びしょぬれのケンカ仲間を抱えて帰って来た兄に、ぎょっとした。相変わらずのバカ力だ。後ろから蔵馬さんが入ってきた。

「なにごと?」
「悪ぃけど、おめーも、こいつらの手当て頼むわ」

幽助はそう言うと、自分の部屋へ行った。面倒事はまだ終わってないらしい。蔵馬さんは、和真君の手当てを始めていた。とりあえず、一番そばにいた人の黄色いパーカーとシャツを脱がせた。

「あ、ちゃ――」
「げ」

蔵馬さんが止めようとする前に、大きな傷跡を腹部に見つけて思わず声が出た。古傷ではない。刀傷に見える。

「俺がみるから」

ぐいと肩をひっぱられて驚いた。振り返ると、少し慌てた様子の蔵馬さん。不思議に思って、その男の子を見てみる。見覚えがない。少し癖のある金髪。とりあえず、和真君のお友達トリオのびしょぬれのシャツとズボンを脱がせて洗濯機に投げ入れた。よし、擦り傷に消毒液を塗ろう。

「まだ厄介事解決してないんですね」

とりあえず体をお湯で濡らしたタオルで拭いた。あちらこちらに傷と泥がついてる。

「ちょっとね」

困ったような声で蔵馬さんが答えた。

「その人、だれですか」

シャワー浴びるとき、痛そうだな。消毒液をつけたら、桐島さんの眉間にしわが寄った。意識がなくてもしみるらしい。

「うーん」

困ったような声で蔵馬さんが唸った。きっと巻き込みたくないから、言うべきか迷っているのだろう。それか幽助に口止めされているのかもしれない。
いつもはわけのわからない出来事に巻き込まないようにとしている幽助が、今回は家に怪我人を連れて来たのだ。多分、私もなにか手伝うことになるのだろう。

「どうだ、蔵馬」

着替えた幽助が戻ってきて、蔵馬さんに和真君の調子を聞いた。大丈夫だろう。蔵馬さんの言葉に安心した。

「で、説明してくれるんでしょ?」

今度は、大久保さんの腕の傷に消毒液を塗った。うう、と唸り声が聞こえて、ぱっと手を引いた。黙った。太ももにはナイフで刺したような傷がある。これはしみそうだ。

「何をだよ」
「状況」
「んで、おめーに説明しなきゃなんねーんだよ」

かちんときた。

「へー鍵忘れたからって、夜中にチャイム鳴らして入れてもらって、びしょぬれの怪我人連れてきて、床びしょびしょにしておいて、怪我人の手当てしろって言っといて、説明はしないって?蛍子ちゃんみたいにばちーんって顔面ひっぱたいた方がいいのかな?そうすればバカな頭が治るかもしれないよね?あ、無理か。だって死んだってバカは治んなかったんだもんね?あれだよね、この床掃除するの誰だと思ってるのかな?え、幽助がしてくれるの?どーせ余計汚くするか、フローリングに傷つけるかしか出来ないんだもんね。余計仕事増やすだけだよね。っていうかさ、それだったらあれかな、これからは夜中過ぎたらチャイム鳴らしても出ないってことにしようかな?そうすりゃ、私はしずかーに休めたわけだよね。床も汚れなかったし、怪我人の手当てもしなくて済んだし、面倒事に巻き込まないためっていいながらすでに巻き込んでるのがわからないバカの相手しなくて済むんだもんね」

大久保さんの手当ては続けたまま息継ぎもせずに言うと、幽助が固まった。蔵馬さんはささっと見慣れない人の手当てに入った。

、わ、わりぃ」
「何が?何に対して謝ってんの?不良の兄がいるって皆から腫れもの扱いされたこと?子供かばって事故死とか不良らしくない死に方してびっくりさせたこと?幽助が死んでショックでいっぱい泣いてたから?生き返ってびっくりさせたこと?なんかわけのわからない怪我して帰って来たこと?突然変な操られてるような人間に襲われたりしたこと?霊界探偵とかいうのになったから、なんかわけわかんないトラブルが増えて私が玄海おばあちゃんに鍛えてもらうことになったこと?勝手に私のバームクーヘン食べたこと?暗黒武術会に出るってぼたんさんに聞かされて、蛍子ちゃんが行くとか怒りだしたから仕方なくボディーガードがわりに私が皆についていくことになったこと?突然久しぶりのケンカだとかわくわくしながら行ったと思ったら実は誘拐されてたとかいう間抜けな事態になってたこと?わけわかんない虫が飛んでるなーとか思って家に帰ってきたら、なんで蛍子のそばにいねえんだ!って八つ当たりみたいに怒鳴ったこと?突然夜中に帰ってきたこと?床びしょびしょにしたこと?怪我人の手当てさせたこと?」

一体何に対して謝ってるのかと問えば、めいっぱい目を泳がせてから幽助が答えた。

「ぜ、全部!わかったから!説明するから!」

許してくれ、と土下座をした幽助をちらっと見た。蛍子ちゃんより陰湿だとか余計なこと思ってるな。ずっとたまっていたことが言えてすっきりしたので、とりあえず、よしとしよう。
沢村さんの怪我の消毒を始めた。で、と促せば、床にこすりつけるように下げていた頭を上げた。

「あー、今穴を開けたいやつがいて」
「穴?」
「魔界へ通じる穴」
「ふーん」
「で、そいつには能力者の仲間がいて」
「能力者?」
「色んな能力を持ったやつら」
「だから、色んなってなに?妖怪なの?」
「いや、普通の人間」

普通だったら色んな能力とやらを使えないじゃないだろうか。頭の悪い兄を持つと苦労をする。

「もっとわかりやすく説明して」

うあー、と頭を抱えた幽助が蔵馬さんを見た。

「蔵馬、助けてくれ」

包帯を巻きながら蔵馬さんが助け船を出した。

「蟲寄市に住んでいる人間たちの中に、さまざまな能力を開花させた人たちが出てきたんですよ。能力者と言っても、本当に多種多様で。例えば、言霊を操る人、人の見た目から記憶までコピーする人、考えてることを読める人とかですね。そんな能力者を集めた男が、魔界へ通じる穴を開けようとしてるんです。その穴が開けば、人間界に妖怪が溢れてくる。そこで、その穴が開くのを阻止しろ、というのが今回の霊界からの指令なんです」

さすが蔵馬さん。説明がうまい。

「そして、先ほど桑原君が能力者の一人に襲われたようなんです」
「なるほど」

和真君のお友達トリオは巻き添えになったってことね。
一通り、手当てが終わって、洗濯機から乾燥機へ移した服が乾いたことを知らせるブザーが鳴った。私はそれぞれの服を持ってリビングへ戻ってきた。風邪をひくような人たちじゃないが、とりあえず幽助に着せるように言った。蔵馬さんは、治療した二人を幽助の部屋へ連れていった。

「うう・・・」
「あ、大久保さん」

目を覚ました大久保さんに驚いた。

「桑原さんは!!」

突然叫んだ相手が腕を掴んできて、びっくりした。どうどうと落ち着かせた。

「だいじょうぶですよ。ここ、家だから。今、くら、南野さんが手当てしてくれたので、静かに寝てますから」

いびきかいてるから、静かとは言えないかもしれないけど。

「あの化け物は!?」
「ばけもの?」

首を傾げて、ちらりと幽助と蔵馬さんに視線をやる。二人がこちらへ近づいた。

「水のばけものだ!黄色いパーカー着た野郎が、突然出てきて!でけえばけもんが出てきて!」

興奮している大久保さんを落ち着かせるように蔵馬さんが、肩に手をおいた。

「俺らが殴りかかっても、全然だめで!」

大久保さんの声が原因でか、沢村さんと桐島さんが目を覚ました。二人も一緒に興奮しながら起きたことを話し出した。

「沢村がでけえばけもんに捕まってて!」
「野郎が出てきたんだ!」
「御手洗清志って野郎だ!」
「ああ、そうだ!シーマンとか言ってた!」
「野郎が、ばんそうこう外して、血垂らしたら、なんか水がばけもんになったんす!」
「俺ら、殴りかかったけど、全然きかなくて!それどころか殴られて!」
「なんか、そしたら、殴りかかったら、そのまま中に入っちまって!それが水で!」
「苦しくて!おぼれたとおもってたんす!俺、気ぃ失っちまって!」
「桑原さんも俺らと同じようになって!」

三人の話を要約すると、一緒に出かけてた四人の前に、突然黄色いパーカーを着た男が現れて、水の化け物を召喚したらしい。見慣れない人はどうやら敵の能力者だったと。道理で蔵馬さんが慌てて私を止めたわけだ。

「なんですか、それ」

蔵馬さんが取りだした植物を指した。

「彼等は今日のことを忘れる」

世の中には色んな植物があるんだなあ。多分人間界の植物じゃないけど。
再び意識をなくした三人を蔵馬さんと幽助がそれぞれの家へ連れていくことになった。私は留守番。
幽助の部屋に入って、和真君の熱をチェックする。ない。痛みに苦しむ様子もない。がーがーといびきをかいている。
反対側にあるベッドを見る。

「みたらいきよしくん。お熱、測りますよー」

一応小さく呟いた。おでこを触った。熱はない。
まつげが男の子の割には長い。結構きれいな顔だと思う。起きているところを見たことがないから何とも言えないけど。
とてもじゃないが、人間界を壊そうとしているやつに加担している悪者には見えない。

「じゃがいもは、バターで食うんだよ!ばかやろー!・・・むにゃむにゃ」

突然和真君の大きな声が部屋の中を響いた。一体何の夢を見てるんだ。
和真君の寝顔を覗き込んでみた。大きく開いた口の端から、よだれが垂れている。あほ面だ。おでこに肉って書きたくなるな。もしくは、ほっぺにうずまきか。

「ううう・・・」

ハッと顔を上げて、ベッドを見た。うなされている。眉間にしわが寄っている。すごい汗だ。汗をふくためのタオルを取りに行った。

「怖い夢でも見てるのかな」

額に浮かんだ汗を拭いた。とんとん、と小さいときに母さんがあやしてくれたように、胸の上でリズムを刻んだ。

「大丈夫だよ。ここは安全だから。怖いものなんかないよ」

小さい子をあやすように、囁いた。唸る声が止まった。



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UP 04/18/14