それでも、私は幸せ者なのでしょう。



さくらさくさくらのせい
                                       



朽木家に嫁いで、は朽木の屋敷に帰るようになった。時には仕事の都合で隊舎に泊まることもあったが。
三人で食べるようになった朝食は、日課のようになった。ルキアは多少緊張するものの、兄と姉と過ごせる時間を嬉しく思った。もしかしたら、自分はそんなに兄に疎まれていないのかもしれない、と思えるほどにその時間は心地よかった。白哉もまた、今まで知らなかったルキアの話や様子を知ることができ、に感謝していた。もまた、三人で過ごす穏やかな時間が好きだった。

「何をしている?」
「あ」

突然かけられた声に、は驚いたように振り返った。

「月を、見てました」
「月?」
「はい」

白哉が空を見上げると、そこは満月ではなく、半分以上欠けた月があった。

「・・・月見酒でもするか」
「月見酒、ですか?」
「ああ」
「では、今、お酒をお持ちしますね」

にこりと微笑みながらが去ると、白哉は空へと目を向けた。月見など、いつぶりだろうか。色々なものに目を向けるに、白哉は感心していた。

「お待たせしました」

そういうとは白哉に猪口を渡し酒を注いだ。ゆったりとそれ口へ運んだ。
その姿をは素直に綺麗だと思った。どんなときも気品のある動作だが、やはり傍で見るとその容姿の良さもあって、純粋に美しいと思う。

「そういえば、今日はルキアを見ていないな」
「今日は、お友達とお食事です」

ふふ、と笑った。以前は、憶測で兄との関係に悩むルキアに安心させるような言葉をいっていたが、今では違う。近くなった今では、の思っていた通り、大っぴらには出さないものの、ルキアをとても大切に思っているのがわかった。そのことにはとてもホッとした。
二人とも不器用なのだ。お互いを気にしていながら、自身から相手に近付くことをよしとしない。そのことは、どうしたものか、と時折苦笑した。

「行かなくてよかったのか?」
「保護者同伴では、若い人は騒げないでしょう?」

くすくすと笑うと、白哉が柔らかく笑んだ。その表情にどきりと心臓が大きくなるのがわかった。は、それを誤魔化すように月へ視線をあげた。


「はい」

突然名を呼ばれ、どくんとまた心臓が大きくなった。そっと優しい手が髪を撫でた。

「あ、の」

恥ずかしさのあまり、どこへ視線を合わせたらいいのかわからず、は目を閉じた。額に柔らかい感触を覚え、ハッと目を開いた。顔が熱く感じたは、あの、と再び呟いた。

「そろそろ寝支度をするか」
「は、はい」

は素早く立ち上がり、その場を離れた。後ろで白哉が苦笑しているところを見ることなく。



*** *** ***



久しぶりの休日だが、ルキアも白哉も休みではなかった。しかたなく、は久しぶりに庭で本を読むことにしたのだ。
手入れされた庭に敷物を敷いて花木に囲まれた中、穏やかな時間を過ごした。こんな静かな時間はいつぶりだっただろうかと考えてしまうほどだ。それでも若干物足りなさを感じるのは、今までと違い毎日の生活が新しく家族になった面々と過ごすようになったからだろうか。は、ふうと溜息をついて、再び手の中の本へと集中した。
読み終わって、ふと目に入った戸。そっとそばに近づいた。

「この部屋、なんだったかしら・・・」

困ったように呟きながら、そっと戸を開いた。

「ル、キア・・・?」

目に入った光景に、言葉を失った。綺麗に片づけられた部屋の奥には、火の付いていない線香が立った香炉とシンプルな写真立て。その写真は、ルキアとよく似ている女性の映っている。朽木白哉の妻の名前は、と思い出した。

「緋真さま」

見てはいけない物を見てしまった、という感覚が襲ってくる。指の先だけではなく、足の先まで冷たく感じた。


『あんなルキアは始めて見た』

『まるで、本当の姉妹のようだった』


ああ、そうか。優しいあの人は、ルキアのために、姉を探していたのだ。

ギュッとこぶしを握った。

私は、妻としてではなく、大事な妹の姉になるために、ここに連れてこられたのだ。

心臓がゆっくりになっていく感覚を覚えた。まるですべてが止まるように。目を閉じた。

「大切にいたします」

小さく頭を下げ、部屋を出た。足早に自室へ戻って、戸を閉めた。

「私は、なにも見ていない」

そう呟いて、目を瞑って大きく息を吐いた。胸の奥にずしんと来るような重い感覚に、自嘲した。なにを期待していたのだろうか、と。

あんなふうに、優しく頬に触れたりしないで欲しかった。
そんな期待させないで、欲しかった。
まるで、私を求めてくれているかのような。

「そんなこと、しなくても、姉になったのに」

ぽつりと呟いた言葉は誰の耳にも届かない。



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UP 05/13/14