−SCENE 30−

−ブルージーニアス−





先輩の髪って、染めてるんすね」

乾が持ってきた古い雑誌を見ながら言われたリョーマの言葉に、は、ええ、と頷いた。そして、部屋から出て行った。まずいことでも言ったのだろうか、とリョーマは僅かに焦りを感じた。
深い意味はなかったのだ。ただ、その髪が雑誌のように濃い茶色で、目もコンタクトをしていなければ、自分は憧れていた人物に気付けていたのだと思った。
が戻ってくると数冊の雑誌を手にしていた。

「奏楽です」

音楽雑誌の表紙に写っている男は、男にしては長い髪で、青い髪をしていた。

「うわーイケメン!」
「ともちゃん・・・」

かっこいい男に目がない友人を呆れたように桜乃は見た。
リョーマは、なるほど、とその雑誌を見てが髪を染めてる理由を悟った。

「かっこいいね」
「演奏も、素敵でした」

がちいさな笑みを浮かべて言った。自慢だった。だが、奏楽が亡くなってから、その話をすることはなかった。奏一だけではなく、徹たちも、に気を使って、その話題を避けた。あんなに避けていた話題なのに、今は穏やかに話すことが出来ている。は内心驚いていた。

「Blue Geniusね」

リョーマが英語の雑誌を読みながら呟いた。

「ん?ブルージーニアス?」
「奏楽は、髪を青く染めていたのと、よく青い服を着ていたので、そう呼ばれていました」

が説明すると、菊丸が不二を見た。

ちゃん」
「・・・考えているとおりですよ」

は苦笑を浮かべた。

「MIRAGEの楽曲は、奏楽が作曲したものです」
「え!MIRAGEって、あの人気バンドの!?」

驚いたように桃城が声を上げた。

「でも、今も新曲出てるよね」
「彼が書きためていたものです」

少しさみしそうな微笑みに、切なくなった。

「で、その人がいないから、髪染めたわけ?」

ずばっというリョーマに、おいおい、と小さく桃城が咎めるように呟いた。

「そうですね。私は、私の罪を忘れないために、染め始めたのかもしれません」

その言い方に、菊丸とリョーマは不満そうな表情を見せた。海堂も、眉間にしわを寄せた。

「自分のそばにいるような気がするとか、もうちょっと可愛いいいかたしないわけ?」
「ああ」

リョーマの言葉に、そういう感情もあったのかもしれないとは思った。

「そうですね・・・そういう理由もありましたね」

は小さく笑んだ。

「でも、別に必要ないでしょ」

え、とはリョーマを見た。

「アンタは、どんなことがあっても、そいつを忘れたりしない」

髪の色がどうとか本当は関係ないだろうというリョーマには、その通りだ、と苦笑した。



☆★☆ ★☆★ ☆★☆



先輩!?」
?!」

テニスコートへついた人間はぎょっと皆目を丸くした。
マネージャー兼コーチである、青い髪で有名なが、髪を普通なダークブラウンに染めてきたのだ。
そんなに驚くことだろうか、とは皆が皆同じリアクションをみせるので首を傾げた。

「似合うじゃん」
「おはようございます、越前君」

後ろからかけられた声に、は振り返りながら答えた。小さく微笑んでいる相手に、リョーマは嬉しくなった。その髪を染めるきっかけを与えたのは自分だからだ。

「そっちのがいいじゃん」
「ありがとうございます」

ふわりとが笑い、どきりとリョーマは自分の心臓がなるのがわかった。

「似合うよね」

不二の言葉に、は再び礼を言った。突然後ろから現れた不二に、リョーマは口をとがらせた。

「堅さもとれて、いいんじゃね?」
「てめーは、軽すぎんだよ」
「んだと?マムシ!」
「聞こえなかったのか?」
「二人ともやめろ!」
「ほら、海堂も桃も手離して!」

桃城と海堂が少し離れたところで言いあいを始め、大石と河村は二人を止めていた。それを見て、はどこか心の奥でホッとした。

のせいでまーたケンカしてるにゃ。が止めて来いよー」

菊丸は頭の後ろに手を組んで笑った。は、私のせいですか、と困ったように菊丸を見た。うしし、と笑っている姿からそれが冗談であることは明らかだ。

「まあ、髪が青くなくたって、うちのジャージは青いからね」

不二が何を言おうとしているのか理解できずは首を小さく傾げた。

「第二のBlue Geniusは健在、ってね」

ふふっとは笑った。その笑顔は今まで見たこともないほど楽しそうで、周りで様子を見ていた者たちもその動きを止めた。


「その天才がコーチしてるんですから、目指すは全国、ですよ」


おおおお、と大きな掛け声が、雲一つない青空へ響いた。




29−オッドアイクイーン  あとがき



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