−SCENE 10−
−スカウト−
「さん」
自分の名前を聞きなれない声で呼ばれ、ゆっくりと振り返った。
の振り返った視線の先に映ったのは、城西湘南の梶本だった。
「・・・何か?」
「部長の梶本貴久です」
梶本は、握手を求めるように手を出した。
その手を戸惑ったように見た後、は右手を差し出した。
「・・・です」
「知ってます」
とても嬉しそうに笑顔で答えた梶本に首を傾げた。
「貴方の事は、小学生の時から、知ってる」
ああ、とは頭の中で相手の表情に納得した。
「一つ年下の貴方が、世界を驚かせる少し前から」
「何のことだかわかりません」
「貴方に憧れて、俺はテニスを続けてきました」
年下とわかっていながら丁寧な言葉は憧れだという相手だからだろうか、とはふと思った。
「今日、貴方に会えて本当に嬉しいです」
「人違いです」
いつまでも否定しようとするに梶本は笑った。
「華村先生の言ったとおりだ」
「・・・・・・」
「このことを貴方に言っても否定される、と言われました」
「本当だからでしょう」
「困ったように眉間に皺を寄せて嘘をつく、とも」
その通り、今のの眉間には皺が寄っている。
嘘を吐くのが嫌いなは、どうも意識しない限り、眉間に皺が出来るのがクセだった。
「私の目は、青いです」
「コンタクトをしてるからでしょう」
「・・・貴方がそんな人だとは思いませんでした」
はあ、と呆れたようにが息を吐いた。
「貴方は思ったとおりの人です」
「・・・思ったとおり?」
「はい」
テレビを通して自分を見ているとしても、そんな風にみえただろうか、とは思った。
「華村先生からも、貴方の話を聞いていましたから」
まるで自分の心を読まれているようで、居心地が悪くなった。
「華村先生が、貴方を欲しいとも言っていました。うちに来て欲しいと」
「私は一流のコーチではありませんから」
必要ないでしょう、という言葉を含ませた物言いに梶本は困ったように笑った。
「それでも、俺は多分、貴方が好きだろうな」
突然の梶本の言葉には驚き目を丸くした。
「あの越前リョーマという奴はどうも苦手だろうけど」
「越前君が何か?」
突然入れ替わった話題と普通の話し方には、驚きを何とか表に出さずに続けた。
「華村先生は彼を城西湘南に入れたいらしい」
「そうらしいですね」
「もちろん、貴方も」
「・・・・・・」
「貴方がくればきっと彼も来ると思ってる」
「それはとんだ勘違いですね」
「彼がくれば貴方は俺達の所に来るか?」
「私が青学に居る理由は越前君だけではありませんから」
そうですか、と梶本は残念そうに言った。
そして、ふと思いついたことを口に出す。
「賭けをしないか?」
「賭け?」
「そう」
不思議そうに見つめるに梶本がふと笑った。
「もし、俺が試合に勝ったら来てくれるか?」
また見開かれたの目に梶本は、やっぱり表情豊かだな、と心の中で思う。
試合中に見たときの彼女、青学の奴等と居る時とは全然違う、と。
「いいですよ」
「え?」
思わず予想外の答えに聞き返してしまった梶本にが挑戦的な笑みを浮かべた。
「貴方が本当に勝てたなら」
もちろん、その言葉には、勝てないから、という意味が含まれている。
しかし、梶本は、踵を返して歩き出した相手に笑みを零す。
「アレが、か」
「・・・神城」
突然後ろから現れた友人に梶本が振り返った。
「ああ」
「初めて見る」
「そうか」
言葉数の少ない神城が珍しく興味を示した事に、梶本は笑った。
「珍しいな」
「何がだ?」
「神城が人を気にするのを始めてみた」
「ふん。華村先生が気にかけたからだ」
なるほど、と梶本は納得した。
隣に立つ無口な男は、自分よりも華村を気にかけている。
「お前もだろう」
「え?」
「女に興味を示すのは珍しい」
神城に言われて、梶本は改めて思い直す。
梶本は学校でもモテる男の一人だ。よく応援しに女子生徒達が応援しに来る。けれど、若人のようにその中の誰かと付き合うこともなく、数人とどこかに出かけると言うこともない。つまりは、浮いた話の一つも無いと言う事。もちろん、それは神城にも言えることなのだが。
「前から憧れの人だからな」
ブラウン管を通して見ていた美しい少女。
それが目の前に現れるなんて、思いもしなかった梶本にすれば、それは不思議な感覚だった。
「すきなのか?」
神城から聞くとは思わなかった意外な単語に梶本は目を丸くした。
そして、微笑む。
「そうだな・・・そうかもしれない」
◇◆◇ ◆◇◆ ◇◆◇
「まだ来る気にならない?」
「しつこいっすね」
試合の間の時間、リョーマを見つけた華村は再び城西湘南に来る事を薦めた。
「貴方がくれば彼女も来ると思うのよね」
それとも逆かしら、と笑みを浮かべる相手にリョーマは、ファンタをまた一口飲んだ。
「さっきも言ったけど、あの人は俺が何処に居ようと青学から出ないと思うけど」
「そうかしら?」
「っていうかさ」
含み笑いの相手を真っ直ぐみた。
「あんた、あの人とどういう関係?」
「別に血が繋がってる訳じゃないわよ」
それはそうだろう、とリョーマは心の中で思った。
自分が聞いているのはそんなことではないのだ、とも。
「まるであの人のこと良く知ってるみたいな言い方っすね」
「そうね。知ってるわよ」
貴方達よりはね、という言葉を含ませた言い方にリョーマは苛立ち、ムッと口をへの字にさせた。
「貴方が知らないだけで、彼女は貴方の事を気にかけているのよ」
「コーチだから、あの人は全員の事を見てる」
「他の人よりも、貴方を気にかける要因があるわよ」
貴方が知らないだけ。いかにも自分が優位に立っていることを主張する華村の笑顔にファンタを持つ手に力が入った。
「だから、貴方がくれば彼女も来ると思うのよ。私のところに」
「関係ないね。あの人は俺が青学に居ようとあんたのところに居ようと・・・」
「あるわよ。竜崎先生よりも影響力があるんだもの」
そんなバカな、とリョーマは笑った。そして、一体自分に何があるんだろう、と。
初めて会った時のことを思い出せば、はまるで彼を知っているような口ぶりだった。
『貴方が・・・リョーマ・・・』
けれどリョーマには、に会った記憶など一度も無い。
「ふふ、彼女が誰だかも貴方は知らないんでしょう?」
リョーマは、大きく目を見開いた。
「だから、彼女のことを私のほうが貴方よりもわかってるのよ」
ふふ、と馬鹿にされた様な笑いでリョーマの心をモヤモヤとした感覚が襲った。
「まあ、それは貴方だけじゃなく、テニス部全員に言えることでしょうね」
「だろうね」
認めたくは無いが認めずにはいられない事実にリョーマは頷いた。
「で、そんな何でも知ってるような口ぶりだけど、教えてくれるわけ?」
「さあ、どうしようかしら?」
もったいぶった口調の相手を睨みつけると、後ろから聞き覚えのある声が少し怒ったように聞こえた。
「何してるんですか?」
「先輩・・・」
「あら、こんにちは」
にっこりと華村が笑うとは不機嫌そうに眉根を寄せる。
「何って、わかりきった事を。越前君を口説いてるのよ。うちに来ないかってね。もちろん貴方も」
「越前君、ウォーミングアップ、終りましたか?」
「まあね」
華村を無視するようにリョーマに話し掛けたにリョーマは少し驚いた。
普段はどんなに冷たい態度をとっても人を、とくに年上の人間を、無視する事などないのだ。
「珍しいわね、貴方が人を無視するなんて」
「無視していないですよ」
「怒らなくてもいいじゃない」
怒っていない、とは主張するが華村は楽しそうに笑った。
「それとも、奏一君のことでまだ根に持っているのかしら?」
「違います」
きっぱりと言うに華村はまた楽しそうに、そうでしょうね、と笑う。
リョーマは何の話だかわからず眉を寄せた。
「そんな根を持つタイプに見えますか?」
「まさか。でも、大事な人のことになったら別でしょう」
「否定はしませんが、肯定もしないでおきます」
相変わらずこういう所は素直ね、と華村は心の中で苦笑した。
以前の従兄である奏一の対戦相手が、華村の教えていた青年だった事があった。その時、弱点をつくようにと教えていた華村のやり方にが腹を立てたのだ。弱点をつくことは作戦の一つだと、も思っていた。しかし、その青年は奏一の顔面すれすれや体を狙って打ったりしたのだ。そのことがは気に入らなかった。
「さっぱり話が見えないんだけど?」
「越前君には関係の無い話です」
自分には理解できない内容にリョーマはついさっき華村に言われた言葉を思い出す。
「仲間外れにしたら、越前君がかわいそうじゃないかしら?」
「いい加減にして下さい、華村さん」
自分の隣に立ったをリョーマは見た。
不機嫌なことを露にしている姿はとても珍しい光景だ。
リョーマから見てどんなに不機嫌であろうとこんなにわかりやすいのは初めてだった。
「で、うちにくれば珍しいちゃんの姿が見れるわよ、越前君」
「そうみたいっすね。」
「私は貴方のところに行くとは言ってません」
「あら、越前君がくれば来るでしょう?」
ふふ、と笑った相手には、まさか、と答えた。
「私が青学に居るのはスミレさんに頼まれたからです」
はっきり告げられた言葉はリョーマの予想どおりのものだった。
『私が此処に居るのはスミレさんに頼まれたからです』
菊丸とのいざこざの時にが言った言葉だ。
「でも、越前君だって貴方に少なからず影響しているわ」
「いい加減にしてちょうだい。それ以上言ったら本当に怒るわよ」
敬語でなくなったことにリョーマはギョッと目を張った。
「あら、こわいわね」
「・・・・・・」
「女王様が怒ったら怖いから、気をつけなきゃいけないわね」
「・・・失礼します」
「え?ちょっ・・・!」
突然歩き出したを見てリョーマは驚いたが、置いていかれるのも何の説明がないのも不満なので後を追いかけるように歩き出した。
ふふふ、と笑う華村を残して。
「先輩」
だんまりかよ・・・
何も答えない相手に、リョーマは溜息を吐きたくなった。
「先輩」
「・・・何ですか?」
相変わらず目を合わせずに歩く相手がようやく返事をした。
何回も呼ばなくても聞こえてますよ、と続けた相手に、返事しなかったのアンタだろ、と突っ込みたくなったが、これ以上不機嫌にしても質問に答えてはくれないだろうと諦めた。
「あの人とどんな関係なわけ?」
「貴方には関係ありません」
即答で返ってきた言葉にリョーマは、関係あるよ、と返した。
「アンタのせいでしょ?あの人が俺にまでしつこくナンパすんの」
「貴方の実力を買ってでしょう。私とは何の関係もありません」
「へえ、俺に実力があるって言ってくれるんだ」
滅多に誉めないのに、とニヤリと笑った。
「華村さんがそういったんでしょう?」
「直接はいわれてないけどね。完成させてやるってぐらいしか」
「行くんですか?」
「行かないで欲しい?」
ピタッと、の動きが止まった。少し驚いたようにリョーマを見つめる。ニヤリと笑う顔はやっぱり親子というところか、と思わずはリョーマの父親の顔を思い出し、納得してしまった。
なんてたちの悪い似かただろう・・・
「何て答えて欲しいんですか?」
意外なの答えにリョーマは、え、と小さく声を出した。
「質問を質問で返すのは卑怯じゃないっすか?」
「最初に質問で返したのは貴方でしょう」
たしかにそうだけどさ、心の中で呟く。
「・・・まあ、いいけどさ」
はあ、と大きな溜息を吐いた相手には首を傾げた。
「心配しなくても、俺は負けないし」
「そうでしょうね」
さりげなく言われた言葉にリョーマはまた驚いた。
再び歩き出したの背を見ながら、頭の隅では、今日は珍しい日だ、と思った。
女王様ね・・・
何言われるかわかんないけど・・・
帰ったら親父にでも聞くか・・・
自分をからかうのが生きがいのようになりつつある自身の親を思い浮かべながら、女王様と呼ばれた相手の後を歩き出した。
UP *date unknown*
fix 02/18/14