何故こんなことになっているのだろう、と自身の状況をもう一度思い返してみる。
しばらく帰っていなかった実家からたまには帰って来いと言われて、その通りにしてみればだまし討ちのような見合いが待っていた。でも、まあ十三番隊の三席である自分が、相手がそうとうな上流貴族ではない限り、断れないことはないだろう、と思って大人しく母上に従った。そうだ。そうそう三席という地位にいるような女を簡単に娶ろうなんて者はいないだろうと思ったのだ。やめるつもりもない私を、受け入れる人間なんてそんなにいないだろうと思った。甘い考えだったかもしれない。だけど、まさか、こんな事態を予測できた人間なんて、いるだろうか。
まさか、見合いの相手が、あの、六番隊の朽木隊長だなんて――



さくらさくさくらのせい
                                   



書類の束を見ながら、そろそろ休憩にしよう、とは両腕を上げ体を伸ばした。

「今日中に終わりそうね」

ふう、と息を吐いて外を見ると桜の木が目に入り、二日前の出来事を思い出す。失礼なことはしなかっただろうか、と自身の行動を思い返してみる。十三番隊三席として、他隊の隊長に失礼をして隊同士の関係が悪くなっては困る。家よりも隊の心配をするは、目を閉じた。



部屋の中に入ってきた瞬間に我が目を疑ったは、僅かに目を見開いたが、すぐに微笑みを浮かべた。そして、しばらく自身の母親と白哉の付添いの会話を静かに聞いていた。そして、二人にしましょう、というどちらかの言葉で部屋の中にはと白哉の二人だけとなった。口数の少ない白哉と二人きりになってしまったは特別話題も浮かばず、部屋は静かなままだった。その沈黙を破ったのは、意外にも白哉だった。

「・・・兄には、想い人がいるのか?」
「は?」

あまりに突然の質問には一瞬間抜けな声を出してしまったが、慌てて答える。

「あ、い、いいえ。そのような方はおりません」

再び微笑みを浮かべてが答えると、そうか、と白哉は呟き、桜の咲く庭へ目を向けた。それに習っても外へ目を向けた。それからの母と白哉の付添い人が戻るまで、言葉が交わされることはなかった。



会話らしい会話を交わしてはいない、と改めて思ったは、おそらく何も失礼なことはしていないだろうという判断に至った。そして、はあ、とため息を吐く。相手が隊長な上に、四大貴族の朽木家となれば、見合い話は鏡家から断るわけにはいかない。は気軽に見合いを受けてしまったことを後悔していた。

「ルキアになんて言えばいいの・・・」

自身の部下であり、白哉の義妹のルキアは、十三番隊内では本物の姉妹のように見えるほどの仲だ。それは今は亡き人への誓いでもあった。貴族に拾われながらも、心のよりどころを探していた少女に、愛を教えていくと。入隊してきたころは人と距離を取っていたルキアも、今は名前で呼び、現世任務から戻ると抱きしめて、おかえりなさい、と言うほど慕うようになった。そのルキアがこの見合い話をどう思っているのだろうか、とは不安に思った。

「きっと、聞いてないのよね」

おそらく聞いていればルキアがここに来ているだろう、と思ったはそう呟いた。けれどルキアは白哉との関係が特別良いわけではなかった。ルキアの悩みを聞いていたからすれば、複雑な心情なのだ。
まあ、とは心の中で呟く。相手が見合いを断る可能性もある。むしろそのほうが高いだろう、と思い、無駄に悩むことはないと再び作業へ戻ろうと思ったが、残った書類は隊長が確認しなければいけないもののみだった。その書類を持ち、部屋を出た。

隊舎を歩いていると桜の木が目に入り、は再び頭を抱えたくなった。内心、ルキアに会うのは気まずいので避けたいと思っていたは、部屋から出ないようにしようと考えていたのだが。さすがに浮竹の確認を要する書類なのだからそのままにしておくことはできなかった。ルキアの霊圧がないことを確認しながらの移動は、にとって罪悪感を覚えるものだった。書類を抱えたまま、はあ、と大きくため息を吐いた。

「すごいため息だなぁ」

角を曲がったが顔を上げた先には浮竹が立っていた。

「隊長!起き上がって大丈夫なんですか?」

慌ててが駆け寄ると、ああ、と笑った。

「今日は調子がいいみたいだ」
「そうですか、それはよかったです」
「いつも苦労をかけて、すまないな」
「苦労だと思っていませんよ」

微笑みを浮かべて返された言葉に浮竹は、ありがとう、と礼を言った。

こそ、大丈夫なのか?」

浮竹の問いが自身の体のことを聞いていることに気づいたは、大丈夫ですよ、と答えた。
数日前に現世任務から帰ってきたは、予定よりも遅くに帰ってきた上に、右腕が動かなくなるほどの傷を負った。それももう卯ノ花の手によって治療され、完治している。

「卯ノ花隊長のおかげで、傷跡もありません」
「そうか。よかった」

ほっとしたような浮竹の表情には自身が十三番隊でよかったと改めて思うのだ。

「何かあったのか?」
「え?」

先ほどののため息を思い出し、心配そうな顔をした浮竹を前には一瞬目を伏せた。

「何も、ありませんよ」
「嘘だな」

すぐに返された言葉には困ったように微笑みを浮かべた。そして、なぜわかったのだろうか、と考えるが、すぐに思い直す。

「隊長に、嘘はつけませんね」
「今更だろう」
「そうですね・・・でも、大丈夫です」

きっと特別特徴のない自分を選ばないだろう、と思ったは問題はないと決断した。動揺することはないのだと。そして、最初の目的を思い出し、書類を見せた。お願いします、と頼みながらも、無理はしないでください、と気遣うに浮竹は、わかってるよ、と苦笑してから紙の束を受け取ると、それぞれの仕事に戻った。来た道を戻るに一人の隊員が、三席、と呼びかけた。

「はい、何でしょう?」
「こちらを、家の遣いだという方が、三席に渡して欲しいと・・・」
の遣い・・・」

母親からの文だということに気づいたは申し訳なさそうな顔をして隊員に、礼を言った。

「貴方の仕事じゃないのに、ごめんなさいね。ありがとう」
「い、いえ!それでは、失礼いたします!」

の微笑みを見て僅かに顔を赤くした隊員はそのまま来た道を戻った。受け取った物を開いて、中を確認したは、自身の目を疑った。簡単に母親が嬉しい気分で居るのがわかるくらいうきうきとした文面で。

――二人の婚約が成立した。




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UP 05/08/14