「面倒かけたねえ」
「いやあ、いつも幽助がお世話になってますから」
静琉さんがコーヒーカップに口をつけた。
「蛍子ちゃん、クッキー食べる?」
「あ、ちゃんの作ったクッキーおいしいんですよ、静琉さん」
「じゃあ頂こうかしら」
はーい、と言って昨日の昼に作ったクッキーを出した。お皿を二つ出して、クッキーを両方に乗せた。一つは蛍子ちゃんと静琉さんの前に置いて、幽助のベッドルームに顔を出した。
「蔵馬さん、クッキー食べます?」
「ああ、ありがとう」
「俺も食う!」
「一人で全部食べないでよ、幽助」
和真君は床の上で、相変わらずいびきをかいている。とりあえず、よく眠れているようでよかった。幽助は椅子に向かって座って、『みたらいくん』を見ていた。蔵馬さんは隣に立っていた。
「みたらいくん、起きないね」
「なんだ、そのミタライクンって」
幽助が嫌そうに私を見た。
「いや、名前ないままじゃ、ちょっと、あれじゃん?ミタライキヨシって名乗ってたって沢村さんも言ってたし」
複雑そうな顔で幽助が私を見ている。蔵馬さんも苦笑を浮かべていた。なんか違ったかな。寝ている御手洗君の顔を覗き込んだ。
「おい、」
「昨日うなされてたんだけど、今は大丈夫みたいだね」
何かあったらと思ってるんだろう。幽助が止めるように私を呼んだ。それを無視して、観察した。
「もうすぐ起きると思いますよ」
蔵馬さんが言った。
「ちゃん、何してるの?」
すぐに戻らなかった私を不思議に思った蛍子ちゃんと静琉さんが部屋に入って来た。
「このバカ、寝ててもうるさいね」
いびきをかく和真君の顔を覗き込みながら言った。それでも、痛そうな様子もなく寝ている弟に安心しているのだろう。静琉さんの目は優しい色を含んでいた。
『みたらいくん』の瞼がぴくぴくと動いた。ぱっと下がった。眉間にしわが一瞬寄って、目がゆっくりと開いた。
「い、いたた」
「よお」
「こ、ここは」
幽助と蔵馬さんは、和真君のお友達トリオが無事であることを伝えた。
思ったよりも可愛い顔だった。どこか怯えるような目をしている。この人が、魔界への穴を開けようとしている人の一人?やっぱり見えない。
「しゃべりやがれ」
大きな和真君の寝言にビクリと御手洗君は震えた。かきはひろしまだ、と和真君は続けた。一体何の夢見てるんだろう。
「また寝言?」
「このバカ、何考えてんだか」
「ぷー」
血のつながった静琉さんでも夢の内容はわからないらしい。
「僕たちは、生きていちゃいけないんだ。死ぬべきなんだ」
ポツリと御手洗君は呟くように言うと、君たちの仲間のことか、と蔵馬さんが聞いた。
「人間全部さ」
呟くように、お前らだって、というと、幽助と蔵馬さんを見た。
「お前らだって、あのビデオ見ればそう思うぜ!」
なんのビデオだろう。小さく震えていることに気付いた。
「ビデオ?」
「なんだそりゃ?」
ぼたんさんと幽助が聞き返した。
「黒ノ章って言うビデオテープさ」
「黒ノ章?」
蔵馬さんが目を見開いて繰り返すと、御手洗君は頷いた。
「そうさ。今まで人間がどれだけ非道な事をしてきたか、一目でわかるビデオだ」
「まさか、黒ノ章が」
「蔵馬、知ってんのか?」
幽助が問うと、蔵馬さんは霊界に収められている極秘のテープだと説明してくれた。
「極秘テープ?」
「人間の影の部分を示した犯罪記録です。飛影が欲しがっていた」
何万時間というもっとも残酷な映像を収めたものだという説明に、頬が引きつった。飛影さん、なんでそんなもの欲しいんですか。雪菜ちゃんが泣きますよ。
「人間が今までどんなひどいことしてきたか。お前らは知らないんだ。だから善人ぶって居られるんだ。お前らだってあのビデオを見れば価値観変るぜ。人間が生きるに値しないってな。だから」
幽助が椅子を蹴りあげた。椅子、壊れたらどうするのよ。
「だからなんだ!だから人間全部、妖怪の餌になっちまえってのか!?」
怒鳴る幽助に、御手洗君は、そうさ、と返した。
「お前は自分がどんな生き物か知らないのさ!たまたま平和っぽいところで生きてこられたおかげでな。だが、そんなのは人間の本質じゃない」
皆が静かに聞いていると、興奮してきたのか声が大きくなってきた。
「お前、殺されるために並んでる人間の列を見たことがあるか?明日殺されることがわかってて、おもちゃにされてる人間を見たことあるか?それを笑顔で眺めてる人間の顔をよ!目の前で子供を殺された母親を見たことあるか!?その逆は!?」
震えながら、自分の手を見ている。
「やってるやつらは鼻歌交じりで、いかにも楽しんでますって顔つきだ。わかるか?人は笑いながら人を殺せるんだ。お前だってきっとできるぜ。気がついてないだけでな!」
気持ち悪くなった蛍子ちゃんが、口を押さえた。静琉さんが背中をさすりながら、部屋を出た。
「で。お前もそんな人間のほうか?」
幽助が落ち着いた声で聞いた。
「そうさ。お前も一皮むけば同じだよ」
息が荒くなって、肩で息をしていた。
「俺よ、桑原に聞いたんだよ。なんでこんなやつ助けたんだってよ、そしたらアイツなんていったと思う?おめえが助けてくれって言ってるように見えたんだとよ。そんときは笑っちまったけど、今のお前見てるとなんかわかるぜ」
そんな話知らない。和真君が運ばれた時、彼はすでに意識がなかった。帰ってくる前に話したらしい。
「お前の口をわらせるために助けたなんて、取ってつけたような言い訳してたけどなあ。正直言って、あいつはバカな奴だ。おめえが毛嫌いしてる人間だ。でも、あいつはおめえのこと」
震える御手洗君が、うあああ、と泣きだした。
「夜寝るとそのビデオの夢でうなされて、目が覚めちゃうんだ!夕べも殺された人たちが皆こっちを見てやがった!」
ぼたんさんの目からぽろっと涙がこぼれた。
「まるで僕がやったような気になってくる。どんどん自分が薄汚い生き物に見えてくるんだ」
ああ、苦しいんだ。苦しくて、苦しくて、たまらないんだ。
「わけもわからず、何かを償いたくて、どうにかなりそうになるんだ。だれでもよかったんだよ。どうしたらいいのか教えてほしかった」
ベッドの端に座って、ちきしょう、と泣く御手洗君の背中を撫でた。
「大丈夫だよ」
子供をあやすみたいに、背中をぽんぽんした。
「優しいから、苦しいんだね」
私がそういうと、御手洗君が抱きついてきた。ちょっとびっくりしたけど、抱きしめ返した。うあああん、と子供のように泣いているからか、幽助と蔵馬さんはベランダへ出た。
大分落ち着いた御手洗君の腕から力が抜けた。
「だいじょうぶ?」
こくん、と頷いて私を見た。目も鼻も真っ赤だ。そして、ハッとしたように俯いた。泣いたことが恥ずかしかったのかな。恥ずかしそうにちょっと私を見て、また下を見た。
「水分補給させてやりな」
玄海おばあちゃんが言った。そういえば、この人昨日から何も飲んでないんだよね。
「そうだね。何飲む?お茶とオレンジジュースくらいしかないけど」
「・・・お茶」
答えが返ってきて嬉しかった。
「オッケー、今いれてくるね」
「私も貰うよ」
「はーい」
ティッシュの箱をベッドのそばに移してから、玄海おばあちゃんと部屋を出た。
「落ち着いたか」
「大分な」
「今、皆にもお茶いれるとこ」
幽助の質問に玄海おばあちゃんが答えた。通信機みたいなのが出てた。コエンマさんと話したのかな。
とりあえず、やかんを火にかけた。
「蛍子ちゃん、大丈夫?」
キッチンから声をかけたら、大丈夫、という答えが返ってきた。グロイ系だめなんだなぁ。
「今お茶入れるからね」
「ありがとう」
蛍子ちゃんのは、カモミールにしよう。
スポーツドリンクがあったことを思い出した。先にそれを彼にあげよう。冷蔵庫からペットボトルを取り出して、ベッドルームへ向かった。
「はい。まずは水分補給」
困ったような表情で御手洗君は、それを見た。ゆっくりとそれに手を伸ばして、受け取ってくれた。目が合ったことが嬉しくて笑ったら、すぐに視線がずらされた。
「今お湯やってるから。お茶いれてくるね」
声をかけてから部屋を出た。
皆にお茶を入れた。御手洗君の分を幽助の部屋に持っていった。
「カモミールいれたんだけど、緑茶の方がよかった?」
カップを差しだすと、またゆっくりと受け取ってくれた。
「きみは」
一瞬開いた口は、また閉じた。
「私、。幽助の、さっき椅子蹴りあげたバカの、妹なんだ」
驚いたように一瞬目が丸くなって、浦飯幽助の妹、と小さな声で呟いたように見えた。声になっていない声。
「あ、クッキーもあるけど、食べる?昨日の昼焼いたんだ。あ、でもなんかちゃんとしたご飯の方がいいかな?」
とりあえず持ってくるね、と部屋を出た。
最後の数枚のクッキーをお皿にのせた。すると蛍子ちゃんが口を開いた。
「あ、そろそろ包帯変える?」
顔色はよくなっている。
「そうですね」
蔵馬さんが答えた。お願いできますか、という蔵馬さんに、蛍子ちゃんは、もちろん、と笑ってみせた。私も蛍子ちゃんのあとを追った。
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UP 04/18/14