「あー!あれ!」
ぼたんさんの声で、全員がそちらを見た。
「あれま、なんてこったい。飛影も一緒だよ」
「幽助」
兄の姿を見て、安心したような声が隣から聞こえた。浦飯さんの隣には、また知らない人が歩いていた。全身黒い服で、髪も黒い。
「どうやら、役者がそろったな」
「ええ」
玄海さんの言葉にに、蔵馬さんが頷いた。
「はい、幽助」
「さんきゅ」
いつの間にか家から持ってきていたらしいティシャツを浦飯さんは受け取った。兄弟なんだ、と改めて思った。
「飛影さん、お久しぶり」
顔見知りなのか。しかし、飛影さんと呼ばれた黒ずくめの男は、ふん、としか返さなかった。
「あはは、あいかわらずだね」
それでも、彼女は嬉しそうに笑っている。
「まず状況を整理しよう。敵は仙水を含めて七人。内、ドクターとスナイパーは幽助たちが倒した。そして、シーマンこと御手洗はこちら側にいる」
「つまり残り四人ってわけだね」
「敵は、桑原君をとらえ、現在入魔洞窟にいると考えられる」
「そこがやつらのアジトってわけだな」
浦飯さんが言った。
「ああ。それに仙水は魔界に通じる穴が開くまであと二日と言っていた」
「これは霊界の予測より四日ほど早いんだよ」
なんで早くなったのか。柳沢さんが疑問を口にした。
「多分術師である樹の能力が徐々に強まっているからだろう」
樹が早まりそうだと言っていたことを思い出して、それを伝えた。
「確かに町の状態を見れば、一目瞭然かも」
海藤さんが呟いた。確かに町の中に虫がうじゃうじゃしている。
「桑原君がとらえられている以上、今すぐ洞窟に向かうしかない」
「和真君の能力が必要なら、穴が開ききって、結界を切る段階までは、生きてるはず」
さんは、まじめな顔になっていた。
生きているはず。でも、そうとは限らない。僕は口を開いた。
「でも、敵の中にグルメがいる」
僕の言葉に、蔵馬さんが頷いた。
「そう、御手洗君の話によれば、桑原君の能力はグルメに食われる可能性が高い」
「グルメ槇原は、文字通り能力を食う。僕は、槇原が食っているのを見たことがある」
ひい、とぼたんさんが小さく声を上げた。
「食うって、具体的にはどうするんだ?」
浦飯さんの疑問に、僕は答えた。
「まさに食べるんだ。相手の体ごと丸のみさ。奴のテリトリーは体内にある」
さんの顔が引きつった。あれは確かにグロテスクだった。
「おおよそのことはわかった。ま、見当はついていたがな」
飛影さんが言った。
「おし、やつらのアジトに乗り込むぜ」
意気込んだ浦飯さんを玄海さんが止めた。
「行く人間をしぼったほうがいい。飛影、蔵馬、幽助。お前たち三人で行ってきな」
僕も行きたい。
「やみくもに人数を増やしても逆効果。敵に付け込まれる危険の方が大きいからな」
他は待機だと玄海さんが告げた。僕も行きたい。
「洞窟の中を僕に道案内させてくれ。あの中は巨大迷路になってるんだ」
一歩前へ出た。全員の視線が僕に向けられた。
「お前を信用できるのか?」
飛影さんが問うた。一瞬うつむいた。
僕は、桑原さんを助けたい。顔を上げた。
「あの人・・・桑原さんだけは助けたいんだ」
僕がそう言うと、さんが僕の前に立って、にっこりと笑った。
「よろしくね」
差し出しされた手に驚いた。
「一応、俺のコピーの能力で確認しますか?」
柳沢さんが浦飯さんに問うたが、浦飯さんは手を振った。
「あいつは嘘発見器みたいなやつだからな。その必要はねえよ」
浦飯さんがさんの後ろに立って、肩に手を置いた。そして、もう片方の手を僕の肩に置いた。
「信じるぜ。行こう」
「ありがとう」
玄海さんが呆れたようにため息をついた。
「お前も行きな。」
「え、いいの?」
「え」
思わず声が出た。さんも行くのか。いくら戦えると言っても、大丈夫なんだろうか。
「ああ」
「はい」
にっこりとさんが笑った。玄海さんの視線が浦飯さんへ向いた。
「幽助、この状況、いつぞやの時に似てないか?」
浦飯さんは、あ、と声を上げた。海藤さんたちに誘拐された時、と言った。一体この人たちはどんな関係なんだろうか。僕は首を傾げた。
「そう。わかってるな。冷静さだけは失うなよ。敵は必ずそこをついてくる」
「おう。まかしておけ。洞窟を出てくるときは、ぼっこぼこにした仙水を連れてくるぜ」
「」
玄海さんが呼ぶと、さんは苦笑気味に頷いた。言葉にしなくても、通じる関係なんだ。
洞窟の前には、見慣れた立ち入り禁止の看板。そして、あった車に見覚えがあったらしい。浦飯さんは間違いないと言った。
「仙水たちは、この洞窟の中です」
僕が言うと、浦飯さんが言った。
「地獄への入り口ってわけか」
「ここから樹のいるところまで、どのくらいかかる?」
「注意を払いながら歩けば、二時間はかかると思うよ」
蔵馬さんの問いに答えると、さんは、二時間、と小さく呟いた。
「よっしゃ」
意気込んだ浦飯さん。でも、僕は、少し低くした声で足した。
「途中、何も起きなければの話だけどね」
緊張が走る。
「覚悟はいいな」
「聞くまでもない」
「今さらだよね」
浦飯さんの掛け声に、飛影さんとさんが答えた。全員が一歩前へ進んだ。本当にさんも行くらしい。危険なのはわかっているはずなのに、何故。
最初の分かれ道にたどりついた。
「右だ。右に進む」
蔵馬さんが何かを投げた。にょろりと植物が生えた。
「蔵馬、なんだそれ?」
「アカルソウだよ。帰るときの目印さ。記憶しておくつもりだけどね」
「帰ってこれればの話、だろう」
飛影さんの言葉に、蔵馬さんは小さく笑った。
「今度は、こっちだ」
「まったく、迷路もいいところだぜ。もう二十か所ぐらい分かれ道があったな。あの目印がなくなったら、一生ここ出れねえ気がするぜ」
振り返りながら、浦飯さんが言った。
「幽助は、最初から、覚える気なんかないでしょ」
さんは、くすくすと笑いながらいった。
「うるせー」
けっ、と幽助さんはそっぽを向いた。仲がいい兄弟だ。それなのに、浦飯さんは、さんが危険な所へ行くことを止めなかった。心配じゃないんだろうか。
「行こう」
蔵馬さんが言うと、僕たちはまた前へ歩き出した。
ちらりとさんを見た。少し皆よりも前を歩いていた。
ぱっと見たところ、普通の女の子だ。水たまりをぴょんぴょんとよけながら歩いている姿は無邪気だ。
口角が上がっていて、今に鼻歌でも歌いそうな感じの表情だ。怖くないんだろうか。これから、どんなに危険な事があるかわかっているのだろうか。
「御手洗君、いいたいことは、いったらいいよ」
くるっと振り返って、苦笑交じりにさんが言った。
「え」
「聞きたいことがあるなら、聞いたらいいし。いいたいことがあるなら、いったらいい」
先ほどの無邪気な姿とは、反対に大人っぽい微笑みだ。なんでも許してくれそうな、なんでも包んでくれそうな、そんな微笑み。
「こわく、ないのか」
他の三人の視線も僕へと向いた。浦飯さんと蔵馬さんは、少しびっくりしたような顔をした。
「なにが?」
先を促すように、柔らかい声が僕に問う。
「だって、これから、仙水さん達と闘うんだぞ。それなのに、君は、そんな笑って、全然怖そうじゃない。危険なんだぞ!ここから先は、何があるかもわからない!生きて帰れるかもわからない!」
だんだん僕の声が大きくなった。
「死ぬかもしれないんだぞ!むしろ、死ぬ可能性の方が高いんだ!」
でも、さんは微笑んだままだ。
「浦飯さんたちだって!なんで、こんな女の子まで連れてきて!いくら戦えたって!兄弟で仲良さそうなのに!なんで止めないんだよ!」
飛影さんが舌打ちした。浦飯さんと蔵馬さんは、静かに僕を見ていた。一瞬驚いたようにさんは目を丸くして、また笑った。
「そうだね」
落ち着いた声だ。
「今は、危険な状況だし。仙水との戦闘は絶対に回避できない。怖い状況だよね」
まるで子供に言い聞かせるような口調だ。
「不謹慎かもしれないけど、私、嬉しいんだ」
ふふっと何かを思い出すように笑った。
「嬉しい?」
うん、と頷いたさんは、胸に右手を置いて、目を伏せた。
「幽助は、いつもどっかで厄介事に首突っ込んでて。私は、いつの間にか巻き込まれてたりしちゃって。いつもわからないまま、じたばたするしかなかった。いつも中途半端に仲間外れにされてたからね」
さんは、少し寂しそうな微笑みを浮かべた。浦飯さんがハッと息をのんだ。
「今回も途中からだったよ。なーんか厄介事巻き込まれてるな、って知ってた。でも、こうやって事情説明を受けて、手を貸すことになったのは初めてなんだ。だから、嬉しい」
伏せられていた目が、まっすぐと僕を見た。強い眼だ。
「幽助が守りたいものを、私も守れるように頑張ってるんだ」
蔵馬さんはすこし驚いたようにさんを見た。
「私は、幽助たちみたいに強くはないよ。でも、戦えないわけじゃない」
守られるだけの存在ではない。そういうさんを、きれいだと思った。
「ふん。貴様は知らんらしいがな。そこにいるやつは、その辺の人間の女とは違う」
飛影さんが僕を見ながら言った。
「玄海に鍛えてもらう前にでさえ、妖怪の俺に殴りかかるような、凶暴な女だ」
んなっ、とさんが顔を赤くした。
「飛影さんが、蛍子ちゃんを誘拐なんかするからでしょ!?」
げらげらと浦飯さんが笑いだした。
「ぎゃははは、そういやあ、そんなこともあったな」
「ぷ、くくく」
蔵馬さんは顔を逸らして、肩を震わせていた。
飛影さんも、元々敵だったらしい。それなのに、今では仲間として共に闘っているのだ。
この人たちは、なんて不思議な人たちなのだろうか。
「まあ、御手洗のいいたいこともわかるけどよ」
まだにやにや笑いながら、浦飯さんが僕を見た。
「こいつのいってた通り、こいつを巻き込まないように、って思ってても、結果的に巻き込んじまってた、ってことは何度もあってな。ほんと苦労掛けちまってる」
苦笑をした浦飯さんに、一瞬息をするのを忘れた。
「は弱くねえ」
この二人は、やっぱり兄妹だ。似ている。
「だから、手ぇ貸してもらうことにした」
強い眼がそっくりだ。
「心配なんざ、必要ねえ」
ぐっと親指を立てた手は、やはりどこか似ていた。
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UP 05/01/14