−SCENE 16−
−アクシデント−
「どうか見つかりませんように」
は自身の髪を隠すために編みあげて、その上から帽子を被っていた。さすがに中に入ったら脱がなければいけないが、演奏中は暗くなるのだから大丈夫だ、と自分に言い聞かせていた。第一コンクールで周りのことを気にかける余裕などないだろう、と自身を招待してくれた相手を思い浮かべた。
出来る限り梅子に見つかる確率を下げるため、はエントランスホールに人がいなくなる頃合いを図って、会場へ足を踏み入れた。ちらほらエントランスホールに残る人間は、緊張感を漂わせていた。懐かしさを感じながらも、演奏を聞くためにホールに入った。
数名の演奏と梅子の演奏が終わると、売店で飲み物でも買おうとはホールを出た。
「よお、」
「景吾さん」
は驚いたように自身を呼んだ人物を見た。
「どうして、ここに?」
「うちの系列の主催だからな」
「ああ」
は、そういえば、とパンフレットに書かれていたスポンサー名に跡部財閥の子会社が載っていたことを思い出した。
「プロのコンサートしか見に行かないと思ってました」
「双子以外の演奏には興味ねえのは確かだな」
正直な意見にはクスリと笑った。
「帽子、珍しいんじゃねーの?」
「・・・一人青学の生徒が出てるんですよ」
ばつの悪そうなにに跡部は、なるほどな、と苦笑した。
「?」
「なんか、騒いでるな」
そこで二人は受付の奥が騒がしいことに気付いた。
今回は自分が出る必要はないはずだと思いつつも、気にするに合わせて、跡部は様子を見に行くかと促した。
なにかしら、とは首を傾げて、見知ったスタッフを見つけると近付いた。
「お疲れ様です」
「あ!」
天の助け、とばかりに目を輝かせて、両手を合わせて見上げるように自身を見た相手に、は何事かと頬をひくつかせた。そして、何か言おうとする前に、両手での手を握って、助けてください、と目をうるうるさせた。はクエスチョンマークを浮かべた。
「静流さんが来てないんです〜!」
「アーン?」
「はあ?」
惺のアシスタントをする男の口から出た言葉に、二人はポカンとした。
「審査員はとりあえず、惺さんだけでお願いしてるんですが、特別演目に間に合わなかったらどうしましょう〜!」
パニくる相手を前に、は頭を抱えたくなった。
無関係ではないだけに、跡部も、やれやれ、と言った顔をした。
「携帯に連絡は?」
「かけても出ないんです・・・」
跡部の問いかけでずーんと一層暗くなった相手を前に、は溜息を吐いた。惺からは連絡したのだろうか、と考えていたが、審査員席にいることを思い出し、おそらくかけていないだろうという考えに行きついた。
「とりあえず、こんなところで騒いでは演奏者の皆さんのテンションを下げかねませんから」
そういうと、は楽屋の方へ促した。しかし、裏の楽屋に回ろうとも状況は変わらない。
「とりあえず、私の携帯からかけてみましょうか」
「お願いします!」
拝むように頼まれ、は双子に振り回される相手を気の毒に思った。トゥルルル、と聞こえ、は、電源は切ってないみたいですね、と告げた。
『もしもし〜?』
「どこにいるの?」
『〜、ごめん〜、間に合うかわかんない〜』
「は?」
あまりに予想外の言葉には眉間にしわを寄せた。
『代わりに弾いて!』
「なに、ふざけて――」
つーつー、と通話終了を知らせる音が聞こえ、は自身の携帯を信じられないものを見ているかのように視線を画面に向けた。
「し、静流さん、なんて?」
明らかに不機嫌になった相手に、恐る恐る問うた。しかし、返答はなく、再び携帯の通話ボタンを押していた。
『だから、今向かってるって〜!』
「貴方、プロの自覚あるの!?」
珍しいの怒鳴り声に、ぎょっと跡部は目を見開いた。
『ごめん。お説教は今度ね!とりあえず、お願いね!』
「ちょ、静流!待っ――!」
再び切られたことには、ぎゅっと携帯を握りしめた。
「あ、あの・・・」
「とりあえず、インターミッションに、惺にここに来るように言ってください」
その言葉に、やっぱりなんとかしてくれるんだ、と尊敬と喜びの眼差しをに向けた相手に、は再度溜息を吐いた。
「振り回されてるな」
笑みを含んだ跡部の言葉には、笑えません、と小さく呟いた。
★☆★ ☆★☆ ★☆★
インターバルになると、惺はのいる楽屋に入ってきた。
「あ、景吾君。やっほー」
「どうも」
相棒が来ていないわりにはのんきな挨拶をする相手に、跡部は軽く片手をあげて挨拶した。
「、静流と連絡取れた?」
「代わりに弾いて、ってプロとしてあるまじき台詞が飛び出てきたわよ」
呆れたようにが言うと、惺は、なるほど、と名案だとばかりに目を輝かせた。
「と弾くの久しぶりだ〜!」
そこで喜ぶな、と相手を睨むが、それに堪えるわけもなく。は今日何度目かわからない溜息を吐いた。
「が弾くところを見るのは、久しぶりだな」
乗り気な跡部の様子には、断るのも悪く感じた。主催者は跡部の系列会社であることも、その場をダメにするわけにはいかない、と感じさせる理由の一つだ。
「・・・わかったわ」
諦めたように了承すると、惺と先ほどまで涙目だったアシスタントは、やったー、と両手でハイタッチをした。跡部は、満足気に笑みを浮かべていた。
問題は、どうやってバレずに行くか。
無理、かしら・・・
引き受けたものの、休憩時間に隣のクラスまで来る人物を思い浮かべて、は困っていた。
「ただし」
の言葉に、ぴたりと惺と男は動きを止めた。
「貴方と静琉に、ひとつ頼みを聞いてもらうわ」
そんな条件を突きつけた相手に、珍しい、と思いつつも、わかったわかった、と軽く惺は返した。
「見てもらいたい人がいるの」
了解、との言葉に惺はさっさと頷いた。
「!ドレスこれ着てよ!」
そして、どこから出してきたのか、ロイヤルブルーのレースドレスを手にしていた。
「惺さん、インターバル、もう終わります」
「ほーい。じゃあ、、またあとで!景吾君も!」
呼びに来た女性スタッフに惺は、サンキュ、と言うと、部屋を出た。
「・・・何を弾く予定だったのか、聞き忘れた」
しまった、と思ったがこぼした言葉に、跡部は珍しいものを見たと言う風に笑った。
「くく、スタッフに聞きゃ、すぐだろ」
「あ。そうでした」
そういうと、ちょっと待っててくださいね、と言っては部屋を出た。そして、先ほどのアシスタントを見つけると、バイオリンと楽譜を頼んだ。
「先生、本当に助かりました!今日は先輩もいなくて、本当に困ってて」
「いえ・・・いつもお疲れさまです」
先輩、とアシスタントの男が呼ぶのは惺のマネージャーを務める男のことだ。双子に振り回されずに仕事ができる珍しい男である。
「それじゃあ、今すぐバイオリンと楽譜、さっきの部屋に持っていきますね!」
そして、は部屋へ戻った数分後、アシスタントの男がバイオリンと楽譜を持ってきた。
「少し、練習しないと」
「ああ、そうだな」
「景吾さん?」
出て行こうとする跡部を呼んだ。
「お楽しみは取っておかなきゃな」
ふと笑って、跡部は部屋を出た。そして、は特別演目までの限られた時間の間、そこで指を慣らすために、一人で練習をすることにした。
UP 03/20/14