−SCENE 18−
−インターミッション−
それはとても衝撃的だった。
編みあげられた青い髪と同じように青いドレス。スッと姿勢良く、ステージの中央へ出てきた姿は、美しい姫のようだ、と不二は思った。
「、さん・・・」
よく見知った人物の名前を小さく呟いた声はきっと誰の耳にも入っていなかった。それよりも、流れるような旋律に酔うように聴き入っていたのだ。
演奏が終わった後に、パートナーを紹介するような動作は、どこか優雅で、スポットライトに照らされた顔はわずかに笑んだように見えた。
ステージから去っても、拍手は続いていた。
「ね、ねえ、い、い、今のって!」
「ま、まさかぁ!違うよにゃ!」
梅子と菊丸は、不二の方を見て、小声で話しかけた。
「さん、だよね」
「やっぱり!?」
梅子は、ずい、と席から前のめりになり、マジ、と菊丸が顔を引きつらせながら呟いた。
「い、いってみよう!」
その言葉をきっかけに、三人は急いで席から離れた。そこからは関係者以外立ち入り禁止と書いてあるドアを開いて、コンクール出場者が練習しているエリアを抜けて、椅子に張られた紙に、スタッフ以外立ち入り禁止、と書かれた先へと進んだ。
一段落しても裏方は、次のセッティングでざわざわとしているようだった。そんな中、見つかって放り出されないよう、三人は無意識のうちに静かに歩いていたのだ。
そして、ステージの近くの廊下へたどりつくと、そこで目にした光景に息をのんだ。
諸事情で来れないとされていた静琉と、よく知ったライバル校の跡部が居ただけではなく、探しに来た人物は、その跡部に微笑みかけていたのだ。
「跡部?」
ぽつりと不二が呟いたが、少し離れている相手に届くはずもなかった。
「ちょっと、君たち」
かけられた声に、びくーっと菊丸と梅子が反応した。
「ここは関係者以外立ち入り禁止だよ!」
みつかっちゃった、と梅子は呟いた。慌ててスタッフの人に説明しようとする梅子と違い、不二は冷静にスタッフの人の後ろへ目を向けていた。驚いたような表情の跡部と、どこか硬い表情になった。
不二たちにとっては、正確には、かもしれない人物だったが、その反応を見て、不二は確信した。やっぱりさんだ、と。
「だめだめ、コンクール参加者の君だって、ここから先は立ち入り禁止なんだよ」
梅子を見ながら言うスタッフに、梅子は困ったように眉をハノ字にさせた。
しかし、そこで、スタッフの後ろから聞こえた声に、目を輝かせた。
「すいません、彼らは通してあげてください」
その声に、菊丸はビクリと体を揺らした。
「ちゃん!」
梅子は嬉しそうに駆け寄った。それに続くように、不二は一歩足を踏み出した。
「・・・ここではスタッフの皆さんの邪魔になりますから」
そう告げたが踵を返して歩き出すと、梅子は素直にそれについていった。そして、二人もそれに倣った。
連れてこられた部屋の入口から左と向かいの壁には鏡と化粧台が設置してあった。部屋の中央にはテーブルとパイプ椅子があり、予備のパイプ椅子は右側の壁に立てかけてあった。
の前を歩いていた惺と静琉が先についていて、すでに奥の化粧台の前においてあった椅子に座っていた。跡部は軽く左奥の化粧台に軽く腰かけた。
「お、おじゃまします」
「どぞー」
の後に入った、梅子がきょろきょろと視線を泳がせながら言うと、惺が笑った。テーブルの奥には譜面台があった。その隣の椅子にはバイオリンケースが置いてあり、はそちらへ足を向けた。不二が違和感なく居る跡部に一瞬視線をやると、跡部は、よお、と口角をあげて言った。不二も、やあ、と返して、の方を見た。跡部は不二の後ろから居心地悪そうに入ってきた菊丸を見た。パチン、とバイオリンケースが閉じる音が部屋の中で響いた。
「不二さんと菊丸さんも招待していたんですね」
「う、うん」
がそういうと、梅子はなんと言ったらいいのか戸惑っているように答えた。
「君、4番の子だよね」
惺がそういうと、梅子は頬を赤くしながら、はい、と頷いた。だよねー、と言うと、静琉が、ああ、と思い出したように声を出した。それを見て、は、実は一番最初から居たのでは、と今更ながらに眉根を寄せた。
「で、そこの二人は?」
説明を求めるように惺が言うと、不二がにっこりと笑顔を作った。
「青学のテニス部です」
「え、青学のテニス部?」
双子は同時にそう呟くと、また同時にを見た。
「二人に見てほしいと言っていたのが、彼女よ」
がそう言うと双子の視線は、再び梅子に戻った。
「ああ」
「なーるほど」
いいよ、と言う二人に、梅子は何だろうと首を傾げた。
「見てもらいたい子がいるって、今日の演奏との交換条件」
「へっ?」
惺の言葉に、きょとんとした。そして、その言葉の意味を理解すると、目を丸くした。
「えええええ!」
「いや、驚きすぎだし」
「びっくりしたー」
小さいのに声でかいね、と惺が言った。
「だ、だって!い、い、いいんですか?!」
信じられないという顔の梅子に、おう、と惺は頷いた。
嬉しさのあまり涙目になる梅子を見たは、ほっと息を吐いた。
「で、君たちは、関係者以外立ち入り禁止のエリアに入ってきて何がしたかったの?」
静琉が問うと、ああ、と不二が答えた。
「突然ステージに上がった人物が、自分たちの知ってる人なんじゃないか、って思って」
「ふーん、で、確かめてどうしたい?」
今度は惺が問うた。しかし、そこでスタッフの一人がノックをした。
「すいません、惺さん、もうインターミッション終わります!」
「あれ、もう?」
「静琉さんもいるなら、ちゃんと出てもらいますよ!」
「げ」
後から顔をのぞかせたアシスタントが言うと、強制的に、いやー、と泣き真似をする静琉を連れて行くこととなった。
「じゃ、またねー」
「景吾君もよろしく〜」
「あ、連絡先は貰っといて」
二人の挨拶に応えるように、跡部は片手をあげた。も、惺の言葉に頷いた。パタンとドアが閉まり、しばしの沈黙の後、不二が口を開いた。
「なんで、跡部居るのかな?」
「アァーン?俺様がいるのは当然だろ」
なんでやねん、と忍足が居たらつっこむのだろうが、生憎彼は居ない。
「むしろ、なんでてめえらが居んだよ」
「僕たちは、姜さんの招待だよ」
「かんさん?」
誰だ、と言いたげな跡部に、あ、と梅子は右手をあげて自己紹介した。
「わ、私、姜梅子です」
「不二はともかく、菊丸がクラシックに興味があるとは思わなかったぜ」
う、と梅子は跡部がスルーしたことに若干落ち込んだ。
「お、俺?」
突然名前を出されて、菊丸はびくっと体を揺らして、自身を指差した。
「っていうか、にゃんで跡部が居るんだよ」
自分がバカにされていることに気付き、菊丸はムッとしたように返した。
「うちの系列が主催してんだよ」
そういえば跡部の家は金持ちだった、と不二と菊丸は思い出した。
「それに、あの双子をゲストに薦めたのも俺だ。まあ、途中からの演奏聴くのが目的になってたけどな」
いたずらが成功したような顔をした跡部を、は困ったもんだという顔で見た。不二と菊丸は、跡部がを呼び捨てにしたことに驚いていた。
「へえ、さんのこと、、って名前呼びなんだ」
不二の言葉に、今度はが体を固くし、目を伏せた。
嫌いな人間と仲良くしているのを人は気に入らない。人間によくある習性に、は過敏だったが、それを知っている跡部は、ふん、と鼻を鳴らした。
「てめえらと違うからな」
仲良くしている自分と、そうでないお前ら、と言いたげな相手に不二は眉根を寄せた。
「昔から知ってんだ。名前で呼んでても別におかしくねえだろ」
その言葉にハッとは床から視線を上げた。
「ふーん。付き合ってるわけじゃないんだね」
不二の言葉に、当たり前だ、と言いたくなったがが口を開くことはない。目の前の二人の間にはどこか火花が散っているように見えた。
・・・なんで?
何か聞き損ねただろうか、は首を傾げた。
「連絡先書いてくれますか?後で二人に渡しておきますから」
そういうとは、テーブルの上にあったメモ紙とペンを差し出した。
「い、いいのかな?!」
再び先ほどの喜びを思い出した梅子は興奮気味に問うた。
「いらないのなら、そう言ってください。演奏代は、腹筋二百回にでもしておきますから」
「えっ!」
腹筋二百回って!と梅子は驚いた。もちろんにとっては、冗談だったのだが。
「いいんじゃねーの?」
奏一が居れば、真顔で冗談を言うな、とつっこむのだが、生憎その場居るのは跡部だ。跡部は実に楽しそうに同意した。
「・・・冗談ですよ」
跡部の表情に、本当にさせそうだと感じたは、そう告げた。
菊丸は、冗談だったのかよ、とがっくりとした。
真顔で言うなよ、わかりづらー・・・
「お願いしたい!」
梅子はそう言うと、差し出されたメモ紙に携帯番号とメールアドレスを書いた。それを受け取ると、半分に折った。
「あとから、彼等から連絡がいきますから」
ありがとう、と梅子は嬉しそうに笑った。
「景吾さん」
が呼びかけると、ああ、と跡部は返事した。菊丸は、が名前で跡部を呼んだことにまた驚いた。不二も一瞬目を見開いて驚いたが、ふーん、とすぐにその冷静さは戻った。
「行くか」
「ええ」
二人はそう意思の確認をすると、が三人の方を見た。
「私たちは、帰りますので」
「もう帰るの?」
部屋から出てほしいという意思表示に、不二が問うた。
「・・・ええ」
「どうして?」
最近質問が多いな、と困ったに、跡部が口を出した。
「雑誌記者が来たら面倒だからな」
今はまだコンクールの最中だから来ることはないが、終わった後は確実にを探しに来る。だから、先に出るのだ。
「なるほどね」
不二が返すと、それを合図に全員が部屋から出た。
そして、と跡部が駐車場へ向かうのを見届けて、三人は再びホールの中に入った。
UP 04/03/14