−SCENE 22−
−従兄弟−
こんな時間に売店なんか開いているんだろうか、と疑問に思っていたが、どうやらこの病院は夜までやっているらしい。桃城はあまり縁のない場所をきょろきょろと見まわした。
「跡部が売店って似合わないね」
「あーん?」
不二の言葉に、栄養ドリンクとスポーツドリンクを手にした跡部が片眉をあげた。
「滅多にくる場所じゃねえな」
はじめてきた、とは言わない。不二は、ふーん、と小さく返した。
中年女性の店員は不思議そうに彼らを見たが、何も言わずにレジに置かれた商品をスキャンして、合計を告げた。跡部はカードを出し、ぎょっと桃城と菊丸は目を見開いた。跡部以外のメンバーはただ歩きまわるのもなんだと思い、それぞれが自分の飲み物を買った。
「跡部」
売店を出ると、乾は眼鏡の位置を直しながら、そんな話をしにきたわけではないだろう、と呼んだ。しかし、跡部はすぐには口を開かず、周りに人が少ないところへ着くと足をとめた。
「アイツは、は、昔事故にあいそうになったことがある」
跡部は、どう切り出せばいいのかわからなかった。その言葉に菊丸が目を丸くした。だから、あんな風にパニックになっていたのか、と。だが、跡部の口から告げられた次の言葉にさらに驚きは増した。
「道に飛び出た子供を助けるために、飛び出たんだ。だが、は事故には合わなかった。アイツをかばったやつがいるからだ」
跡部の目はどこか遠くを見ているように見えた。
「アイツの、従兄だ」
乾と不二が首を傾げた。それに気付き、跡部は続けた。
「奏一の弟、
奏楽だ」
え、と誰かの口から小さく零れた。初めて聞いた名前に、それぞれが顔を見合わせた。
「アイツの家族が、アイツをかばって、アイツの目の前で事故にあった」
だからか、と全員が納得した。いつも冷静で感情を表に出さないが、あんなにも動揺を見せたのだ。
「その人は?」
乾が問うと、跡部は目を伏せた。
「奏楽は死んだ」
はっきりと告げられ、菊丸は自分はなんて無責任なことを言ってしまったのだろうと今更ながらに後悔した。
「アイツを苦しめるな」
跡部の真剣な表情に、ごくりと自分の喉がなるのがわかった桃城と菊丸は、目をそらした。そこで、不二が口を開いた。
「跡部は、ちゃんとどういう関係?」
「幼馴染みたいなもんだ」
あっさりと答えが返ってきたことを意外に思った。跡部はそういう質問しか残っていないのなら戻るとすたすたと歩き出した。
再び手術室の前へ戻ると、意外な光景に皆驚いた。あの海堂がに手を差し伸べて、あのがその手を祈るように握っているのだ。それを離したくなり、跡部は少し足が速くなった。
「ほらよ、。どうせ、ここんところ食べてねえだろ」
栄養ドリンクを目の前に出され、はちいさく苦笑を浮かべた。固形物食べられるか、と簡易栄養食もビニール袋から取り出した。
「ごめんなさい」
「謝るな」
ぴしゃりと言われ、は栄養ドリンクを受け取って、ありがとう、と返した。
「ほらよ」
スポーツドリンクを差し出され、リョーマと海堂は驚いた。どうも、と小さく返してそれを受け取った。栄養ドリンクを飲んだから空の瓶を受け取ると、今度はスポーツドリンクを渡した。意外と喉が渇いていたのだと、そこでは冷静に思った。
そんなを見て、跡部は一歩線をひいてみせる余裕すらもないのだと感じた。いつもは人前では線引きをするに苛立つのに、それが出来ない姿を見ると悲しく感じる。人間は複雑だ、と改めて思った。
「で、なんで跡部さんがここにいるんすか?」
しばらくの沈黙の後にリョーマが口を開いた。向かい合って座った相手を見ると、ふんと鼻を鳴らした。
「テニスしてたんだよ」
「雨なのに?」
リョーマの言葉に、跡部は馬鹿にしたように、はっ、と笑った。
「インドアのコートなんざいくらでもあるだろうが」
確かに、と頭の中で呟いて、リョーマはまた一口スポーツドリンクを口にした。周りを見回すと、いつもの周りでは刺々しい空気を出していた菊丸と桃城からその空気がないことに気付いた。跡部に何を聞いたのだろうかと、ふと疑問に思う。あとで聞けばいいや、と思い、ちらりと視線を横へ向けた。
海堂はの握っているスポーツドリンクを見ていた。先ほどまで強く自分の手を握っていた手は、さきほどより少し力が抜けたように見えた。だが、やはり緊張感は消えていない。顔色も悪いままだ。運動部にしては白い肌は、いつもよりも青白く見える。まるで人形のようだと、ふと横顔を見て一瞬思う。だが、感情が見える姿は、全然違うか、と考えを改めた。
「っ!」
赤いライトが消え、はハッと顔をあげた。ウィーンと扉が開き、皆が立ちあがった。
出てきた男には駆け寄った。
「院長!」
「ちゃん」
驚いた様子の男は、親しげにを呼んだ。穏やかな声でに落ち着くように告げた。
「院長、奏一は」
「ちゃん」
慌てた様子のとは対照的だと皆が思った。そっとの腕に手を添えた。そこではハッとしたように男を見た。
「おじさま」
そう呼ばれ、男はにっこりと笑った。その顔に、奏一との血のつながりをそれぞれが見た。
「奏一は大丈夫だよ」
よしよしと頭を撫でながら告げられた言葉に、全員が安堵した。
「奏一さんは」
「問題ない。出血の割りに、結構傷も浅いし。大丈夫だよ」
その言葉を聞いて、の身体から力が抜けた。
「よかっ――」
「!」
ふらりと倒れた身体に跡部は腕を伸ばし、院長もそれを支えるように手を伸ばした。
「?!」
二人に支えられているは、意識を失っていた。一体何が起きたのか、とそれぞれが近寄ると、院長は苦笑を浮かべた。
「寝てるだけだよ、大丈夫」
「ね、ねてるって」
この状況でか、とつっこみたくなった桃城に、ははは、と院長は笑った。
「寝不足と極度の緊張だろうね」
ぐっと跡部はを横抱きにすると、運びましょう、と告げた。助かるよ、と院長は礼を言った。二人が歩き出し、それに続いていいものかと考えながらも、救急エリアに何時までもいるわけにはいかないので、全員がそのあとに続いた。
「奏一さんは?」
「意外と頑丈だからね、大丈夫だよ。リハビリすればすぐに戻れる」
「そうですか」
「心配かけて悪かったね」
いえ、と跡部が返した。いつも偉そうな跡部だが、大人の前では礼儀正しいのだと不二は思い出した。
「そういえば、大石とタカさんは来なかったんだね」
小さく不二は、リョーマと桃城を見て言った。
「大人数になったら、病院に迷惑だろうって、二人は帰ったッス」
不二は、病院では中々見ない人数だろうと自分たちのことを考えた。十分大人数だ。
一つの病室につくと、二人部屋だった。
「そこに寝かせてあげて」
窓際のベッドを指して院長が言うと、跡部はをそこへ寝かせた。
「息子と姪が、悪かったね」
院長はそういうと、全員の顔を見渡した。
がらがら入り口で音がし、皆の視線がそちらへ向いた。
「あ、院長」
「お疲れさまです」
「お疲れさま」
ベッドを押してきた看護師たちが軽く頭を下げ、院長は軽く手をあげて言った。てきぱきとベッドを固定し、周りにあった機械を設置していった。
「安定してるみたいだね」
「は、はい。数値はちゃんと安定しています」
どこか緊張した表情の相手に、院長は苦笑を浮かべた。
「ありがとう」
「失礼します」
すべて設置が終わると、看護師たちは挨拶をして出て行った。
「そういえば」
院長は思い出したように全員の足元を見回した。
「みんな、なんで、うわばきなの?」
UP 04/04/14