【零との出会い】
「何をしている?」
一人で立っていた私に話しかけてきた幼い少女。
それなのに大人のような威厳を持っていた。
「聞こえなかったか?」
眉間に皺を寄せて睨んだ少女に困惑した。
こんな子供が何故、プラントの軍施設の中でもごく僅かな人間しか許可されていない区域に居るのだろうか?
「此処は関係者以外立ち入り禁止だ。」
美しい青緑の瞳が私を真っ直ぐと見る。
普通の子供ではない。
そして、記憶の奥からある話を思い出した。
生きたプラント最高兵器、『零の暗号』。
最高議会の議員でありながら滅多に顔を見せない謎の『暗号』。以前聞いた話ではとてつもなく戦闘能力に長けているとか。ある噂では化け物のような外見だとか。別の噂では機械で出来たアンドロイドだとか。
まぁ、噂は当てにならないものだからな・・・
「実は今回始めてここに来るんだが、許可はちゃんと得ている。」
「IDは?」
やはり、というべきか。軍という環境でよく教育されている。
しかし、私はクラインさんに呼ばれたから此処に居るんだが話を聞いていなかったのだろうか?
「デュランダル君。」
聞きなれた声に振り返ると、私を呼んだ人物が立っていた。
「クラインさん。」
「シー・・・クライン。」
やあ、とクラインさんは親しげに少女に挨拶した。
「君はまだ会っていなかったね、デュランダル君。」
彼女が噂のサイファーだよ、と笑みを浮かべて次期プラント議長は笑った。
「噂とはどういう意味だ、クライン?」
「先日デュランダル君は君の話を聞きつけて私に聞いてきたんだよ。」
自己紹介をすると小さな少女は、・だ、と自身の名前を告げた。
そしてクラインさんは、固いな、と苦笑した。
「もう少し気楽にすればいい。デュランダル君は安心できる男だ。つまらない事で文句は言わない。」
何の話だろうか、と私が首を傾げるとサイファーの表情が急に変わった。
「・・・貴方がそこまでいうなんて珍しいわね、シーゲル。」
「そうか?」
まるで親しい友人のような口調と穏やかな少女の表情に驚いた。
「噂になっているかどうかは知りませんが、私がその『零の暗号』でしょう。」
噂とはかけ離れた穏やかな口調と表情。
「・・・お会いできて、光栄です。」
私の言葉に私よりもずっと小さな体はくすくすと笑い震えだす。
「そんなに緊張しなくても。私は初対面の人間に噛み付くような人間じゃないんですけど。」
「え、いや・・・」
議会に関係する人間らしくもなく、思わずどもってしまった。すると彼女は更に笑った。
「まあ、仕方ないでしょう。こんな子供が議会の裏に居るなんて誰も思わないでしょうしね。」
自分を子供と形容しているが、彼女の態度は全く幼い少女のものではない。
美しい青緑の瞳は意志の強さを物語っている。
「それでは私は失礼します。」
「あ、はい。」
小さく頭を下げた相手に倣って頭を下げる。
「それじゃあ、シーゲル。」
「ああ。議会でな。」
ええ、と答えた彼女が歩き出すとクラインさんが呼び止めた。
「何?」
「ラクスがまたお前に会いたいと言っていた。伝言を頼まれていてね。『また一緒にケーキをたべたいです』だそうだ。」
クラインさんの娘のラクスとも面識があるのか。
「そうね。ラクスに伝えておいて。『是非』と。」
綺麗な笑みを浮かべて答えた彼女は静かにまた歩き出した。
「不思議だろう?」
「ええ・・・」
未だに彼女の後姿を見つめるクラインさんに頷く。
『零の暗号』と呼ばれ、戦闘能力に長けているあの少女は、戦争に賛成なのだろうか。
そうならば彼女は私達とは反対意見だということだ。
「彼女は確かに軍人としてここにいるが戦争は嫌いらしい。」
まるで考えている事が聞こえたかのようにクラインさんは苦笑した。
「むしろ戦争になっても人を殺す事を避けたがる人だ。」
だから余計辛いんだがね、と悲しそうな眼のクラインさんに同意するように頷いた。
そして沈黙の間、私達はもう姿の見えない少女の後姿を見つめていた。
―――これが私の『零の暗号』との出会い。
UP 12/21/06