いた。飛影の邪王炎殺剣は、蔵馬のムチを使って、かわされた。
は他の三人を見た。傷だらけだ。の体には、魔界に来てからの傷は一つもない。傷をつけるつもりがないのは本当らしい。チッと舌打ちした。バカにされているような気分だ。目を閉じた。
「ほお」
仙水が感心したように声を上げた。バチバチと電気のようなものがの右手を包んだ。両手に現れた二刀は、電気のような光で繋がっている。ヌンチャクのようなそれを見て桑原は、なんだあ、と呟いた。初めて見るそれに、蔵馬も飛影も目を見開いていた。
「戸愚呂が私を見てくれてたときに、よく言っていた」
冷たい目だ。何度見ても慣れない、と蔵馬と桑原は唾を飲み込んだ。
「私は守り専門だそうだ」
強い結界が張れることはわかっている。強い相手と戦う姿を見たことがなかった面々は、結界を張っている姿から守りが専門だと思っていた。
「攻撃はてんで、ダメなんだ」
ばちばちという刀が徐々に大きくなっていった。
「コントロールが、へたくそすぎるってね」
ぶわっとあたりを大きな風が舞った。
「ほお」
「なっ」
突然大きくなった霊力に、全員が驚いた。
「これは、加減するのが、難しいな」
仙水は、苦笑を浮かべた。最初に見たの刀は素晴らしいコントロールがあったからこそ具現化し、その形を保っていた。だが、今のの手にある刀は、いびつだ。刀と言うよりはぎざぎざした剣に近い形をしている。
「君が彼等に加担する理由はなんだい?」
仙水の問いかけには、にっこりと笑った。先ほどの冷たさは全くない。
「彼等は、私の家族の夢を叶えた」
仙水以外の脳裏に戸愚呂が浮かんだ。
「父親の夢を、奪っただろう?」
首を傾げた仙水に、は実に楽しそうに笑った。
「私の家族は、父さんだけじゃないわ」
とても大事なものの話をしているのが手に取るようにわかった。そのことに仙水は不快感を覚えた。顔を顰めた。
「今の私にとって、彼等が大事な人たち」
スッとの笑みが消えた。
「だからそれを奪った貴方は、殺す」
ぞくりと仙水は寒気を一瞬感じた。いきなり目の前に現れたように感じた。慌てて避けた。が振り下ろした刀は地面を割った。バリバリと音を立てた。しかし、はすぐに地面を蹴り、避けた仙水の横に跳んだ。右手を放し、繋がった刀を振り回すようにブンと左手を振り下ろした。ガードするように上げた左手にあたり、く、と仙水は声を漏らした。じんとしびれる感覚と、バチバチという電気音に眉を顰めた。蹴ろうと足を振りあげると、は避けた。刀の片われ手にした。
「すげ」
小さく桑原が呟いた。は避けてすぐに再び手にした右手の刀を振り回すと、今度は左手を放した。目の前に飛んできたそれを仙水は、体を傾けて避けた。だが、それを呼んでいたは傾いた方へと持っていた刀を振り下ろした。ち、と舌打ちしながら、仙水はそれを再び腕でガードしようとするが、目を見開いた。空いていたの手には霊気の塊。ドーンと大きな音が響いた。
「やったか!?」
もくもくと上がった砂煙に桑原は目を細めながら言った。風が吹いて視界が開いた。
「!」
「!?」
「ちゃん!」
地面に両膝をついたが見えた。片手は口を押さえ、片手は腹を押さえている。げほ、と咳こんだ口から血がこぼれた。
「危なかった」
やれやれ、と言うように仙水が言った。ジンジンとしびれる左手を確認するように、手を開いて、また閉じた。繰り返した。
「君が、こんなに強いと言うのは、予想外だ」
困った、と言いたげだが、どこか嬉しそうな色を含んでいた。は、ぺっと口の中にたまった血を吐きだした。ぐいと左手で口を拭った。肋骨が折れたかな、と冷静に分析していた。
咄嗟に仙水はの腹を殴って、後ろへ吹っ飛ばしたのだ。
「怪我をさせるつもりは、なかったんだがね」
そうさせてくれないのはお前だ、と含む言い方には鼻で笑った。
「今、本気だったくせに」
仙水は苦笑した。
「これ以上、君も戦うなら、君も死んでしまうよ」
「死なないつもり、とは言わない」
仙水は残念そうにを見た。愛おしい相手を殺さねばならないのか。共にもっと魔界を見たい。共に人間界が滅ぶのを見たい。仙水の想いはには届かない。
「だが、相討ちくらいは、目指してるんだ」
はは、と笑ったに、飛影と蔵馬は小さく笑みをこぼした。桑原は、呆れたようにを見た。初めて出会った時、こんな人間だとは思わなかったのだ。
「100パーセントを越えた歪みでなら、死んでもいい」
言うと同時に、は跳んだ。バチバチと再び手には刀を持ち、それを振り投げた。それを右手で受け止めると、ビリビリと刀が鳴った。じーん、と再びしびれた感覚に、眉を顰めた。は逆の刀で足元を狙うが、仙水は避けた。振り下ろされた腕を避けるように横へ跳んだ。仙水は、ハッと後ろからの次元刀を体をかがめて避けた。のわ、と桑原が声を上げた。背中を蹴られ、地面に顔面から落ちた。
「桑原」
飛影は、邪王炎殺拳で殴りかかるが、腕を掴まれ、投げ飛ばされた。岩へぶつかり、呻き声を上げた。ローズウィップと同時に植物の種を投げるが、気鋼闘衣によって種は地面へ落ちた。掴んだムチを引いて、再び近づいた蔵馬の腹を蹴った。
「なにッ?」
が突然真後ろに立っていたことに驚いた、仙水が声を上げた。一メートルほどのバチバチと音を立てる霊気の塊が放たれた。ぐ、とそれを抱えるように受け止めた仙水が声を漏らした。それはすぐに消えた。だが、仙水は体にしびれを感じた。ち、と小さく舌打ちした。
「だめか」
あっけらかんと呟いた。悔しそうに聞こえない呟きに、蔵馬は立ちあがりながら内心苦笑した。奇妙な霊気だ、と岩の瓦礫から起き上がった飛影は思った。
「はは、やっぱ、攻撃向いてない」
どこがだよ、と口の中の血を地面に吐き捨てながら桑原は心の中でつっこんだ。うりゃああ、と叫びながら桑原は、再び向かっていった。だが、次元刀は流れるように、向きを変えられた。顔面にひざ蹴りが入った。蔵馬は樹霊妖斬剣で切りかかったが、腕を掴まれぐるりと振り回されると、背中を蹴られた。容赦なく蹴られた蔵馬の体は、飛影の体へぶつけられた。再び刀を出そうとしたが、刀の形にならなかったは、小さく舌打ちした。仕方なく霊気の塊を手に、仙水の背後から足払いをした。体勢をわずかに崩した所へ打ち込んだ。だが、体の向きを回転させた仙水は、その霊気の塊を避けた。その流れのまま、へ拳を振り上げた。
「げほ」
口を押さえた。の口の中は血の味でいっぱいだ。くらくらする頭で、周りを見た。蔵馬は地面に突っ伏していた。桑原は仰向けに倒れていた。飛影は、膝をついていた。風が頬を撫でた。ああ、だめだなあ。は苦笑した。
「苦しめて、すまなかったな」
仙水が言うと、飛影は片膝を立てて座った。
「さっさと、やれ。貴様は運がいい」
「今はお前の方が力が上だった。それだけのことだ。そして、魔界ではそれがすべてだ」
妖怪らしいセリフだ。は小さく笑った。
「楽に、してやるよ」
仙水はを見た。
「愛してるよ」
ぎょっと三人が仙水を見た。はその言葉に目を丸くした。デジャヴ。
愛してるよ
それはいつも
別れの言葉
UP 04/05/14