−SCENE 09−
−努力−
がテニスコートに戻ると、木陰で眠っていたはずの桃城が海堂と言い争おうとしていた。気持ち悪いんじゃなかったのか、と心の中で呟きながら、また一歩足を進めた。
「てめー・・・・・・うっ・・・!」
青ざめて口元を抑えた桃城はその場に座り込んだ。その様子を見て、呆れたようには手にしていた烏龍茶を、桃城の頬に当てた。
「冷てっ・・・!」
「あ、さん」
驚いた様に振り返った桃城に、大人しくしていた方がいいですよ、とは烏龍茶を差し出した。
「ずいぶん時間が掛かったね?」
「そうですか?」
笑顔のまま何かを探るように不二が問い掛けると、はあっさりと気付かないふりをした。そして顔をテニスコートへ向ける。
「ずいぶんと鍛えさせられてますね」
「中学生じゃねーよ、あんなの・・・」
ムスッとした声で座り込んだ桃城が呟いた。
「そういうトレーニングをさせられてるからですよ」
「させられてる?」
海堂が聞き返すように言うとは、ええ、と頷いた。
「作戦にあうように、選手を鍛えさせるんです」
すべて計算できるように、と言うに全員がなるほど、と頷いた。
そして、はコート内を見た。
ただし、華村さんの計算に入ってないのは、この人達が計算外なことをするってことでしょうねぇ。
コート内では大石がうまい具合に相手に揺さぶりをかけていた。しかし、サーブの前に自身の手首を見つめる姿をは気付いた。
「まずいわね・・・」
試合が長引けば、怪我が酷くなる。そろそろ手首が痛んできたはず。
・・・華村さんのことだから、弱点を狙うのは当然でしょうね。
の考えどおり、大石の手首は腫れだし、痛みにより大石の表情が僅かに歪んだ。試合の合間に二人がスミレの前に立つと、菊丸が心配そうな目を向けた。
大丈夫、と答えた大石はちらりと外に目を向けた。僅かに眉を寄せ、自分を見つめるに声には出さず、ごめん、と苦笑いを浮かべて言うと、ゲームへ戻った。
「私に謝っても・・・」
「へ?」
ボソッと呟いたの隣にいたカチローが不思議そうに首を傾げた後、呟いた。
「大石先輩と菊丸先輩、大丈夫かな・・・?」
は、ちらりとカチローを見てすぐコートに目を向けた。
「大丈夫ですよ、あの二人なら」
カチローはそう小さく呟いたの言葉に、驚き嬉しそうにコートを見た。
そして、試合は青学黄金ペアの勝利となった。
「ありがとう」
ドリンクを大石に渡すと、は手を出した。
「手首・・・見せて下さい」
「あ、ああ・・・」
赤く腫れた手首に触れ、溜息を着いた相手に大石は焦った。
「ご、ごめん・・・」
「謝る必要ないでしょう。痛いのは大石さん自身です」
の言う通りなのだが、大石はいつもより悲しそうな眼に少し罪悪感を感じた。氷でちゃんと冷やしておいてくださいよ、と眉間に皺を寄せながら言うと、はテニスコートの中に入っていった男を見た。きゃあきゃあと騒がしい「ファン」の子達にウィンクし手を振る男、若人弘。
「すごい人気だね・・・」
すると、青学側を向いて若人は、パッチン、と可愛らしい音を立ててウィンクした。目が合ったは、パチパチと瞬きを数回繰り返し、眉間に皺を寄せた。
「、まさか知り合いか?」
「違います」
きっぱりと即答された上に睨まれた桃城は、う、とまた口を抑えた。
「貴方に会えるの、彼、楽しみにしてたのよ」
楽しそうな声で華村が言うと、試合が始まった。
試合は全員にとって驚くものだった。若人は次々と有名なテニスプレーヤーのスタイルを真似た。
「あんなのただのものまねじゃないか」
ふん、と堀尾は嫌味を言ったが、は呆れたような声で告げた。
「ただのものまねでここまで来れる訳無いでしょう。あそこまでコピーできるのは、才能の持主か、努力をした者だけです」
「そう。彼のチェンジは素晴らしいわ」
ふふ、と笑いながら華村が会話に入ってきた。
「まだ未完成ではあるけれど、
あの女王様のプレイすらもコピーするのよ」
一瞬は目を見開いて、視線を華村に向けた。それと同時にスミレも驚いた様に横を見た。しかし、も華村もそれ以上言う訳でもなく、コートへ視線を向けた。相手のスタイルに慣れる頃には、新しいスタイルに変わる。
「ま、まさか・・・!」
「海堂!?」
とっておきの相手、と言われたスタイルは海堂そのものだった。
ふしゅう、と海堂特有の息の吐き方さえも真似ていた。
「いやなとこついてくるね」
「海堂が最も嫌がることだろうな」
少し面白そうに不二と乾が笑った。
「でも、あんまり怒らせるとねぇ」
ニヤリと笑った越前と桃城には呆れたように息を吐いた。
それからの試合中、若人がスタイルを変える事はなかった。
今まで練習してきた彼のプライド、かしら。
ただ真似るという事は、言うほど簡単な事ではない。
そのスタイルに対応できるよう、筋肉も反射神経も要求される。のような異常なまでの才能の持主でないかぎり、努力なしでは出来ない事だ。よく似ているのかもしれない、とコートの中の二人を見ては思った。海堂の反撃が始まると同時ににやりと桃城と越前は笑った。
「ほうら、噛まれた」
そして、試合はスネイクを真似しようとした若人は、トレーニングがたりず、手首を鍛えた海堂の勝ちだった。
「どうぞ」
「・・・ありがとう」
コートから出てきた海堂にドリンクをが渡すと、若人はその二人の姿を見つめた。
「どうかしたの?」
「え・・・あ、いやぁ・・・憧れっていうか、目標の人に会えるなんて思って無かったですからねぇ」
少し頬を染めながら言葉を濁す相手に華村は微笑んだ。
「あの子なら、あなたの事を認めてくれてるわよ」
「はは、だと良いんですけどね」
頭の後ろを掻いて、苦笑を浮かべた若人が顔をあげると、コートの外に居る憧れの人物と目が合い表情が柔らかくなったような気がした。
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fix 02/18/14