まるで操られているようだ、とは思った。突然髪が伸び顔に文様が浮いた幽助は、圧倒的な強さを見せつけた。しかし、霊丸を撃つと、避けろ、と叫んだ。吹っ飛んだ仙水を追いかけた幽助のあとを追うように、プーにが言うと、倒れた木々の先に幽助と仙水はいた。
「仙水、起きろ!目覚ませこら!」
自分が撃ったわけじゃない、という幽助に全員が首を傾げた。
「俺だけど、俺じゃねえんだ」
薬草を求める幽助に、ほとんど使ってしまったと蔵馬は告げた。痛み止め程度でもいいから出せ、と幽助は告げた。
「その必要はない」
「樹」
亜空間が開き、樹が現れた。右目に大きな切り傷があった。
「忍はそのまま死なせてやれ」
目を伏せた樹に、は目を細めた。仙水の生にこだわらないのか。
「ふざけんな!てめえは、すっこんでやがれ」
「忍はあと半月たらずの命なんだ」
静かに告げられた事実に、全員が息をのんだ。
「なぜ」
が問うた。
「忍の体内は、悪性の病でぼろぼろなんだ」
神谷のお墨付きだと説明は続いた。ちらりと仙水へ視線を向けた。そんな状態であんな強さを見せられるのか、と信じられなかった。
「普通の人間ならとっくに墓の中だそうだ」
「まじなのかよ」
幽助が聞くと、ほんとうさ、と仙水が口を開いた。
「いいわけにはしない。最後の力、あれは数段君が上だった」
「ちがう!あれは俺の力じゃねえ!」
幽助が膝をついた。
「使いこなせなかった力を、無意識の中でマスターして戦ったんだろう」
納得できないという幽助は、痛み止めを打ってでも戦えと要求した。は頬を引きつらせて呟いた。
「無茶な」
「やれやれ。まだたたかうつもりか」
眠気に襲われた飛影が呆れたように呟くと、眠りに落ちた。プーがくちばしで飛影を背中へと移した。
今度はコエンマにアイデアを求めたが、魔封環を使ってしまったコエンマは困ったように幽助を見た。
「それに洞窟の途中でもかなり魔封環の力を消費したしな」
どういうことだ、と幽助が問うと、コエンマをは見た。
「じゃあ、天沼を助けるために」
仙水は笑った。
「計算通りだ」
魔封環を無駄遣いさせるつもりだったのだと。コエンマは、何故魔界に来ることを望んだのか問うた。
「魔界は、魔界は俺がわけもわからずに殺してきた妖怪たちの故郷だ」
「小さいとき、ずっと不思議だった。どうして自分にだけ見える生き物がいるんだろう。どうしてそいつらは自分を嫌っているんだろう。どうして自分を殺そうとするんだろう」
それはも思ったことだった。左京に引き取られる前、妖怪という存在を知らなかった。あれはいったい何なのか。何故自分を狙うのか。わからなかった。
「答えがわからないまま戦い方だけうまくなった」
自分は正義の戦士で、妖怪は悪者なのだと思っていたのに、守ろうとした人間は最低の生き物だったのだ、と仙水は語った。左京に出会わなければ、自分はこうなっていたのだろうか。は仙水を見た。
「自分のやって来たことに疑問が生じたとき、それじゃ今まで殺してきた妖怪たちはどうなるんだと思って、無力感に襲われた。そうなったら、是が非でもここにきたくなって。彼等の故郷にこれてよかった」
仙水は、ふと笑った。
「本当の目的は、魔界で死ぬこと。それも妖怪に殺されて死ぬ事さ」
仙水は、最後に戦いを楽しいと思えて嬉しかったと幽助を見た。
「ありがとう」
仙水と目が合って、は動けなくなった。
「」
ハッと息をのんだ。
「君と実際に会えたことも、嬉しかった。残りの時間が少ないとわかった時、君と話をしてみたいと思った」
幽助と蔵馬はちらりと黙ったままのを見た。
「だが、会ってみたいと思っても、話してみたいと思っても、そばに近づいても、なんと声をかけたらいいのか、わからなかった」
まるで青くさいガキのようだろ、と苦笑を浮かべた仙水に、は戸惑いの色を見せた。
「浦飯の関係者だと知って、これがチャンスだと思った。君に知り合いに似ていると言われて、君の興味を引けたことに心が躍った」
笑い話だと告げる相手の呼吸が徐々に軽くなってきたことに、は気付いた。
「せんすい」
名前を呼ばれた仙水は嬉しそうに笑った。
「もっと、話したかっ、た」
目をゆっくりと閉じた。体から力が抜けたのがわかり、はハッと息をのんだ。雷が近くで鳴った。
「忍」
コエンマは震えるように呼んで、そばに寄ろうとした。
「近寄るな」
樹がそれを止めた。
「もう十分だろう。いい加減、忍を休ませてやれ」
樹は、仙水の望みを語りながら、仙水のそばに膝をついた。
「忍の魂も少しは救われるだろう」
樹はを見上げた。
「忍はお前に惚れていたんだ」
「なに、いって」
樹の言葉に、は目を見開いた。
「忍の世界が変わったあと、あの男のことを忍は調べた」
『義理の娘がいるらしい』
「いつか使えると思って、最初は調べていたんだろうな」
ふと樹は笑った。
「いつのまにか、忍はお前をあの男とは切り離して見ていた」
『今日は、学校のやつらと遊んでいたよ』
『妖怪に襲われたが、怪我なく倒していた』
『ゲームもやるらしい』
『ずいぶん強くなったようだ。刀がきれいに具現化できていた』
「お前に近づきたくて。でも、拒絶されるのが怖くて」
『話をしたんだ。俺は知り合いに似ているらしい』
「自分から誘いに行くわけではないのに、そばにいる人間に嫉妬すら覚えていた」
『奴を殺したのは、浦飯たちなのに。笑いながら、あいつらと話していた』
「お前の話をする忍は、少年のようだった」
は仙水へ視線を向けた。人間を憎む男が、人間に恋をした。妙な話だ。
「私がどんな人間か知りもしないのに」
「ああ、だが、人間ではよくある話だろう」
小さく笑った樹を見たあと、再び仙水へと視線を落とした。人間を憎む男が、一番人間らしかった。滑稽な話だ。
「忍は確かに救われた」
憎しみの嵐の中、穏やかな時間をわずかでも見つけられたのだ。
「のおかげでな」
樹の後ろに亜空間への入り口が開いた。ハッとは、樹を見た。ふわりと仙水の体が宙に浮いた。
「なにをする気だ」
コエンマが問うた。
「俺が死んでも霊界には行きたくない。これが忍の遺言だ」
樹は仙水の体を抱いた。
「忍の魂は渡さない」
スッと亜空間へと二人は入っていった。
「お前たちは、また別の敵を見つけ、戦い続けるがいい」
樹がを見た。ちいさく口だけを動かして告げられた言葉には目を丸くした。
本当は俺も、もっと話したかった
UP 04/14/14