−SCENE 12−

−蜃気楼−





「せんせー、電話鳴ってますよー」

普段ならば仕事中は切っているはずの電話がなり、は、切っておいてください、と告げるとレコーディングルームの中に居る惺に、つぎ、と指示を出した。鳴っていることを知らせた雅音は、了解、と言った途端、電話が震えなくなった。


一方、電話の向こうに居たスミレは、隣に立っていた大石に、だめじゃな、と告げた。

「どうも、出ないようだねえ」
「そうですか・・・残念ですね」
「珍しいんだがね、あの子が携帯に出ないなんて」

しょうがない、と二人はそのまま他のレギュラー達にかけることにした。



「先生の携帯が電源着いてるって珍しいねー」

レコーディングのラストスパートというところでやることのなくなった雅音が言った。確かに、と隣に座っているカインは頷いて水を飲んだ。

「出なかったけど、いいのかな?」
「ま、惺で終りだから、さっさと終わらせたいんだろうね」
「ラストスパートは邪魔されずに、って?」
「ああ」

まあ先生らしいけど、と小さく呟いた雅音は、もう一度、と惺に指示するの背中を見たあと、カインを見た。

「なあ、俺さ、ボーリング行きたいんだよね」
「はあ?」
「随分唐突だね、雅音君」

傍に立っていたスタッフの一人が笑った。

「トシゾーさんだってやりたいっしょ?」
「ボーリングなんて何十年もやってないよ」
「今日の打ち上げボーリングにしよーよー」

自身のマネージャーの方へ向いて、ね、と同意を求めると、マネージャーは、どうします、とカインを見た。

「俺は別にいいけど。本当に久しぶりだし。でもさんは大丈夫かな?」
「たまにはいいんじゃねー?最近先生だって俺たちと一緒に缶詰めだったじゃん」

いい息抜きだろ、と笑った雅音にスタッフが、確かにそうですよね、頷いた。

「たまには先生●●じゃなくてさん●●との時間が欲しいしね〜」

忙しく緊張感の漂うはずの場に似合わないニコニコとした笑顔で雅音は笑った。

「それには同感」

カインが答えると同時に二人の会話を聞いていたスタッフたちは深く頷いた。

「はい、惺、お疲れ様」
『やったー!打ち上げ!』

一人ばんざいをする惺を見ると、雅音はの隣に立ちマイクのスイッチを入れた。

「なあ、惺!打ち上げボーリング行こうぜ!たまにはシャバの空気もいいだろ?」
『シャバ!あはは!いいんじゃねー?』

惺は爆笑しながらレコーディングルームから飛び出た。

「ボーリング、いいじゃん!超久しぶり!」
「だろ?ナイスアイディアっしょ?」

興奮気味の二人には苦笑を浮かべた。

「二人とも帰って寝るという考えは浮かばないんですかね?」
「ようやく終わりましたからね。ハイになってるんでしょう」
「まあ、気持ちはわかりますけど・・・徹夜続きだったんですよ?」
さん。あの雅音と惺ですよ?」
「・・・そうですね」

他の二人とは違い落ち着いた様子のカインを見上げては、たしかに、と笑った。

「あっ、そうだ。、歌ってくれよ!」
「そうだった、そうだった。先生、この間のゲームで負けたから歌ってくださいよ!」
「デモテープ用に歌ったでしょう!」

これ以上は歌いません、というにだだっこのようにねだる二人は、えー、と唇を尖らせた。

「こんな徹夜明けに歌ったら喉潰れますよ」

呆れたようにが言うと、惺と雅音はがっかりしたように肩を落とした。

「歌ってもらわないで、ボーリングに来てもらえばいいんじゃないか・・・?」

カインは何故二人が思い浮かばないのか不思議そうに呟いた。
それを聞いたはギョッとし、惺と雅音は目を輝かせた。

「え!」
「そうだよね!」
「そうだよな!」

決定、と元気良く叫んだ二人に、は何を言っても自分は行く事になるな、と苦笑した。

「いつもすいません、先生」
「あの二人のマネージャーなんて、大変ですね・・・」

わかりますか、と小さく呟いた相手には苦笑を浮かべた。

「さて、それじゃあ、行きましょうか」

はーい、と園児のように手を上げた二人が駆け出すと、カインと目を合わせては笑い歩き出した。




「あれ?先生やらないんですか?」
「今日は遠慮しておきます」

徹夜明けですし、と付け足すとスタッフたちがそれぞれゲームを始めた。男性の多いメンバー達は徹夜明けだという事を忘れているように元気にボーリングしている。数少ない女性メンバーは二名だけが男性軍に紛れて遊んでいる。

「よっしゃ!またストライク!」

ガッツポーズをした雅音に、すごいですね、と笑った。

さん!見た?」
「見ましたよ、すごいですね」

ゲームが続く中、とともにゲームに参加しなかった女性スタッフが笑った。

「先生の前だとMIRAGEも子供ですね」
「俺もアレと一緒ですか、坂垣さん」

子供のようにはしゃぐ仲間を指差しながらカインが言うと、はい、と坂垣は頷いた。

「どっちが年上かわからなくなりますもん」

あっそう、と肩を落としたカインにクスクスと女性二人は笑った。



「うぎゃーーーーーーーーーーー!!!!!!!」



「・・・何、今の?」
「さ、さあ?」
「向こうのほうから聞こえたけど・・・」

突然聞こえた雄叫びに三人は顔を合わせ、首を傾げた。
他のスタッフたちも叫び声に驚き、聞こえた方角を見た。

ー、今の何だと思う?」
「私がわかるわけないじゃない」
「だよねー」

自分の番が終わった惺が問うが、呆れたように返された。
一瞬の背を悪寒が走ったが、気のせいだ、と自分に言い聞かせ、スペアを取ったスタッフに拍手を送った。実際のところは、スミレと大石に誘われたテニス部の面々が乾によって生み出されてしまった新作の乾汁を罰ゲームとして勝負していた。その第一の被害者にとっての味は異常なもので、雄叫びを上げたのだ。もちろん、電話に出なかったがその事を知る由もない。

「惺くんと雅音くん、いい勝負してるねえ」
「ほんと、ほとんどスコアかわらないじゃん」
「僕、惺さんに千円」
「それじゃあ、俺は雅音君に千円」
「雅音君に五百円」
「うわ、安ッ!」
「俺、最近ピンチでさ」

なかなか面白い、と皆が注目する二人を見て、賭けを始めだした。

「先生、どっちが勝つと思います?」

坂垣に問われたは、さあ、と肩を竦めて微笑みを浮かべた。
それは他人の前で滅多に見せない、心から楽しんでいる微笑みだった。







「よっしゃあ!俺の勝ち!」
「くっそー・・・」

勝負は雅音の勝利で決まったらしく、雅音にかけた者達が喜んでいた。
は苦笑を浮かべて、本気で悔しがる惺に、残念だったわね、と声をかけた。

「あと少しだったのに・・・」
「まあまあ。惺君、二次会でまた勝負すればいいじゃないか」
「よーし、惺君!次ぎ行くゾ!」

ビールを数杯飲んでいた者達は興奮気味に立ち上がり、次々と促した。
ぞろぞろと外へ出て行く面々の後ろを歩いたにマネージャーの男が、会計済ませてきますね、と告げた。
わかりました、とが頷くと、店員の声が耳に入った。

「お客さん!ゲーム終わりましたよ!」

お客さん、と呼ぶ男性の声は本当に困ったような声音で、は不思議に思い振り返った。
そして、目に入った光景には目を丸くした。

「まいったなぁ・・・一体何してたんだ、この人たち」

ガシガシと頭を掻く男の周りには、ぐったりと倒れた見覚えのある面々だった。
そこに居た者達がレギュラーだけだったなら、は知らないふりをすることもできたのだろう。
しかし、スミレまでいることに、は眉を寄せて、諦めたように息を吐いた。

「スミレさん。おきてください」

倒れている者達の合間をぬって、一番良く知っている人物に声を掛けた。
知り合いですか、とボーリング場で働く男に聞かれ、は頷いて謝った。

「人の迷惑になりますから、起きてください」

どうしてこんな事になっているのだろうか、と考えながら回りを見回した。
すると数個のジョッキやコップが目に入った。
僅かに残る薄い青緑にの顔が引きつった。

「起きてください。スミレさん」

スミレの肩を揺すると、うう、と唸り声が耳に入った。
スミレさん、ともう一度呼ぶとゆっくりと目が開いた。
それを確認すると、は諸悪の根源であろう人物を呼んだ。

「乾さん」

自分でも飲めない物を作るな、と叫びたい衝動を抑えながら、眉根を寄せたまま呼んだ。

「起きてください」

するとの声に意識が戻ってきたのか、それぞれが唸りながら目をゆっくりと開けた。

?お前さん、どうしてココに・・・?」

頭を抑えながらスミレが呟いた。

「そんな事より、終わったなら早く出ないと、迷惑ですよ」
「あ、ああ・・・そうだねえ」

よっこいしょ、と座りなおしたスミレに、なにやってたんです、と問うた。

「・・・あれ?さん?」

意識を取り戻した不二が、なんで、と問うた。
そして、次々と目を覚ます者達が驚いたようにを見た。

「すまなかったね、。乾のヤツがまたヘンな物を作りよって」
「そうですか・・・それじゃあ、私は人を待たせていますので」

その場を離れようとしたに、おい、と菊丸が顔色が悪いまま止めようとした。

「ちょ、何で、がココにいるんだよ・・・」

う、と口を抑えながら言った菊丸を一瞬見て、すぐにさっきまで困っていた男の方を向いて謝った。

「本当にすいませんでした」
「い、いいえ・・・」
「それじゃあ、スミレさん」
「ああ、本当に悪かったね」

いいえ、というとは歩き出した。
そして、入り口で、がいないことに気付いた惺が戻ってきた。

ー!次、行くぞー!」
「ちょ、重いですよ・・・!」

肩に寄りかかってきた惺に困ったように眉を寄せると、惺がそこを指差した。

「眉間にしわー、あとになるぞー」
「余計なお世話です!」

ムッとしたところに雅音まで寄ってきた。

「はやくいこーよ、さん」
「ほら、惺、自分でちゃんと歩いて!」

そんな達とは別に、テニス部のメンバー達は意識をはっきりと取り戻すとボーリング場を出た。

「ねえ、さっきの見た?絶対MIRAGEがいたよ!」
「見た見た!絶対MIRAGEだったよね!」
「あーあ、サインでも貰っておけばよかったー・・・」

「不二?どうした?」

突然立ち止まってボーリング場の方を見た不二に大石が声をかけた。
しかし、不二はまたニッコリと笑って歩き出した。

「ううん。なんでもないよ」





11−予想外  13−隠し事



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fix 02/18/14