「あんな扉はなかった」
穴の中心まで半分、という所で大きな扉を前に足を止めた。
「ゲームシティへようこそ!」
扉から聞こえた声で、蔵馬さんが声を上げた。
「ゲームバトラー!」
「そうだ!ゲームバトラーのオープニングだぜ!」
「ゲームバトラー?」
「テレビゲームですよ」
「うんうん」
飛影さんが首を傾げた。飛影さんは、テレビゲーム自体を知っているんだろうか。
「なんで、こんなとこにゲームバトラーが?」
「天沼。ゲームマスターか」
「俺のテリトリーにようこそ」
天沼の声が扉の向こうから聞こえた。
「俺のテリトリーでは、ゲームのシナリオに従ってもらわなければならない」
「天沼のテリトリーは、ゲームそのものを実物大で再現できる」
ゲームに関係ないものはテリトリーに入れない。
「私たちが登場人物になるわけね」
さんが呟いた言葉に、僕は頷いた。
「そこに何人いるかわからないけど、選ばれた戦士は八人でなければならない」
俺達で十分だ、と浦飯さんが言うが、天沼はだめだ、と告げた。
「天沼のテリトリーに入るには、やつのルールに従うしかない」
浦飯さんが舌打ちした。
「ここから先は八人いなければ、進むこともできないわけだ」
「こちらが少数精鋭で戦うつもりだったことを、見透かされていたわけか」
浦飯さんが、自分が走って呼んでくる、と言ったが、蔵馬さんがそれを止めた。仕方なく僕たちは全員で、洞窟の外まで戻った。
「やれやれ」
玄海さんと柳沢さんと海藤さんがいくことになった。ぼたんさんは一人で残されることに唇を尖らせていた。
再び扉の前に戻ると、再びゲームバトラーのオープニングが流れ、今度こそ扉が開いた。
「ようこそ、僕のテリトリーへ。ようやく八人そろって来たようだね」
待ちくたびれた、と角のついたマントを着た天沼が言った。
「あれが、天沼?あんなガキが?」
浦飯さんが驚いたように言った。さんは天沼を見た瞬間、目を細めた。
「はじめようか」
にやりと天沼が笑った。
「あの、浦飯さん、ゲームバトラーってどうやって戦うんすか?」
「流行りもんに疎いやつだな」
柳沢さんは、ゲームバトラーを知らなかったらしい。スロットを指して、あれでゲームの種類とレベルを決めるのだと説明した。蔵馬さんは、一人一ゲームで五勝先取で勝ちだと足した。
「準備はいいかい?早くしないとスロットまわしちゃうよー」
天沼は急かすが、浦飯さんがちょっと待てよと返した。
「あんたらも急いでるんじゃないのー?もたもたしてっと、戦ってやんねーぞ」
いらつく浦飯さんが、憎たらしいガキだな、と呟いた。
「本当のゲー魔王を子供にするとあんな感じだ」
元々の性格だと知ってるのは、僕だけだ。
「かまわず作戦をたてよう。まず、このゲームの経験者は?」
蔵馬さんの質問に、浦飯さんは手を上げた。
「はいはい、ある!おれやったことあるぜ!」
「おれも」
「あ、僕もあります」
「私も」
さんが小さく手を上げた。
「じゃあ、俺を含めて五人か」
玄海さんが、突然口を開いた。
「アタシもだ」
「ええ!ばあさんもやったことあるのかよ!」
「だてに暇人はやっておらん」
驚く浦飯さんに、玄海さんはにやっと笑った。
「じゃあ、エンディングまでいったことあるのは?」
「俺はちょっと途中でつまっちまって、まだ」
「一度だけだが最後までいったぞ」
「えええ!本当かよ、ばあさん!」
さらに驚いた浦飯さんに、玄海さんはピースサインを作った。
「私は、十回やったら、四、五回くらい勝てるかな」
「まで!?」
妹がエンディングまでいったことに驚いたらしい。すごい。
「十回やれば、七、八回は勝てる。ただ、普通のゲームのゲー魔王が相手ならの話だけどね」
「俺もそのくらいだ」
「げー、おめーら、皆すげーな」
皆すごい。僕は唖然とした。
「だが、海藤の言うとおり、天沼は実際のゲー魔王より手強いはずだ」
「そうじゃなけりゃ、やつがこのゲームを選ぶはずないからね」
とにかくゲー魔王と戦う前に三勝したい、と蔵馬さんが言った途端に、天沼が口をはさんだ。
「ぶー、じかんぎれ」
スロットをまわすよ、と天沼はいった。
「玄海師範、御手洗君、幽助、ちゃん。四人で四勝してくれ。あとは、俺と海藤で何とかする」
天沼の掛け声で、アシスタントの魔人がスロットをまわした。
「スポーツ」「テニス」「レベル7」とスロットが表示した。よかった。テニスは得意だ。
「これなら僕が得意だ。やらせてくれ」
よし、と浦飯さんが頷いてくれた。
「参考までに言っておくと、部下の魔人のレベルは、ゲームの強さと設定おんなじだよ。安心したでしょ?」
魔人がむきむきとポーズをとった。
「まあ、気楽にやろうよ。八人いるんだしねえ」
大きな画面にスポーツバトルテニスのタイトルが表示された。僕は前へ出た。
「久しぶり。御手洗さん」
天沼が僕に声をかけた。
「仙水さんの言う通りだった。あんた、やっぱり、俺たちを裏切ったね」
どくんと心臓が大きく鳴った。
「それとも、俺たちを裏切ったふりして、そいつらを騙してるのかな?」
違う。僕は、騙したりなんかしてない。天沼の言葉を、彼等が信じたらどうしよう、と一瞬不安になった。
「だとしたら、表彰もんだよ。俺、あんた見直すなあ。今からでも、考えといてよ」
魔人がきらんと笑って、いい試合をしよう、と僕に握手を求めた。思わず、握手してしまった。
音楽が流れ、一瞬にして、僕の目の前にテニスコートが現れた。思わず、息をのんだ。これが、天沼の能力。
僕の前に、テニスのユニフォームを着た僕が現れた。反対側のコートには、テニスウエアを着た魔人が立っていた。
「ゲームスタート。サービス、ゲーム魔人」
飛んできたボールを取るように、コントローラーを動かした。
「よし」
ポイントを先取した。
「あんたも、俺も、学校じゃ仲間外れだったって話。前にしたよねえ」
天沼が、審判席に座っていた。飛んできたボールに慌ててコントローラーを動かした。
「でもさ、仙水さんに言わせると、あんたと俺じゃその理由がまったく違うんだってさ」
耳を塞ぎたくなった。動揺したらだめだ。
「仙水さんはさ、天沼は強いから阻害される。だけど、御手洗は弱いから阻害されるってさ」
天沼の目がにぃっと細くなった。
「確かに、俺は周りの人間があまりにバカで、わざとそいつらと外れてたんだけど」
後ろから浦飯さんの声が聞こえた。
「おい!てめえ!ごちゃごちゃうるせーぞ!」
「実際のゲー魔王も色んな野次を飛ばす。熱くなったほうが負けさ」
海藤さんの言葉は正しい。動揺したら、ダメだ。
「ワンセット、御手洗」
ゲームのアナウンスが流れた。
「さすが仙水さん、よくわかってるよねえ」
心臓がうるさく聞こえた。
「あんたは、俺とは全く逆だったんじゃないの?」
知っている。僕は弱い。弱くて、人間が憎くなって、こんな計画に手を貸してしまった。桑原さんを傷つけた。彼の仲間を傷つけた。彼がさらわれるのを止められなかった。全部僕が弱いからだ。
「ワンセット、御手洗」
でも、僕は弱い自分を認める。僕は、変わりたい。僕は強くなりたい。
「セット数、三対一、御手洗選手の勝利」
無事、ゲームに勝った。ほっと息を吐いた。
「よっし、まずは一勝だ!」
浦飯さんはガッツポーズをした。僕は皆の所へ戻る途中で、振り返った。
「天沼。君の言うとおりだ。僕は弱い。それを認める勇気さえなかったから、周りの人たちを呪った。魔がさして、こんな恐ろしい計画に手を貸したのも、僕が弱いせいだ」
天沼がむっと不満そうな顔になった。
「でも、変わる。自分が弱い人間だってことから、目を逸らさないよ」
僕は、強くなりたいんだ。
BACK MENU NEXT
UP 05/01/14