生を選ぶか。

死を選ぶか。



【虎とのコーヒータイム】



「コーヒーでいいかね?」
「ええ」

コーヒーの香りしかしない部屋で、お願いします、と笑みを浮かべる。
アンドリュー・バルドフェルト。実際に会ったのはずっと昔の話。『話の通じる』男で良かったと思う。でなければあの場でキラがどうなっていた事か。

・・・」

小さな声で私を呼ぶキラを安心させる為に手をとんとん、と軽く叩く。二つのマグカップで出されたコーヒーを礼を述べてから飲む。結構濃い味のそれはキラの口には合わなかったらしい。顔がひきつっている。

「さて・・・。元気にしていたようだね、
「貴方も、相変わらずのようですね」
「そうだね。特に変わりはないかな。まあ、消えた人間が突然現れたと言うのは変わった事かな」

コーヒーを飲む相手に私は苦笑しそうになる。

『消えた人間』

死んだ人間、と言わなかったという事は、私が生きている事を信じていたのだろう。本当にこの男は昔から鋭い。知らないふりをして真実を裏で調べたりしている。『猫』を被った、というにはあまりにも可愛い表現で似合わないかもしれない。本当に、『虎』を被った、と言ったほうが適切ね。馬鹿な上の人間には、彼が何を考えているのかは、絶対にわからないだろう。

「君が教えたわけではないだろうね」

キラを見ながら私に問う。

「君が教えたならば、あんな戦い方はしないだろう」

キラがビクリと肩を揺らす。

「彼の戦闘データはとても面白い」

それはそうだろう。キラは戦闘訓練を受けずに自分でOSを書き換えて乗ったのだから。『奇妙なパイロット』とキラを呼んだ相手に私は本当に感心する。
突然、トントン、とドアがノックされてゆっくりと開いた。

「あら、まあ」

ドアに来たのは薄緑色の可愛いドレスを来たカガリだった。男の子のような格好から突然変わったカガリに驚いたキラが呟いた。

「おん、なの、子・・・?」

女の子に対して失礼な言葉にカガリはもちろん、今までなんだと思ってたんだ、と怒鳴った。

「いや、だったんだな、って・・・」
「同じじゃねえか!」

そんなやり取りにカガリを連れてきたアイシャもバルトフェルド隊長も笑った。私も思わずクスクスと笑った。

「似合ってるわ。とっても可愛い」

そう言うとカガリは照れたように、そうかな、と呟く。もちろん、と答えて座るように促す。

も着替えない?」
「今日はやめておきますよ」
「そんな事言わないで」

せっかくなんだから、と舌足らずで高い声のアイシャに苦笑する。すると突然腕を力強く握られた。掴まれた腕の先にはカガリの手。

「昔の知人なの」

その言葉にカガリは目を丸くして『砂漠の虎』を見た。いい目をするな、と笑みを浮かべる相手をカガリは睨んだ。

「こんなふざけた奴が?」
「やれやれ・・・彼女は『死んだ方がマシ』な口かね」

呆れたような声で言うバルトフェルド隊長にカガリが怒鳴る。さも当たり前かのように怒鳴りつづけるカガリの肩にそっと手を置く。

「悪いな、バルトフェルド。彼女はまだ知らないだけだ」

そう、カガリは『現実』を知らない。

「貴方はどうでしたか?

昔の話し方になった私に、丁寧な言葉遣いで問う。

「貴方も『死んだ方がマシ』な口ですか?」





デジャヴ。





『彼女は、だ』
『初めまして。アンドリュー・バルトフェルドです』
『・・・何を笑っている?』

男は笑った。

『これは失礼。まさか貴方のようなキレイな方が噂の人物だとは思わなくて』
『噂?』
『ええ』

怪訝な顔を向けても尚男は笑みを浮かべたまま。

『戦った相手は全滅だと言われる最強の『零の暗号サイファー』』

男は作り上げられた笑みを浮かべたまま問うた。

『貴方は『死んだ方がマシ』だと思いますか?』
『・・・・・・』

『無駄だとわかりながら貴方に立ち向かっていった者達のように』








「俺は貴方からあの時の答えを貰っていない」

何も言わないまま私はバルトフェルド隊長から視線を外さなかった。隣に座るキラとカガリの視線が痛い。


『貴方はどう思う?』

若い男に問い返すと彼は困ったような笑みを浮かべた。



「貴方はどう思う?アンドリュー・バルトフェルド」

不安そうな二人の視線を気にしないように以前よりも年を取った相手に問い返す。するとバルトフェルド隊長は苦笑した。

「質問を質問で返すのは、卑怯だと思うな・・・」
「そうですか?」

ニコリと笑みを浮かべると強張っていたキラの体が少し和らいだのがわかった。けれど新しい問いかけにそれもすぐ強張る。

「戦争は、どういう時に終わったという?」

バルトフェルド隊長の問いかけにカガリとキラが目を大きく見開いた。ルールがあるわけじゃない戦いに終わりなどあるのだろうか、と問いかける相手にキラ達は何もいえなかった。

「やはり敵軍が全て死んだ時かね?」
「ッ・・・・・・!」

そっとキラに目をやると呼吸を忘れたかのように呆然とバルトフェルド隊長を見ている。それが戦争だ、と割り切れていなかったのだろう。キラが傷ついているのがわかって、心が痛む。あまり長く居すぎるのはよくなかったかもしれない。キラはまだ割り切れていないのだから。ぎゅっとキラの手を握る。

「貴方はどう思う?戦争はいつ終わると思う?」

今度は私への問いかけ。まっすぐ問う眼を見て、微笑みを浮かべて答える。

「それを探す為に私は此処に居るんですよ」



真実を見極める為に。




UP 09/09/05