「いやあああああああ」

悲痛な叫びと同時に、地面へ足をつけた。

「うら、めし」

ぽつりと和真君が呟いた。

「彼は、今、死んだ」

仙水が淡々と告げた。

「ゆうすけ」

小さく呼んだ。地面に倒れたままの体からは、返事がない。

「うそだろぉ、ひ、ひひひ、だまされねえぞぅ。本当は、笑うのこらえてやがんだ」

のろのろと和真君が幽助に近づいた。そうだ、幽助は、こういう性質の悪い冗談をやるやつだ。

「起きろよぉ。おい、おい、鼻と口、押えてんぞ。苦しいだろうがぁ、息できねえだろがぁ」

突然、足に力が入らなくなって、その場に座り込んだ。苦しく、ないの?

「どんな芝居したってよお、心臓の音聞きゃ一発でばればれなんんだよ」

ほら、と耳を胸にあてた。和真君は、仙水へ振り返った。

「ビデオの映画は終わってしまっていた。戦いに夢中で、エンディングを聞きそびれてしまった」

テレビの上に腰掛けた仙水が言った。手に力が入った。ゆっくりと立ちあがる。

「とても美しいレクイエム。今の浦飯にぴったりだったのに」

ふらりと仙水さんの方へ一歩踏み出した。浦飯さん、御手洗君が小さく呼んだ。

「彼が死んでも、寂しくなんかないよ。お前たちもすぐだから。本当のフィナーレはこれからだ」

地震は続いている。洞窟の壁が崩れていく。

「第一の扉は開けられた」

仙水の後ろの穴から妖怪たちが出てきた。ああ、開いてしまった。
ふらりと、また一歩前へ進んで。手で銃のような形をつくる。人差し指に集中する。

「ほお」

感心したように仙水が呟いた。人差し指を仙水へと向けた。

「あのときのは、やはり君か」

あの時、というのは、スナイパーに向かって霊丸を撃った時のことだろう。
大きな霊丸が仙水の顔の真横を通った。頬赤い線が出来た。仙水は、一ミリも動かなかった。ムカつく。どおおん、と大きな音を立てると同時に、うがあああ、と妖怪たちが消えた。

「案内してもらおうか、この先へ」

仙水の言葉に和真君が呟いた。

「どこへだって行ってやるぜ」

飛影さんの腕の包帯がするすると取れて、黒い龍が見えた。額に目が現れた。蔵馬さんの髪が銀髪に変わって、尻尾が生えた。久しぶりに見た。

「飛影!蔵馬!」

二人が走り出すと、和真君は一瞬立ち止まって、幽助を見た。

「胸張って、会えるようにな!」

そう叫ぶと、走り出した。

「邪王炎殺黒龍波!」

飛影さんの腕から、黒い龍が出てきた。

「このまま魔界まで運んでやるぜ!」

私が走り出そうとした。体が一瞬動かなかった。がっちりと拘束するように、抱きついている腕。

「だ、だめだ!」

御手洗君の大きな声が耳元で聞こえた。四人の姿は穴の中へと消えていった。

「はなして」

行かせて。私に、戦わせて。

「だめだ!」

ぐるっと体の向きを変えられて、力強く肩を掴まれた。

「君が行っても、君が死んでしまう!浦飯さんは、君に死んでほしくないはずだ!」
「ゆうすけ」

小さく兄の名前を呼んだ。ぼろっと目から涙がこぼれた。

は弱くねえ。だから、手ぇ貸してもらうことにした。心配なんざ、必要ねえよ』

私は弱いよ、幽助。幽助を守れなかった。幽助の手助け、全然できなかったよ。

「うう」

そばにいたコエンマさんが立ちあがった。よろけた体を御手洗君は慌てて支えた。

「一体、どうなるんです?とうとう魔界の穴はあいてしまった」
「さっきまで群がっていた妖怪は、と飛影の力で消し飛んでしまっただろう」

でも、それはまたすぐ次の妖怪たちがくる。私なんかに倒されるような雑魚なんかより、もっと強いものたちが来る。

「人間界は、終わる」

絶望的な言葉に、御手洗君が息をのんだ。

「でも、まだ結界が!人間界と魔界の間に結界が張ってあるんでしょ?」

強い妖怪ほど通れないと樹が前に言っていた、と御手洗君は必死に言う。そんなの、意味ないよ。

「その結界さえあれば――」
「桑原が切るさ」

理解できない、と言う目。普通の人はそうだよね。

「何故?」
「仙水と闘うためだ」
「勝ち目がなくても?」
「そういうやつさ」

追いかけようとした私を思い出したのか、御手洗君の目が私を捉えた。勝ち目なんか関係ないよ。

「コエンマさん」


コエンマさんと目があった。

「ゆうすけが、おきないの」
「すまない。

視界が歪んだ。幽助の胸に倒れこむように顔を伏せた。謝ってほしいんじゃないんだ。謝りたいのは私なの。大事な人を守れない、弱い私でごめんなさい。
うあああ、と泣いた私の背中を御手洗君が撫でた。私が彼にそうしたように。思いっきり泣いたら、ちょっと落ち着いて、ぐす、と鼻を鳴らしながら顔を上げた。目も鼻も真っ赤だろう。御手洗君がそっと頭を撫でてくれた。

「おかしい」

コエンマさんが呟くと、幽助の心臓の音を確認するように、胸に耳を当てた。

「おかしい」
「どうしました?」
「心臓はすでに停止しているのに、幽助の霊体が上がってこない」
「それは、どういうことなんです?」
「普通は、死ぬと霊体が自然と上がってくるものなんだ」

御手洗君の疑問にコエンマさんは答えていく。じゃあ、幽助は死んでないの?

「いや、死んでいるのは間違いない。だから、おかしいのだ」

幽助を見た。幽助は動かない。ねえ、幽助。幽助は死んでないの?早く、起きてよ。
突然光が洞窟に入ってきた。

「今度はなんなんですか?!」

立ちあがった御手洗君が焦ったように光を見た。同じユニフォームを着た人たちが現れた。

「だれ?」
「霊界特別防衛隊。霊界の軍隊、その中でも彼等は選りすぐりの戦士たちだ」

私が首を傾げると、コエンマさんが説明した。緊急事態に、エリート戦士たちを派遣してきた、とのことらしい。
その中の三人が近づいてきた。

「コエンマ様、お怪我は?」
「大丈夫だ」

霊界を戻るように髭の男が言った。コエンマさんはそれを拒否した。

「辛いものを、見ることになりますぞ」

どういうことだ、と問うコエンマさんに、男が告げた。

「小僧、離れろ」

髭の男の隣に立っていた男が、御手洗君に手のひらを向けた。

「うっああああ」

霊気の塊をぶつけられ、御手洗君の体が後ろに吹っ飛んだ。

「御手洗君!」
「お前もだ、小娘」

ハッと男に振り返って、慌てて構えた。胸の前に構えた腕に衝撃を感じて、体がわずかに浮くのがわかった。地面に背中がぶつかった。

「なにをする!」

げほ、と思わず咳が出た。息をすると、ちょっと痛い。痛む腕でゆっくり起き上がる。御手洗君は、顔だけ上げていた。

「浦飯幽助を抹消します」
「なに?」

髭の男の言葉に、耳を疑った。

「浦飯幽助は、魔族の子孫です」
「なんだと?」

コエンマさんが聞き返した。

「魔族の、子孫?幽助が?バカな事を言うな!幽助の両親は人間だぞ!」

そうだよ。お母さんも、お父さんも、人間だ。私も。

「そうです。祖父も、祖母も人間です。その前も、その前も人間ですが」

コエンマさんが、呆然とした。

「魔族大覚世」

まぞくだいかくせい。

「その通りです。A級以上の妖怪だけができる、人間との遺伝交配。浦飯幽助には、魔族大覚世によって受け継がれた魔族の血が流れているのです」

魔族の血が、幽助の中に流れている。まさか。

「先祖の素性も、極めて巧妙に細工されていました。彼が一度死んだときには、まだ魔族として生まれ変わるに、耐えうる能力も器もなかった。それが発見の遅れの原因です。我々は、彼を霊界探偵として蘇らせたことで、魔族になる手助けをしてしまったのです」

幽助が境界トンネルと同調したと髭の男が説明した。

「皮肉な事だが、本来なら、魔界への穴は、仙水ではなく、浦飯が開けようとしてもおかしくはなかった」
「なんということだ」

コエンマさんが信じられないという色を含んで呟いた。

「浦飯幽助の44代も前、まだ人間界と魔界に結界が張られていなかった頃。魔族が人間に植え付けた忌むべき力。それが彼に宿っている」
「なにいってんだ、あんたら」

突然聞こえた御手洗君の声に、ハッと息をのんだ。振り返ると、彼は睨みつけるように特防隊を見ていた。

「浦飯さんが今まで、誰のために戦ってきたと思ってるんだ」

腕を押さえながら、ゆっくりと歩き出した。怒っている。

「人間界のために。霊界のために。こんなになるまで戦い続けてきたのに。手厚く葬るならまだしも、抹消だと?」

幽助のために、怒ってくれている。

「魔族の血が入ったからと言って、それが、なんだって言うんだ!」

さっき攻撃してきた男が動いた。

「みたらいくん!」
「うっ!」

電気が襲うように見えて、御手洗君の体ががくりと倒れた。意識を失ったようだ。

「バカ野郎!それが一番重大な事なんだ。このままだと浦飯は、仙水以上に厄介で危険な存在になるんだ」

なんて、勝手なんだろう。

「一度死んだ幽助を蘇らせ、霊界探偵をやらせておいて、今度は抹殺するというのか」

コエンマさんが責めるように男に詰め寄った。

「すべてをやらせてきたのは、我々霊界だぞ!」

そうだ。幽助にこうしろ、ああしろ、といったのは霊界だ。何度も怪我をしてきた。蛍子ちゃんが心配して。お母さんも心配して。私も心配した。

「それに、幽助と一緒に働いてきた桑原たちは、仙水と一緒に魔界へ行ったままだ!置き去りにするというのか!絶対に許さん!大竹!」

ごめん、と大竹と呼ばれた男は、コエンマさんの腹に手をつけた。

「コエンマさん!」
「きさま」

コエンマさんを壁際に移動させた。

「ふざけないで」

視線が私へ集まった。

「予定外だったからって、生き返らせて。霊界探偵やらせて、いっぱい怪我させて。御手洗君に怪我させて。上司のコエンマさんまで痛い思いさせて」

立ちあがった。髭の男と目が合った。ゆっくり彼に近づいていく。

「霊界が、仙水と戦えって言ったんでしょ!それなのに、和真君達を魔界に閉じ込める気?それなのに、死んだ幽助を、抹消?」
「よせ、!」

コエンマさんが私を呼んだ。私に敵う相手じゃない。そういいたいのだろう。でも、そんなの関係ない。

「ゆるさない」

霊丸の構えを男へ向けた。

「いますぐ、彼等を止めて」

穴を塞ごうとする部下を止めろ、という。大竹は私を見たままだ。

「浦飯。お前も、抹消の対象だ」
「大竹!きさま!」

コエンマさんが目を大きくした。

さん・・・!」

振り向いた。意識があったらしい御手洗君は、苦しそうな表情だ。かばってあげることができなかった。痛い思いさせて、ごめんね。

「隊長!浦飯が!」

部下の大きな声に皆が振り向いた。

「ゆうすけ」

赤い光に包まれて、体が宙に浮いていた。

「まずい!あれは、もはや人の霊気ではなく、妖気!覚醒が始まった!」

特防隊が手のひらを幽助に向けた。

「撃てえい!」

天井に開いた穴から、何か生き物が飛んできた。

「かまわず、撃てえ!」

霊気の塊を撃ち始めた特防隊に、走り出した。

「やめてえええええ!!」
「撃つな!!」

私とコエンマさんの声が響いた。力が抜けて、座りこんだ。ぴたりと、特防隊の攻撃が止まった。

「ぷー、もういいよ、大丈夫だ」

幽助の声が聞こえた。

「うそ」

いきていた。

「ゆうすけ!」

もつれる足をなんとか動かして、幽助に抱きついた。背中に幽助の手が添えられた。

「途中からだが、話は聞こえてたぜ。俺が魔族の子孫だって」

びくりと、特防隊の面々が体を強張らせた。気分がすっきりしている、と幽助は続けた。

「生まれ変わったってわけだ」

ぶわっと周りを妖気が包んだ。怯えるような眼。

「頭が高いぜ。我をなんと心得る。魔王の血を引くものぞ」

幽助を見上げた。犬歯を見せるように、笑った。

「さて、目覚めの次いで、貴様らに俺の真の姿を見せてやる。はっはっはっは」

うわあ、と逃げようと特防隊の男たちが背を向けた。

「なーんちって!嘘だよ、ばーか」

ごてんと特防隊はずっこけた。おもちゃにされてかわいそうに。いや、自業自得か。

「コエンマ。桑原たちはもう魔界だな」
「あ、ああ」
「よし、急がねえとな」

待て、と大竹が止めようとした。

「あんだよ、うっせーな、てめえ。くっちまうぞ」

ひい、と一瞬怯んだ。からかわれてるの、わからないのかな。

「どういうつもりで、魔界へ行くのだ」
「ああ?寝ぼけてんじゃねえぞ、こら」

自分に親指を指して、へへんと笑った。

「俺は浦飯幽助だ。生き返ろうが、生まれ変わろうが、他のなんでもねえ」

ああ、幽助だ。何があっても、幽助は幽助だ。

「俺の先祖が魔族か貴族かしらねえがな。こちとら仙水を倒す大目標に変わりはねえんだ」

あはは、とコエンマさんが笑った。

「幽助、わしもいくぞ」

引き留めようとした大竹の顔面を、幽助は蹴った。

「うるさいよ、てめえ」

ばたりと大竹は後ろに倒れた。



ぷーちゃんの背中に乗った幽助が私を呼んだ。御手洗君は、意識が朦朧としているようだ。

「ただの人間の御手洗に、こいつらは危害は加えん」

むしろ抹消対象のお前のが危ない、というコエンマさんを見た。でも、さっきは怪我させた。

「おい!てえめら、御手洗に少しでも手ぇ出したら、容赦しねえぞ」

睨んだ幽助に、ひっ、と小さく声を出して、特防隊はこくこくと頷いた。ほら、と幽助が私に手を差し出した。その手を取った。抹消対象だという私といるよりも、一人の方がきっと安全だ。

「おやじに言っとけ!首でも勘当でも好きにしてくれとな!」

コエンマさんは、笑った。

「御手洗。行ってくんぜ」

幽助の小さな声に、私は御手洗君を見た。気を失っているように見える。

「いってきます」



BACK  MENU  NEXT



UP 05/06/14