−SPECIAL SCENE−
−MS. SANTA−
−前編−
「おはよう。先生」
突然の声に振向くと少し前に入院した男が起きていた。
奏一がテニストーナメントに出ると言うから一緒に来た日本。私はテニスの大会にもう出たくは無かった為、奏一の父、奏治叔父様の病院で働く事になった。今までも何度かこの病院では特別医師として日本に帰ってくる度働いていた。
そこで院長の叔父様に頼まれた患者の一人。穏やかな笑顔を浮かべる彼は、幸村精一と言う名前。
「おはようございます、幸村さん」
私は、正直、彼が苦手だと思った。私の表面上だけの笑顔に気付いた彼の前では、もう取り繕いだけの顔はいらない。
「調子はどうですか?」
「昨日より大分いいみたいだよ」
「それは良かったですね」
ギラン・バレー症候群に似た症状の彼が自分でベッドの上で起きられたと言う事はいい事だ。
ウィルスが原因だろうという仮説しか原因が知られていないギラン・バレー。手足が痺れて動けなくなったりするのは良くある事で、酷い時には呼吸さえままならない。
彼のカルテを見た時は本当に驚いた。年齢は関係ないのはわかっていたけど、彼は私より一つ上だというのだから。本当なら、普通の中学生のように騒いだり、遊んだり、学校に行っているはず。特に今は日本では冬休みだと小児科で患者の姉が言っていた。
心拍数を図ろうと手を出すと、すんなりと彼は左手を出した。昨日よりは大分落ち着いているようでホッと息を吐いた。ついこの間夜中にICUに運ばれたと聞いていたけど大分落ち着いたみたいだ。
「先生って呼ぶのも何だか不思議だね」
「何がですか?」
「先生って名前でも余所余所しい感じがする」
うーん、と少し考える素振りを見せる幸村さんに戸惑った。こんな風に突然何を言うかわからない彼が私は苦手なんだ。
「ちゃん」
「はっ・・・?」
「そう、ちゃん。こっちのがいいな」
うんうん、と一人で頷く幸村さんに私は呆然と彼を見るだけだった。
彼の中で私の呼び名はちゃん付けに勝手に決められたらしく、それでちゃん、と新しい話を始めた。
「もうすぐ、クリスマスだなんだよね」
「クリスマス?・・・ああ、そうでしたね」
「ちゃんはどうするの?」
「クリスマスですか?」
「そう。っていうか、それ以外ないと思うんだけどな」
苦笑を浮かべられても表情を変えず、私は病院に居ますけど、と答えた。
奏一は、テニスのイベントに出るように頼まれていて。惺と静琉は、クリスマスコンサートを開くように頼まれていて。徹は、双子の妹と弟達に見に来るように頼まれていて。どうせ過ごす相手が居ないのだ。
「そうなんだ。じゃあ、絶対クリスマスに俺の部屋に遊びに来てよ」
「クリスマスじゃなくても、来るじゃないですか」
普通の医者と違う私は自分で頼まれた数人の患者のところを廻ってる。だから、この病室には絶対来るだろう。考えがわかったのか、そう言う意味じゃなくて、と笑われた。
「診察の為じゃなくて、遊びに来て欲しいんだ」
私は驚いて幸村さんを凝視した。幸村さんと私が会ったのは少しの間だけ。しかも彼が、本当に笑っていない、と言ってから私は彼の前で笑顔なんて見せていなかった。
「さすがにクリスマスに一人は寂しいからね」
「ご家族が、居るでしょう」
「俺は欲張りなんだ」
幸村さんが、ニッコリ笑った。
「友達ともクリスマスを過ごしたいんだよ」
驚いて幸村さんを見ると優しい笑顔のまま私を見ていた。するとドアから、先生、と看護婦の声がして私は立ち上がった。
「先生、院長がお呼びです」
「わかりました。・・・・・・それでは、幸村さん、お大事に」
軽く頭を下げて、さっきの言葉の返事をしないで私は部屋を出た。
あんな事を言われても私にはどう対応したらいいかわからない。『友達』なんて事を言われたのは、私には本当に珍しい事だ。
院長室の扉をノックすると、どうぞ、と優しい声が聞こえた。失礼します、と軽く頭を下げながら入ると、院長は苦笑いを浮かべていた。
「婦長に聞いたんだけどね」
「はい?」
「先生はクリスマスに病院で働く、って」
質問をしながらも椅子に座るようすすめられ、従った。
「はい。イヴから此方で過ごそうかと」
過ごす、という単語は間違ってるのかもしれないけれど。いくら私の実年齢が子供でも、実際は仕事なんだから。すると院長は複雑そうな笑みに変わって、奏一君は、と問うた。
「奏一様はテニスのイベントだと、おっしゃっていましたが」
私の口調が嫌だったのか、院長は私の名前を呼んだ。
「ちゃん」
「はい。何でしょうか?」
「ちゃん」
もう一度私の名前を呼んだ院長に、叔父様、と問い掛けた。すると満足そうに奏一に似た笑顔で笑った。
「奏一君はちゃんに来て欲しかったんじゃないのかな?」
「テニスのイベントですから・・・」
「やっぱり嫌かい?」
「すいません」
謝ると叔父様は、うーん、と唸ると頭を掻いた。
「なんだか病院に縛り付けてるみたいで、悪いなぁ・・・」
「私の意思ですから。叔父様が気にする事ではありません」
やはり奏一達の優しさは家系か、と時々思う。けどそんな事を言ってしまうと私も一応彼等と血が繋がっているから、違うと思う。
「それに、仕事ですから」
少し笑みを見せてみると少し悲しそうな眼で見られた。叔父様や奏一は時々この眼を見せる。私には、その原因がわからない。わかっていたら、そんな顔をさせたくは無いのに・・・
「まぁ、最近じゃあ患者と仲良くしてるみたいだし。クリスマスに一緒に居るのもいいか」
婦長辺りに話を聞いたんだと思う。
最近小児科の子供たちだけでなく、幸村さんが私をナースコール等で呼び出す事を。・・・正直、迷惑だからやめてもらいたいんだけど。私の困った顔を見ると叔父様は笑って、それじゃあ怖い先生が怒ると困るから、と院長室を出て行った。一人残された私は叔父様の出て行ったドアを唖然として見ていた。
「誰が、怖い先生ですか・・・・・・」
従兄と似た笑顔を思い出し、苦笑を零した。
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