-SCENE 24-
-傷-
「出かけんのも久しぶりだよなあ」
「奏一が海外に行くから」
「そりゃ、仕事だからな」
不満げにみると、よく似た笑顔で二人は笑った。
「忙しかったからなあ、久しぶりに洋服買った」
「テニスウェア」
「最近スポンサーに貰ってるからそれすら買ってない」
「へえ」
「お前の衣装と一緒だろ」
「俺のは舞台衣装で一回しか着ないし。でも、俺も服買うの久しぶりだな」
二人の手には先ほど買った洋服店の袋だ。二人がテニスバッグと楽器の入ったバッグ以外を持つのを見るのは久しぶりだった。
「でも、雨の日に買い物すると、中身が濡れる可能性があるんだな」
「だから、ビニールのカバーくれたんだろ」
呆れたように弟は兄を見た。
「傘と買い物のおかげで蒼紫と手がつなげない」
「別に迷子にならないから大丈夫だよ」
「そういうことじゃない」
奏楽が溜息をついた。
「あ、ママー!」
手を振った子供が視界に入った。道の反対側に母親が立っているらしい。女性が手を振り返した。子供は父親とともにいたようだ、隣に立っている男性が嬉しそうに笑った。ほほえましい光景に、こちらも笑顔になる。信号が青に変わり、子供が駆けだした。その時、車がブレーキを踏んでいる様子がないことに気付いた。
「あぶない!」
思わず傘を放り投げて、子供を追いかけ抱きあげた。
「蒼紫――ッ!」
大きな声が耳に入ると、ぐっと身体が後ろへ引かれた。ドゴンと大きな衝撃音が耳元で聞こえた。背中に感じた衝撃から子供を守るように、ぐっと身体を丸めた。次に聞こえたのは、複数の悲鳴。ブレーキ音に続いて、ドガンと音が聞こえた。
起き上がりながら、すりむけた腕が痛んだ。ふと顔をあげて、少し離れたところに、先ほどまで奏一が持っていた袋が転がっていた。そのとなりには、紺色の傘。周りが騒がしいことにも気づき、ふと顔を横へ向けた。
男が倒れていた。足が変な方向へ向いている。
「そう、た?」
子供が腕からすり抜け、両親のもとへ駆けて行った。慌てて立ちあがって、倒れた身体の隣へ膝をついた。すでに背中も濡れている。汚れなど気にならない。そっと身体を抱き起こす。頭を支えた手には、ぬるりとした感触。真っ赤になった手に、めまいがした。
「奏楽!」
返事はない。起こすように揺らしたくなる。そっと頬に触れた。
「いやだ!奏楽!目を開けて!」
揺らしてはいけない。基本だ。
「奏楽!!」
サイレンが聞こえた。雨で薄くなった血が地面の水たまりに広がっていった。呼び続けても返事はない。動く気配もない。でも、呼吸はある。
「君!どいて!」
「いやだ!奏楽!」
救急隊員が奏楽を運ぼうと担架を持ってきた。
「どくんだ!」
ぐいと肩を掴まれて、後ろへ身体が動いた。他の救急隊員が奏楽を担架へ乗せた。救急車の中へ入った。ぐいと腕を引かれた。奏一が行くぞ、と救急車の中へと引っ張っていった。
救急車の中、救急隊員が何かを言っていたが、世界から音が消えた。何も聞こえなかった。おかしいと思って、隣を見た。
ハッと気づくと隣にいたはずの奏一がいなかった。
「奏一?」
ピーッとフラットになったそれは心臓の動きを知らせる機械だ。ハッと、機械につながれた人物を見た。先ほどまで隣にいたはずの人物だ。
「奏一!!」
大声で呼んだ。目の前に広がったのは真っ白な天井だ。
「蒼紫!」
声が隣から聞こえ、左へ顔を向けた。
「大丈夫だ、俺はここにいる」
奏一がベッドの上にいた。慌てて起き上がって、ベッドへと駆け寄った。ブチッと蒼紫の腕から点滴が外れたが、気付いていない様子だった。
「奏一!」
「大丈夫だ」
相変わらず顔色の悪い蒼紫を、奏一は抱きしめた。骨折しているあばらが痛むが、そんなことよりも蒼紫を落ち着かせたかった。
「ったく、俺様がいることくらい気付け」
「・・・景吾さん」
驚いたように蒼紫が跡部を見た。座っていた椅子から立ち上がり、蒼紫の腕を取った。
「無駄に傷作るんじゃねえよ」
点滴を無理矢理外したため、必要以上にひっぱられた皮膚はちいさな傷になっていた。
「ははは、どうだ、くそがき、まいったか」
「自分の状況わかってます?」
俺のが愛されてるのだ、という奏一に跡部は、殴ってやろうか、と頬を引きつらせた。
「それにしてもタイミング良かったな」
何の話だろうかと二人が奏一を見た。
「今日テニスしてなかったら、またしばらく跡部の坊ちゃんとテニス出来なかったからな」
「坊ちゃんって」
呆れたように蒼紫が見た。どうしてもからかいたいらしい。そんないつも通りの奏一の姿に、蒼紫はすとんと大丈夫なのだと感じた。彼は生きているのだと。
「俺はそろそろ帰る」
蒼紫が起きて落ち着いている姿を見た。自分には用がもうないと跡部は帰って行った。
「蒼紫も、もう少し寝るぞ」
うん、と蒼紫は素直に自分が寝かされていたベッドへと戻った。
UP 04/05/14