−SCENE 11−

−予想外−





神城のテニスは素晴らしいものだとは思った。同じフォームでボールに変化をつけるのはプロでもあまりいない。完成品に近い、と華村なら言うだろうと、頭のすみで思う。しかし、感心していたのも束の間、リョーマの挑発によって神城のフォームが変わった。

「だめよ!玲治、それは!」

突然立ち上がって叫んだ華村には目線を向けた。何を慌てているのか、と眉を寄せる。
しかし、彼女が慌てた理由はすぐにわかる。

「越前!」
「リョーマ君!」

コート内ではリョーマがしりもちをついていて、頬には擦過傷が出来ていた。
それを見たは目を見開く。

偶然じゃない、意図的に打たれたボール。


「なんて、こと・・・」


小さくが呟くと、過去の記憶が映画のように思い出される。



『前にアイツと試合したら、ボール恐怖症になったヤツ居るんだってよ。』

『勿体無いよな、才能あったのにさ。』

『おい、あのままだとアイツ・・・!』

『奏一!』



睨みつけるように華村を見るが、彼女自身は呆然とベンチのところで立ち尽くしている。
何故、とゲームの間に華村は神城に問うが、完成品は一つでいい、という言葉で終わらされた。
とても攻撃的で挑発的なプレイはその後も続いた。

「どうして・・・どうして、止めないの?」

問い掛けるように言った華村にはそっと視線を右へ動かした。

「どうして、止めてあげないの?」

誰に言っているのだろう、と疑問に思った菊丸たちを他所にが答えた。

「止める必要がないわ」

きっぱりと答えられた言葉に隣に立っていた乾は意外そうにに目を向けた。

「あの人は、今もテニスを続けてる」

コートを真っ直ぐと見つめたままのは、そのまま続けた。

「彼はそんなに弱くないわ。これぐらいの事で負けたりしない」

目には、リョーマしか映っていなかった。

「随分、自信を持った言い方ね・・・」

神城を見つめたまま、華村は皮肉な笑みを浮かべた。

「当たり前よ」

きっぱりと返された言葉に青学の面々は驚きを隠せず目を丸くしてを見た。

「彼が勝つ自信があるもの」

表情を変えないまま告げられた言葉に、華村は目を閉じて小さく笑った。

「ほんと、予想外だったわ」

フェンスに背をむけ、歩き出したはその小さな呟きを聞く事はなかった。
苦戦しながらも最終的に勝利をおさめたのは、リョーマだった。
勝利が決まる数分前に、は戻ってきていた。そして賭けの勝利に小さく笑む。

「いや〜、それにしてもがあんな事言うなんてな!」

は自分の名前を言われ、振向いて桃城を見た。桃城の隣では、だよにゃ〜、と菊丸が頷く。二人の話の内容がわからず、眉を寄せて、何がです、と問うた。

「お前、意外と俺らのこと、信じてんのナ」

を見ながら桃城はニヤニヤと笑った。

「何言ってるんですか」

しかし、の返事はそっけないものだった。

「テニスはメンタルスポーツ。負けたと思ったほうの負けでしょう。大抵のコーチは選手に何らかの影響力があります。特に華村さんの場合は、選手との信頼関係が強いですから、その影響力は大きい。そして、あの時、華村さんには迷いや戸惑いがあった」

それを感じたせいで神城は負けた、という結論を出すに菊丸は不満げに唇を尖らせ、桃城は眉を寄せた。

「にゃんだよ、あいつ」

と、菊丸はが踵を返して歩き出し居なくなると、小さく呟いた。
そこへ、青学の勝利が決まった為出番がなくなった梶本が歩いてきた。

「部長の梶本です」
「あ、部長代理の大石です」

丁寧な挨拶のあと、握手した二人を見る。

「ところで、この後対戦するはずだったのは・・・」
「ああ、不二だよ」
「どうも、不二周助です」

再び握手をすると梶本は、試合ができなくて残念だった、と言った。

「今度機会があったら」

そうニッコリと笑った不二に梶本は、なるほど、と笑った。

「俺の負けか」
「え?」

驚いたように不二と大石が梶本を見ると、梶本は居なくなったの歩いていった方を見た。

「どうやら、賭けは俺の負けのようだ」
「賭け?」

大石が聞き返すと、梶本は笑って不二を見た。

「君達のコーチと、城西湘南に来るか、を賭けてたんだ」
さんと?」
「ああ」

驚いたように聞き返す不二に、梶本は苦笑を浮かべて答えた。

「まあ、きっぱり君が勝つと断言されたけどな」

その言葉に大石と不二は驚いた。
態度に見せるよりも彼女は自分たちを信じているのだ、と喜びも感じた。

「機会があったら、是非」
「ああ。そうだね」


その頃、コートから離れたは既に帰るところだった。

ちゃん!」

その声には振り返った。

「コーチが皆より早く帰っていいのかしら?」

そんな話をしにきたのだろうか、と怪訝そうなを華村は笑った。

「貴方、変わったわね」
「は?」
「ああ、変わったんじゃないわね・・・戻った、の方が正しいかしら」

何の話だろうと不思議そうに華村を見る。
しかし、華村はがわかっていないということを理解しながら、話題を変えた。

「今回は、貴方と越前君の勧誘には失敗したけど。次は絶対に勝つわよ」
「できるものなら、どうぞ」

そう言ったはクルリと踵を返し、会場を後にした。

「挑発も上手くなったわねー」

残された華村は一人で笑った。

「華村先生」

華村が振り返ると、帰る仕度の整った自身の生徒達が後ろに立っていた。

「お疲れ様。帰りましょうか」

バスの方へ歩き出した華村の背を見ながら、若人が口を開いた。

さん帰っちゃったんだなぁ、残念」
「若人君、あの人の事聞いたとき興奮してたもんなー」
「そうそう、あのオッドアイクイーンに会えるなんてー!ってさ」
「話せたら死んでもいい!ぐらいの事言ってたよなぁ」

恥ずかしくなったのか、からかう双子に、うるさい、と顔を赤くして怒鳴った後、若人は、カッコワルイとこ見られちゃったけどねぇ、苦笑を浮かべた。

「俺たちだって負けたっす」
「・・・ブーブー」
「俺達は勝ったからセーフだったなー」
「なー」

そんな様子を見ていた神城がちらりと梶本を見た。

「・・・どうした、神城?」

じっと見つめられた視線が気になり、梶本が問うた。

「いや・・・」
「そんな人の顔をみて、なんでもないって事はないだろ?」

笑う相手に神城は、いや、と説明した。

「お前が好きな相手に見てもらえない結果にしたのことに悪かった、と・・・」

神城の言葉に驚いたように他のメンバーが振り返った。

「マジで!?」

双子が声を揃えて叫ぶと、梶本は焦ったように全員を見る。

「い、いや、それは・・・!」

顔が熱くなり、顔が赤くなっているだろうと言う事は予想がついた。
その為、梶本は余計に返す言葉が見つからなかった。

「うわー、若人君大変だー!」
「あはは!」

大笑いする双子とは反対に若人は呆然とした様子で困ったように頭を掻く梶本を見た。

「俺は、その、憧れというか・・・」
「ライバル!ライバル〜!」
「だから!」

慌ててもからかわれるだけだという事はわかっていても何もできず、からかわれる梶本は少し神城が恨めしく思えた。
そんな騒ぎを後ろで起きていることを知りながら華村はくすりと笑ってバスの前に立った。

「ほら、早くしなさい。さっさと帰っていいとこを見せられるように練習するわよ」





10-スカウト  12−蜃気楼



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