−SCENE 25−
−瘡蓋−
「やっぱ、来てないな」
「が今日来る可能性ゼロパーセント」
「のわ!乾!」
溜息とともに呟かれた言葉を拾った人物に驚いた菊丸は、飛び上がった。
「さすがに昨日の今日で来るわけないないだろう」
「おはよう、不二、英二」
「おはよう」
「おはよう、タカさん、大石」
ストレッチの終わった河村と大石が、二人に声をかけた。
「昨日プロ事故にあったんだろ?大丈夫なのかな?」
心配そうな河村に、乾はクイと眼鏡を上げた。
「プロの父が病院の院長だった。その院長が大丈夫と言っていたから平気だろう」
「そっか。それならいいんだ」
僅かにホッとした表情を見せた。大石も僅かにホッとしたような空気を出した。僅かに緊張しながらも気になる人のことを聞いた。
「それで、さんは?」
「は、気絶していた」
「ええ!気絶!?」
河村は大きな声をあげて驚いた。大石はただ目と口を大きく開いた後、大丈夫なのか、と心配そうに問うた。
「院長も、プロも、ただの寝不足だろうと言っていた。極度の緊張と疲労からなら、問題ないはずだ」
「そ、そうか。大丈夫ならいいんだけど」
「でも。心配だよね。さんが気絶なんて」
ちらりと乾は菊丸を見た。昨日見た光景を思い出しているのだろう。真面目な表情で、僅かに暗い空気が出ている。
「ういーっす」
「おはよう、越前」
「なんか真面目な空気っすね」
けろりと言うリョーマに大石は苦笑した。
「昨日の話だ」
乾のその一言で納得した。ああ、とファンタを一口飲んだ。
「大石」
「ど、どうした?英二」
大石は一瞬また菊丸が不機嫌になったのかと思ったが、真剣な表情にそうではないと察した。
「昨日さ、跡部がいたんだ」
「は?跡部って?」
「氷帝の跡部はと幼馴染だそうだ」
そうなのか、と河村が乾を見ると、昨日病院で会った、と答えた。菊丸は僅かにうつむいた状態で続けた。
「跡部がさ、言ってたんだ。の従兄が死んだんだって」
「え?従兄って?」
奏一は無事だと聞いていた大石は意味がわからず、説明を求めるように乾たちの方を見た。リョーマは聞いていなかった話に瞠目した。
「プロの弟、交通事故で死んだんだって」
菊丸が続けた言葉に、ハッと大石と河村は息をのんだ。
「・・・それで、さん、あんなに慌ててたんだね」
気絶したということも納得できた。トラウマなのだろう。
「が珍しく慌ててたし、焦ってて。あんなアイツ初めて見たからさ。俺、大丈夫だって言ったんだ。そんな心配することないって。院長が手当てしてくれてんなら大丈夫だって」
あの取り乱し方は、からかうことすら思い浮かばせなかった。落ち着かせなければ、という気分にさせたのだ。いつも敵視していた菊丸がそう思ったのだと知り、大石と河村はがどれだけ取り乱したのかを初めて知った。
「アイツが、家族亡くしてたなんて、知らなくて」
軽々しく言ってはいけない言葉を言ってしまったのだという菊丸に大石は困ったように眉をハの字にさせた。
リョーマの後ろにいつの間にか立っていた海堂は、ああ、と一人納得していた。借りたシャツは死んだ従兄のものだったのだ。だから、使う人間はいないとどこか悲しそうに言ったのだと。もしかしたら、あの倒された写真立ては、その家族のものなのかもしれない、とも思った。飾らないのは悲しい。でも、飾っているものを見るのも悲しくなる。複雑な感情から、倒されていたのかもしれない、と。
「ふーん。跡部さん、そんな話したんだ」
「越前は、聞いてなかったのか?」
あとから病院へむかったのに、と不思議そうにした大石に、リョーマは答えた。
「皆が跡部さんと売店行ってる間、俺と海堂先輩は、先輩といたんス」
そこで、うぃーっす、と桃城が入ってきた。その後ろから不二が、おはよう、と挨拶をした。
「どうしたんすか?なんか暗いっすよ」
「昨日の話を聞いてたんだ」
リョーマと同じようにその場の雰囲気を形容した桃城に、河村は苦笑を浮かべた。昨日の話、と桃城が首を傾げた。
「皆が売店言ってる間に跡部さんから聞いた話を、今初めて聞いたんですよ」
リョーマが説明すると、ああ、と桃城が手を打った。
「海堂が、の手握ってた時のことか」
「はあ?!」
大石と河村が海堂を驚いたように見た。海堂は、カッと赤くなりながらも、桃城へつっかかっていった。
「なんのことだ!てめえ!」
「ああ?マムシがの手を優しく握ってやってた時のことだよ!」
「ッ!」
いつものケンカが始まり、先ほどの緊張感や暗い空気は吹き飛んでいた。
「こーら!いい加減、朝練をはじめるぞ!!」
突然のスミレの怒鳴り声で、いつも通りの部活へと戻って行った。
☆★☆ ★☆★ ☆★☆
「あれ、ちゃん」
「?」
ぎょっと驚いた顔には首を傾げた。
「おはようございます。・・・?」
「一日以上休むと思ってたから」
の疑問に気付いた不二が答えた。
「奏一さんが自分は大丈夫だから、学校へ行けと」
僅かに伏せながら言うに不二は笑った。
「いつもはどっちで呼んでるの?」
「なにがです?」
「奏一って呼び捨てしてたよね」
ハッとは不二を見て、すぐに視線を下へ向けた。
「人前でプロを呼び捨てに出来ませんよ」
「家族なのに?」
再びと目があった。やはり落ち着かないのかもしれない、と不二は思った。誤魔化そうとしても、うまく誤魔化せていない。いつもなら言葉に詰まっても、目に動揺を見せることはない。
「は」
突然菊丸に呼ばれては僅かに驚いたように見た。不二も珍しいと思いながら隣へ視線を向けた。
「その、大丈夫、なのか?」
質問の意図が分からずは一度瞬きをした。
「奏一さんは、大丈夫です。起きるまでいたのでは?」
僅かに首を傾げた相手に、自分の聞きたいことが通じていないことに菊丸は言葉を詰まらせた。
「そうじゃなくて、だから、その」
「英二は、君の体調を聞いてるんだよ」
くすりと笑った不二が横から助けを出した。
「は?ああ、私は、もう、大丈夫です」
「大丈夫だって。良かったね、英二」
「べ、別に!心配とかじゃなくて!目の前で人が倒れたらびっくりするだろ!」
不二の言葉に僅かに頬を赤くしながら、菊丸は慌てて言い訳のような言葉を並べた。そこでチャイムが鳴り、教師が入ってきた。菊丸はいいタイミングだと珍しく真面目に教師の話に耳を向けた。それを面白そうに見る不二を、は不思議に思いながらも前を向いた。
は、本当は心配していた。自分が取り乱す姿を見せてしまったのだと聞かされ、どんな顔であうべきだろうか、と。相手を不愉快にさせてしまったかもしれない、と。しかし、学校へ来たことへの驚きだけだった。いつも文句を言う菊丸でさえ、を気遣うような質問をしたのだ。不思議と驚きの両方でいっぱいだった。本当は病院にいたかったことなど忘れてしまうほどだった。
UP 04/05/14
*瘡蓋(かさぶた)