−SCENE 23−
−従兄妹−
突然目の前で子供が道路に出るのが見えて、車が来るのがわかって、とっさに身体が動いていた。
ほんの数秒だったはずだ。目の前に飛び出た子供をかばうために飛び出たを見て、血の気が引いた。の名前を叫んだ瞬間、隣にいたはずの奏楽がいつの間にか遠くに転がっていた。何も音が聞こえなくなった。叫んでるはずのの声すら聞こえなくて、大騒ぎしている周りの音すら聞こえなかった。
かばった子供が小さいころのに一瞬見えて、奏楽もこんな感じだったんだろうか、なんて思った。
「おい!」
でも、今日はうるさいな、とぼんやりと思った。雨の音。泣く子供の声。周りが騒がしい。
「奏一!おい!」
跡部のガキの声だ。生意気なガキが、なんでそんなに心配そうな声出してんだよ。小さく笑った。仰向けにされた。ああ、痛えな。こりゃ、骨折れてるな。
「笑ってんじゃねえ!しっかりしろ!」
いつの間にか丁寧語になっていたのに、今は小さいころみたいに普通の話し方だ。サイレンの音が聞こえた。雨があったかい。ああ、奏楽もこんな風に雨があったかく感じたんだろうか。
「てめえ、を置いてくんじゃねえぞ!」
俺もアイツを泣かせるのかもしれない。だめな兄弟だな、俺ら。
「泣かせねえって約束したんだろうが!」
ああ、そうだ。俺は、を泣かせるわけにはいかない。
「あ、あ」
「っ!奏一!しっかりしろ!」
しっかりしてるよ、くそがき。重たい瞼を開けて、よりも明るい青い目が映った。
「今から病院行くんだからな」
色素の薄い顔が離れた。知らない男の顔が視界に入った。誰だとか考える前に視界はぼやけた。
ああ、誰かが泣いてる。知っている泣き声だ。人に気付かれないように、声を押し殺した泣き声だ。が、一人で泣いている。だめだ。行かなきゃ。
「!」
真っ白な天井が目に入った。慌てて起き上がると、自分の周りに人がいて奏一は驚いた。菊丸と不二と乾が立っていた。
「な、んだ?」
「意外と動けますね」
冷静な声の方を見た奏一は、意識を失っていたのだと一瞬にして気付いた。跡部とテニスをした帰りに、事故にあったのだと。
「は?」
「ここで寝てる」
隣のベッドを指されて、ほっとした。泣いているわけではないのだと。
「君たち・・・」
テニス部がなぜここに、と思いつつも、についてきたんだろうと予想した。
「悪かったね」
父親と同じ言葉を口にした奏一に、苦笑を浮かべた。自分たちが残っていたこと不二は謝ったあと、よかった、と奏一の無事に喜びを感じていることを告げた。
目覚めたと同時にを呼んだ奏一を見て、それだけが大事なのだと改めて感じた。初めて青学に来た時もだが、二人の関係はただの従兄弟と呼ぶ以上のように見えた。跡部からもう一人の従兄弟が死んだと聞かされ、若干依存しているようにすら感じたことへの説明がついた。
「についてきてくれたんだろ」
若干好奇心の方が強かった気がしたため、素直にはうなずかなかった。
「やっぱ、取り乱したりしてた?」
「当たり前ですよ」
丁寧な言葉の跡部を意外に感じた。
「震えてました」
だろうな、と奏一は深く息を吐いた。
「泣いた?」
「泣く前に気絶したってのが正しい」
今日も雨でここ数日は雨続きだった、と思い出した。
「じゃあ、君たちは驚いただろ」
「知っている人が事故にあったって聞いたら、驚きますよ」
不二の答えに、奏一は苦笑した。
「いや、が取り乱したことにだよ」
「確かに、があんな風に感情を見せるとは計算外だった」
ぽつりと呟いた乾に、奏一はデータマンだったかと思い出した。
「そろそろ遅いから、帰らないと家族も心配するだろ」
すでに外は暗い。
「は寝不足なだけだから大丈夫。多分明日まで寝てるから」
皆の視線はに向けられた。静かに眠っている。顔色は悪い。栄養剤と言った院長が持ってきた点滴に繋がれたままだ。跡部以外の面々がドアへ向かうと、ああ、と思い出したように奏一が声を出して、振り返った。
「外、マスコミが来てるはずだから、裏から帰りな。今看護師呼ぶから」
UP 04/04/14