かわいい、かわいい、あなたは、もっとあまえればいい。

桜漬の入った湯呑みに口をつけた。



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                                            san

殿!」

バタバタと足音を立てて走りよってきたルキアを見て、笑んだ。

「おはよう、ルキア。何か緊急連絡があったように見えるから、あまり慌てて隊舎の中を走るものではないですよ」

私の言葉にルキアは顔を赤くして、ぴたりとその場に止まり、早足で歩いた。

殿!」
「一番に会ったら挨拶、でしょう?」
「・・・おはようございます」

それは母や姉が娘や妹にしつけるような口調で、それにすねるような挨拶が返された。それすらも可愛らしいなと思ってしまう。ふふ、と笑い、おはよう、と再び返した。

「あの、殿――」
「お茶にしましょう」

背に手を回され、ルキアを促すように部屋に入った。そして、聞きたいことがたくさんあるのにそれができず、うずうずと私がお茶とお菓子を用意するのを待っている。

「はい、どうぞ」

いただきます、とルキアは言ったのに、目の前のお茶にもお菓子にも手をつけない。

「あの、に、兄さまと、婚約、されたというのは、本当、ですか・・・?」

途切れ途切れに吐き出された問いは予想通りのもの。ええ、と頷く。

「ほ、ほんとうに!?」
「え、ええ」

ぎょっとしたようにルキアの目が見開いた。驚くルキアに、そこまで驚かなくても、と思いつつも、顔を真っ赤にさせたルキアを不思議に思った。

「あ、あの!」

今にも立ち上がりそうな勢いで前のめりになって顔を近づけるルキア。


「に、兄さまと、お、お付き合いされてたのでしょうか?!」


「は?」

久しぶりにルキアが敬語で告げた言葉に私は間抜けな声を上げてしまった。そして、笑いそうになってしまうけれど、耐えた。

「まさか」

婚約話があまりに急な話だったために、何かあったはずだと思っているのだろう。反射的に答えた言葉だけでは誤解を受けてしまうかもしれない、と思い、続けた。

「貴方にはもっと早くに話すべきだと思っていたんだけどね」

苦笑しながら告げることは、きっと普通ならお見合い相手の義妹に言うことではない。でも、私はルキアに言うべきだと思った。

「この前の休みに、実家に帰ったら、突然お見合いって話になっていて。そのとき、あまりに急なことで。失礼な話なんだけど、その、お見合いの相手を知らなかったのよ」

え、とルキアはきょとんとした。その間も私は話を続ける。

「まさか、あの朽木隊長がお相手だなんて思いもしなかったわ」

よくあの場で声も上げずに耐えたと思う。まあ本人が見合い話を進めるとも思わなかったのだけれど。だから貴方に言う機会がなかったの、と告げると、ルキアの表情が少し青ざめているように見えた。

「で、では、兄さまが無理矢理・・・!」

慌ててルキアの言葉を否定する。

「そうじゃないの、ルキア」

よく聞いて、とそっとルキアの手を握ると、ルキアのまっすぐな眼が私を見る。。

「私は、運がよかったと思ってるのよ?お見合いで結婚なんて貴族間ではよくあることでしょう。まったく知らない人と結婚しなければいけなくなることだってありえる、というよりその方が多い」

それをいつかは、と覚悟していた。下手をすれば尊敬できないような相手かもしれない、と。

「朽木隊長は、とても強くて、仕事もできる。私の尊敬する隊長の一人よ。そんな方と婚約できる私は幸せものよ」

にっこりと笑って、それに、と手をあわせる。

「本当のお姉さんになったら、もっとルキアのわがままが聞けるわ!」

ぽかんとした顔を一瞬した後、ルキアは頬を赤くして、今でもわがままを言っています、と呟いた。

「だから、もっと聞けるでしょう?」
殿・・・」
「あら。お姉ちゃんって呼んでもらえないの?」

わざと悲しい顔を造って見せると、はっとルキアは訂正する。

「ね、姉さま・・・」

その言葉に今まで以上にルキアが近くに居る気がして、思わずルキアを抱きしめた。わ、と驚きの声をルキアはあげたけど、抵抗はしない。大人しく抱きしめられているルキアの頭をそっと撫でた。

「うんとわがままを言ってちょうだいね、ルキア」

はい、と小さく返ってきた答えにはルキアを抱きしめた。



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UP 05/08/14