−SCENE 26−
−強化合宿−
「すげー」
「テニスコートがある別荘ってはじめてみた」
「別荘ってもん自体はじめてみたっす」
「確かに」
バスから降りて騒ぐ一向に呆れながらも、何故自分はこんなところにいるのだろうか、と小さく溜息を吐いた。
何故と聞けば、答えは簡単だった。奏一が、に合宿へ参加するように言ったからだ。
『学校にちゃんと行って来い。俺は大丈夫だから』
学校へ行くことを渋ったときに、奏一はの頭を撫でながら言った。今は青学の生徒なんだからな、と。
『ただの肋骨の骨折だけだし。大人しくしてりゃ治るんだからさ。心配ないって。親父もいるし。俺は大丈夫だから、合宿行って来いよ』
行きたくないとわかっているのに、笑顔で冷たいことを言うと思った。
『お前のコーチしたチームが勝つのが見たいからさ』
そう言われてしまえば、合宿に行かないわけにはいかない。レギュラーのみの強化合宿は大きい効果を期待できる。
土産よろしく、と笑った奏一の顔を思い出しながら、はバスの運転手から荷物を受け取った。
「あ。さん」
「これ、河村さんのですね」
「ありがとう」
慌てて河村はバッグをから受け取った。女の子には重いはずのそれを、は重たそうな様子を見せなかった。いつも通りだ、とアップダウンの少ない表情を見て改めて思った。そんな彼女が数日前に取り乱した姿を見せたらしい。自分は店の手伝いもあったし、病院に大人数で行くのは迷惑だろうからと駆け付けなかった。戻ってきた彼女はいつも通りだと思った。
「ああ!さん、ごめん!」
大石が慌てて自分のをバッグを受け取った。そして、それぞれの荷物を持つように皆に声をかけた。
「ってかさ、スミレちゃんの知り合いの人の別荘なんだろ〜?すげー人と知り合いなんじゃん」
「そうっすね」
鍵を開けて、中へ入った。
それぞれが後に続いて入った。
「おお、広い」
「ずっと使われてないとか言ってたらしいけど、綺麗だね」
きちんと掃除されている。あたりを見回しては思った。はじめてつかった業者だったがが、きちんとやってくれたらしい。
どたばたと桃城と菊丸は階段を駆け上がっていった。
「すげー!」
「こら、英二!桃城!」
探検、と二人は別荘の中を見回ることにしたらしい。は、こどもか、とつっこみたくなったが、よくよく考えれば中学生はまだ子供だと思い直した。
すたすたとは自分の荷物を持ったまま、リビングへと向かった。リビングへ入ると、オープンキッチンが見える。冷蔵庫を開けると、ちゃんと頼んでいたように材料が入っていた。一つ野菜を取り出して、状態を見る。ちゃんと新鮮だ。またなにかあれば使おう、と心の中で呟いた。
「あ、あの、先輩」
おどおどした声に、冷蔵庫を閉めながら振り返った。
「なんですか?」
「あの、お手洗いって」
恥ずかしそうにそこまで言った桜乃には、ああ、と悟った。
「左に出て、突き当りの左です」
「あ、ありがとうございます」
急いで出て行った姿に、最初に教えてやればよかっただろうかと思った。そろそろ探検も終わって、それぞれ泊まりたい部屋が決まったころだろうか。は、ふと時計を見た。
「ちゃん」
不二が顔をのぞかせた。は手を洗って、そちらへ向いた。
「露天風呂もあるんだよ」
「そうですか」
何がいいたいのかとは僅かに目を細めた。すると不二はにっこりと笑った。
「すごいよね」
「不二??」
乾がリビングへと入ってきて、二人の視線はそちらへ向いた。
「どうしたんだい?乾」
不二が問うと、乾は手に持っていた水筒を見せながら、キッチンへと入ってきた。
「これを冷蔵庫に入れようと思ってね」
こんなところまで持ってきたのか、とはつっこみたくなったが、関わらないのが一番だとも理解していた。では、というとキッチンを出た。リビングから廊下へ出ると、リョーマが立っていた。
「あ、先輩」
リョーマはいまだにが自分の荷物を持っているということに気付いた。
「先輩、まだ部屋決めてないんすか?」
「ええ」
「皆もう決まったと思いますけど」
「そうですか」
あっさりとした対応に、ここにしたいとかないんすか、とリョーマは問うた。
「特にはありませんよ」
「ふーん」
人数から考えて、上の階はもういっぱいだ。
「そんなにいい部屋がありましたか?」
貸し出すために多少インテリアのテーマを部屋で変えたことを思い出した。気に行った部屋でもあったのだろうか、とはさりげなく問うた。
「まあ、どれも綺麗っすよ」
「そうですか」
「窓の外も緑で綺麗だし。俺の部屋、富士山が見えるし」
「・・・今日は、天気がいいですからね」
意外だ、とは思った。まさか越前が景色に興味を示すとは思わなかったのだ。富士山が見えるのは、マスターベッドルームだ。そこは多少他の部屋よりも広い。てっきり広さで選んだかと思ったのだ。
「私も荷物を置いてきます」
「ういっす」
はそういうと、一回の奥へと歩いて行った。荷物を部屋の隅に置いた。何年振りだろうか、とふと部屋を見回して思った。そこは、奏楽が楽器を弾くための部屋と昔は言っていた場所だった。感傷に浸りに来たのではない、とはかるく頭を振り、リビングへと戻った。
「・・・みなさんは?」
「探検、まだ終わってないみたいっす」
リョーマの答えには、やはり今日は大したことはできなそうだ、と息を吐いた。
「リョーマ様!リョーマ様!」
小坂田が部屋に飛び込んできた。リョーマは動く気はないらしく、ソファに座ったままだ。の姿を見た小坂田はむっとしたように口をへの字にした。
「リョーマ様、テニスコート以外にもバスケットボールのコートもありましたよ!見に行きましょ!」
「と、ともちゃん」
「え」
めんどくさいからいかない、と答える前に、ぐいぐいと腕を引かれてえ部屋を出て行った。リョーマが付けたテレビを見て、リモコンへ手を伸ばした。スイッチを押せば、テレビ画面は真っ黒になった。
ぎしぎしと天井が鳴った。上を見上げた。相変わらず騒いでるのだろう。声が外からも聞こえ、は、この別荘がこんな騒がしいのは初めてだ、と改めて思った。
UP 04/05/14